重力使いの異世界転生~地味スキル? いいえ、物理法則を捻じ曲げて星を救います~

湯の介

第一章 邂逅と試練、重力使いの序章

第1話 プロローグ

 頭が割れるように痛い。まるで二日酔いのような、それでいてもっと芯に来るような鈍痛。うっすらと目を開けると、見慣れない緑の天井が視界に入った。いや、天井じゃない。木の葉だ。幾重にも重なった葉が、木漏れ日をきらきらと地上に落としている。


 俺は、たしか……。そうだ、深夜残業の帰り道で、信号無視のトラックにはねられたはずだ。あの衝撃と痛みは、まだ生々しく体にこびりついている気がする……。


 思わず飛び起きる。身体に痛みはない。信じられないことに怪我一つない。それどころか、なんだか体が軽い。いや、軽いなんてもんじゃない。少し……縮んでる? 手足が、事故に遭う前の俺の体格より、明らかに一回り小さい。まるで、中学生くらいの体だ。


「……どこだ、ここ?」


 聞き慣れない声が出た。体を起こすと、周囲には見たこともない植物が生い茂り、遠くからは鳥とも獣ともつかない鳴き声が聞こえてくる。明らかに、俺が知っている日本の風景ではなかった。

 混乱する頭で状況を整理しようとした、その時。


ブンッという低いノイズが響いた後、目の前に半透明の板のようなものが浮かび上がった。


『チュートリアルを開始しますか? YES / NO』


「は?」


 幻覚か。手を伸ばすが触ることはできないようだ。俺の脳内で映像化されているらしい。このまま操作を試みていると、怪しいやつ確定だ。見た目はSF映画で見るような、未来的なインターフェース……。

 戸惑いながらも、俺は心の中で『YES』と念じた。他に選択肢があるとも思えなかった。


『ようこそ、異世界ヴェルディアへ。あなたは新たな生を受け、特別な力、スキルを授かりました』今度は脳内にアナウンスが流れる。


 異世界。転生。スキル。

 まるで、最近流行りのライトノベルのような展開だ。にわかには信じがたいが、この状況を説明するには、それ以外に考えられなかった。


『あなたのステータスを確認します』


 表示が切り替わり、俺自身の情報が表示される。


 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 名前:カイト

 種族:人間

 職業:なし

 レベル:1

 HP:100/100

 MP:50/50

【スキル】

《重力操作》 Lv.1

 言語理解

 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「重力操作……?」


 聞き慣れないスキル名だ。ファンタジーの定番である火や水の魔法、あるいは剣術のようなものではないらしい。

 言語理解、というのはありがたい。こうして異世界の文字(らしきもの)が読めているのも、このスキルのおかげだろう。


『スキル《重力操作》:対象の重力を限定的に操作することができます。Lv.1では、ごく軽い質量の物体の重力をわずかに増減させること、また、ごく狭い範囲の重力場に干渉することが可能です。効果範囲、持続時間、操作可能な質量はレベルアップにより向上します。MPを消費します』


 説明を読んでも、いまいちピンとこない。とりあえず、試してみるしかないだろう。

 俺は足元に転がっていた、親指の先ほどの小石に意識を集中した。そして、心の中で念じる。


「浮け……!」


 瞬間、MPがわずかに減少する感覚があった。見ると、小石がふわりと数センチ宙に浮いた。


「おぉ……!」


 本当に浮いた。SFやファンタジーの世界でしかありえない光景が、目の前で起こっている……。


 感動も束の間、小石はすぐにバランスを崩し、ぽとりと地面に落ちた。持続時間はほんの数秒といったところか。MPも、たったこれだけで5も消費してしまった。最大MPが50しかない現状では、乱発はできない。


 次に、もう少し大きい、握りこぶし大の石で試してみる。「重くなれ!」と念じると、石がズン、と地面に沈み込むような感覚があった。持ち上げようとすると、見た目以上の抵抗がある。これも数秒で効果は切れたが、MPは10も消費した。


 なるほど。レベル1では、本当にささやかな力しか発揮できないらしい。小石を浮かせる程度ならともかく、何かを持ち上げたり、武器として使ったりするのは難しそうだ。何より、MP消費が激しすぎる。


