不正解なアタシは、正解なんていらない

八星 こはく

第1話 しょーもない世界

「あっ、やば。アイライン長すぎた」


 鏡を見ながら、右手の人差し指で伸ばし過ぎたアイラインを消す。本当は指じゃなくて綿棒とかを使った方がいいんだろうけど、さすがにそれは面倒くさい。


『ピピッ! そのメイク、適性30%! あきらは黒じゃなくて茶色のアイライナーの方が……』

「うっさい、時間ないんだから黙って」


 今日も朝からうるさいピピたん―――インコ型AIロボットの口を塞ぐ。ピピたんは少しの間鳴き続けていたけれど、諦めたようで静かになった。


 小動物型AIロボットの普及率が90%をこえた、と昨日ニュースで言っていた。ロボットを所有していない人の大半が高齢者で、20歳以下の所持率は100%だとも。

 アタシは生まれた時からずっとピピたんと一緒だ。同世代の子はたぶん、みんなそう。小さい時から傍においておけばおくほど、正確な判断をしてくれるらしいから。


 AIが搭載されたこの小型ロボットは所有者のあらゆる情報を分析し、的確なアドバイスをくれる。

 さっきみたいにメイクのアドバイスだけじゃなくて、進路や勉強のことや人間関係のことまで、なんでも。


 AIのおかげで最適なことが分かる。

 効率的で便利で、無駄がない人生を送れる。


 みんなはそう言うけれど、アタシはそうは思ってない。


『晶、あと5分で家を出ないと遅刻する確率が高いピピッ! 今日は雨で電車が遅れる確率が89%ピピ!』

「……それは教えてくれてありがと」

『あと、やっぱり髪型は変えた方がいいピピ! その髪型、晶と相性37%ピピ!』

「それは聞いてないっつーの!」


 毎朝毎朝、メイクや髪型が似合ってないって、何回言えば気が済むわけ?


「適性とか聞いてないから。アタシがやりたいからやってんの」


 青く染めたショートヘア、切れ長の瞳を活かすきつめのメイク。左右の耳で、合計7個開けたピアス。

 ピピたんに言わせてみれば、どれもアタシには似合わないらしい。





 教室のドアを開けた瞬間、おはよう! と黄色い声に包まれる。


来栖くるすさん! 今日も格好いい!」

「ねえ、来栖さん、今日は私たちとお昼ご飯食べない!?」


 瞳を輝かせた女子たちがアタシの周りに集まって、その様子を男子たちがちょっと引いた顔で見る。いつものことだ。

 髪を染めてピアスを開け、制服を着崩しているアタシは、この学校ではすごく目立つ。進学校の聖跡せいせき高校には、ロボットの言うことに従う子しかいないから。


 ロボットの言うことを無視しているアタシは異端者。

 だけど、それがクールで格好いい、なんて言われている。


 本気でそう思うなら、みんなもロボットのことなんて無視すればいいのに。


「悪いけど、昼は一人で食べることにしてるから」

「えー!? 分かってたけど、気が変わったら言ってね!?」

「……うん、ありがと」


 変わり者だと嫌われるより、ずっといい環境だとは分かっている。けれど正直、褒められても困る。

 だって別に、アタシは格好良くなんてないから。





「というわけで、みんなの小動物型AIロボットから得られる情報を解析した結果、うちのクラスが一番向いている出し物は焼きそば屋らしいです」


 ホームルームが始まってすぐ、学級委員長がAIの解析したデータをプロジェクターに投影した。

『1位 焼きそば屋 93% 2位 焼き鳥屋 87% 3位 からあげ屋 86%』

 これが、クラス共有のAIロボットが判定した、アタシたちのクラスに向いている文化祭の出し物ランキング。


「出し物は焼きそば屋にしましょう。皆さん、いいでしょうか?」


 誰も異論なんて唱えない。だってこれが正解だから。

 当たり前のことだ。文化祭だけじゃない。委員会決めの時だってそうだった。AIがそれぞれの適性と相性から、最適の答えを導き出す。それに従っていれば、間違えることはない。


「じゃあ、役割分担の話に進みます。これも既にAIによる解析は終わっていて……」


 しょーもない議論。

 AIの答え以外を採用する気がないなら、わざわざホームルームで議論する必要なんてないじゃん。


 溜息を吐いて窓へ視線を向けた。窓ガラスに映った、退屈そうなアタシと目が合う。


 しょーもないのは、アタシも同じか。

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