4-7 暴君、恐怖する

 ゴインナ王朝を象徴する金銀財宝で彩られた大宮殿。

 そのきらびやかな玉座に深く腰かけながら、サヨーカ王はこの頃苛立ちを隠せなかった。


「戦況はどうか?」

「各地、相変わらず一進一退の攻防が続いております」


 大臣たちの報告はいつも変わり映えがなく、情けなさに歯噛みする。

 大陸全土を統一し、真の偉大な君主になるのだと野望を抱いてから数十年。これほど戦争が長引くとは、彼は本当に、まったくもって思っていなかった。


 相手国は逆に支配権を拡大しようとは目論んでいないようで、領土縮小の憂き目に遭ったことは一度もない。しかしこちらが領土拡大に成功したこともなかった。

 国力は圧倒的に上のはずだ。それがなぜ、こうも思い通りに勝てぬのか?

 余は戦争というものを甘く見ていたのか? だが今さら引くわけにはいかぬ。


「兵士たちをいっそう鼓舞せよ。優れた戦果を挙げた者には褒美を取らすとな」

「御意に」


 部下たちが去り、サヨーカ王は思索にふける。

 彼は六十の齢を超えてなお壮健な肉体を誇り、頭もしっかりと回っている。

 しかしそれもそう長くは続かないだろうと、現実的な考えもよぎっていた。


 何か抜本的な対策が必要だ。

 膠着した戦況を一気に覆すほどの強大な何かが――


「うおっ?」


 王は思わず玉座から転びそうになった。

 強烈な揺れが宮殿を襲ったのだ。王は必死に手すりにしがみつき、どうにか堪えた。


「お、王様っ! ご無事ですか」


 退出したばかりの大臣たちが引き返してきた。


「いったい何事だ?」

「わかりません。地震……かと思いましたが、どうやら違うようです」


 強烈だったものの、揺れは先ほどの一度だけで収まっていた。

 ならば、何がこの宮殿を襲ったというのか? いったいどんな兵器ならば、そのような真似ができるというのか――


「たたた、大変ですっ!」


 若い兵士が取り乱した様子で駆け込んできた。


「きゅ、きゅ、宮殿の屋根が、吹き飛ばされました!」

「なにぃ?」


 王は急ぎ足で宮殿の外に出た。


 この大陸伝統の建築様式に、クーポルと呼ばれる巨大な半球状の屋根がある。

 クーポルは聖なるもの、大いなるものの象徴である。ゴインナ王朝の宮殿のクーポルはまばゆい金箔を張り詰め、王の威光で領土すべてを照らすという意味を持たせていた。


 それが、無残にも木っ端微塵になっていた。


「私は見ました。遥か遠くの空から光が伸びてきて……屋根を粉々に吹き飛ばしたのです」

「空から光だと? 馬鹿を言うな!」


 唾を吐き散らして兵士を怒鳴りつける王だったが、次第に他の証人も集まってきた。

 彼らは一様に同じ方向を指し、天空から巨大な光線が放たれ、宮殿に直撃したと言う。


「大臣、あの方角には何がある」

「そういえば……竜の峰と呼ばれる、マリヴヤ山がございますな」

「伝説の竜神が棲まうとされるマリヴヤ山か?」

「はい。……も、もしや、竜神が天罰を下された?」


 その瞬間、王は側にいた兵士の腰から剣を抜き、大臣の首を刎ねた。

 悲鳴が上がる中、王は憤怒を剥き出しにしながら一喝する。


「余に何の天罰が下るというのか!」


 まだ怒り収まらぬ様子の暴君は、屋根の修理に急ぎ取りかかるよう命じた。王の威光が絶えることなど絶対にあってはならないのである。

 しかしその威光は、さらに強烈な光によって消滅した――この事実は瞬く間に世間の口端にも上り、王以外のすべての人間の心に刻まれることになる。


(竜神は人の営みになど関心がないというではないか。ならばいったい何者の仕業なのだ?)


 決して口には出さないが、彼は生まれて初めて恐れおののいた。

 このクーポル破壊事件こそが、サヨーカ王没落の最初の契機であったと後世の書は伝えるのである。

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