「……これから、どうすればいいんだ?」


 スキルは手に入れたものの、現状は森の中に丸腰で放り出された状態だ。食料も水もない。このままでは、飢え死にするか、あるいは……。


 カサカサッ……。


 落ち葉の上を何かがゆっくり這い回るような音。びくりとしてそちらを見た。茂みの奥から、ぬるりとした緑色の塊が現れた。野球ボールほどの大きさで、不定形に蠢いている。ゲームでよく見る、あのモンスターだ。


「スライム……!」


 ファンタジーの定番中の定番だが、実物を見ると気味が悪い。しかも、こちらを敵と認識しているのか、ゆっくりと近づいてくる。

 逃げるべきか? いや、相手は一体だけだ。ここで対処できなければ、この先もっと危険な目に遭うかもしれない。それに、もしかしたら、このスキルが役に立つかもしれない。

 俺は覚悟を決め、近くの小石をいくつか拾い集めた。そして、スライムに向かって《重力操作》を発動する。


「重くなれ!」


 スライムの動きが、ほんのわずかに鈍った気がした。MPが10減る。効果は薄いが、ゼロではない。

 さらに、拾った小石の一つに意識を集中する。


「軽くなれ……浮け!」


 小石がふわりと浮き上がる。それを、スライムに向かって押し出すようにイメージする。


「飛んでけ!」


 ヒュン、と情けない音を立てて、小石がスライムに命中した。ぷるん、とスライムの体が揺れる。ダメージは……ほとんどなさそうだ。MPはさらに5消費。残りMPは30。


「くそ、これじゃ埒が明かない!」


 スライムはじりじりと距離を詰めてくる。このままでは押し切られる。

 何か、もっと効果的な使い方は……。そうだ、スライム自体を重くして、地面に押さえつけるようなことはできないか?

 俺はスライムが足元の窪みを乗り越えようとした瞬間を狙い、《重力操作》を発動した。


「重くなれ!」


 スライムの体が窪みに押し戻され、動きが一瞬止まった。MPが15も減ったが、効果はあった!

 好機だ。俺は近くに落ちていた、手頃な木の枝を拾い上げ、動きの止まったスライムに思い切り叩きつけた!


 ブシュッ!


 緑色の粘液が飛び散り、スライムは形を失って消滅した。


『経験値を獲得しました』


 再び、頭の中に声が響く。レベルアップには至らなかったが、魔物を倒せば経験値が得られるらしい。これもゲームと同じだ。


「はぁ……はぁ……」


 たかがスライム一匹に、この有様だ。MPも残りわずか15。スキルは強力な可能性を秘めているが、今のままでは心許ない。もっとレベルを上げて、MP最大値も増やさないと、まともに戦うことすらできないだろう。

 とにかく、まずは安全な場所を確保しなければ。幸い、スライムが来た方向とは逆の方角に、わずかに開けた場所が見える。俺は疲れた体に鞭打って、そちらへ向かって歩き出した。


 どれくらい歩いただろうか。森の木々が少しずつまばらになり、やがて視界が開けた。そこには、畑が広がり、その向こうに粗末だが人の住む家々が見えた。村だ!


「助かった……!」


 安堵したのも束の間、畑仕事をしていたらしい村人たちが、警戒した様子でこちらを見ている。泥と葉っぱにまみれた見慣れない格好の俺は、不審者以外の何者でもないだろう。

 まずいな、と思いつつも、俺は助けを求めるしかなかった。震える足で一歩踏み出し、声をかけようとした、その時だった。


「誰だ、お前は!」


 鍬を持った屈強な男が、厳しい表情で俺の前に立ちはだかった。他の村人たちも、鋤や鎌を手に、遠巻きに俺を取り囲んでいる。

 友好的な雰囲気は、まったくない。下手をすれば、ここで殺されてしまうかもしれない。

 俺は唾を飲み込み、必死に言葉を絞り出した。


「……助けてください。森で道に迷ってしまって……」


 男は疑わしげに俺を睨みつけている。さあ、どうなる……? 俺の異世界での第一歩は、いきなり正念場を迎えていた。


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