第19話 正義の行く先
長良は冗談を言っている雰囲気ではなかった。
それどころか鬼気迫る勢いだ。
「藤堂さん、本気ですか?」
「ほ、本気ってなんだよ。新人類がどれだけの人間を殺しているか知ってるだろ?」
「分かっています。ですが貴方が命を落とす必要はありません」
「ちょっと待ってくれ。命を落とすってなんだよ。僕は死ぬつもりなんてないぞ」
死ぬつもりはないが、確実に死ぬ。
しかし長良には本当の事を言いたくはなかった。
わざわざ僕の命を救ってくれたのにこれから死にに行きますなんて言えるはずがない。
「いいえ、私にはバレていますよ。その兵器を使えば確かに新人類であるラムナスを亡き者にできるでしょう。ですがそれを使うという事は藤堂さんも無事では済まないはずです」
「そ、そんな事ないって」
「いえ、そんな事があるんです。その兵器、恐らく私にも仕組みは理解できます。作れと言われれば時間さえ頂ければ可能でしょう。藤堂さんはご友人に自身の身体の事を伝えていないのでは?」
「伝えているさ。身体の事は」
「脳まで人工に変わっているとは知らないのでしょう。だからその兵器を作った。そうでなければそんな兵器を作るはずがありません。そのご友人がまともな方なのであれば」
長良は蛍が何も知らないと疑っているようだった。
彼女の言う通りだ。
実際蛍は血相を変えていた。
彼には申し訳ない事をした。
友人を自身の作った兵器で殺すのだから。
だがもう僕は止まることはできない。
島に乗り込みラムナスを討つ。
「藤堂さん、せっかく得た命をみすみす捨てるつもりですか?」
「……捨てるつもりはない。でも、僕だって誰かの役に立ちたかったんだ」
「それは自己犠牲精神ですよ。今からでも遅くありません。その兵器を私に」
長良はそう言うと手を差し出してきた。
渡せば恐らく壊される。
この兵器がなければ計画は頓挫するだろう。
剛田さん達にも協力を取り付けた。
だからもう立ち止まる事なんて有り得ない。
「駄目だ。僕はやる。いや、僕だからやるんだ」
「どうしてそこまで誰かの為に動けるのですか?」
「さあ……な。ただ、今までの僕はこの時の為に生まれてきたんだと思う」
「それは曲解ですよ。確かにラムナスを殺せば新人類は勢いをなくすでしょう。でもその先の未来に貴方はいない」
「僕はいなくとも世界は回る。そうだろ?男はいつだってヒーローになりたいのさ」
詭弁だ。
僕だって死ぬのは怖い。
でも誰かがやらなければ世界を救うだなんて大それた事はできない。
その誰かが僕だっただけ。
そう思っているはずなのに僕の手は少しだけ震えていた。
「理沙ちゃんはどうするのですか?あの子は……貴方に好意を抱いています」
「あー……なんとなくそれは理解していたよ。理沙ちゃんはまだ若い。これから沢山の出会いを経験する。一時の気持ちに左右されるべきじゃない」
「それは理沙ちゃん本人が決める事であって藤堂さんが決める事ではありません」
長良の表情は怒りを含んでいた。
簡単に命を投げ出す男と思われているのだろうか。
「考え直しましょう。誰も不幸になる事のない兵器を私が作ります。だから――」
「長良。いいんだよ。僕は他人の為に、世界の為に命を投げ出す覚悟はできている。死ぬまでに言ってみたい台詞ってあるだろ?世界は僕が救う、なんてな」
「藤堂さん、ふざけないでください!」
長良があまりに大きな声を出したせいで研究室にいた剛田さん達が何事かと廊下まで出てきた。
「どうした?何かあったのか?」
「いや、長良が急に大きな声を出しただけです。虫でもいたのかな?驚いたのかも」
僕は必死に言い訳を探した。
しかし長良はそんな僕の気持ちなど無視して口を開く。
「藤堂さんは死ぬつもりです。自分の命と引き換えにラムナスを殺すつもりです」
「お、おいっ!長良!」
「皆さんも知らなかったのでしょう?伝えるべきですよ。僕は死にに行きますって」
「そ、そんな言い方しなくてもいいだろ」
長良が全て言ってしまったせいでその場にいた全員が固まった。
理沙なんて理解できないといった風に呆然としていた。
「おいおい……ちょっと待ってくれ。どうして大我が死ぬなんて話になってるんだ?」
「あ、いやそれは――」
「藤堂さんが言わないのなら私が言いましょう。彼の持つ兵器は新人類を確実に殺す事のできるものです」
「なら何が問題なんだ?まさか……人間にも効果があるってのか!?」
「藤堂さんは一度死にかけた事もあり身体の六割を機械に変えています。そしてついこないだですが、脳を含めた全ての部位を人工の物に変えています」
「おい長良!」
僕はつい声を荒げてしまった。
何もここで言う必要なんてない。
それに理沙の前でそんな事言うなんて、何を考えているんだと憤ってしまう。
「てことは……大我、お前新人類と同じ身体なのに俺達に手を貸すってことか?」
「気持ちだけならまだ人間ですから」
「でもよぉ……お前、死ぬなんて聞いたらそんな無茶させられねぇよ」
「いいんですよ。とにかく、計画は続行しましょう。武器も足もある。後は島を目指すだけです」
僕は一人でもやるつもりだった。
彼らが尻込みするなら僕だけでもやり遂げてみせる。
「待って……大我さん、死ぬんですか……?嫌です、そんなの……」
正気に戻ったらしい理沙が泣きそうな顔で訴えかけてくる。
こうなるから理沙には伝えたくなかったんだ。
長良を睨むと彼女は素知らぬ顔で目を逸らす。
「あー……その、理沙ちゃん。君はまだ若いんだ。だから、君の未来を作ってみせるよ」
「でも……その未来に大我さんはいないんですよね……?」
「あ、ああ。でも安心して欲しい。必ず平和な世界にしてみせるから」
「安心できても……大我さんが居ないんじゃ、意味が、ないです」
ホロリ、と理沙の目から涙が零れ落ちた。
僕は彼女に寄り添ってあげることはできない。
理沙を助けた時から僕の人生という名の歯車は回り始めていたのだから。
「藤堂さん、貴方を慕う人はいます。それでもその命、投げ出しますか?」
「匙は投げられた。もう僕は止まるつもりはない。新人類にも新人類なりの言い分があるのかもしれないが、人間としての正義を執行する」
「それが正しいとは限りませんよ」
「正しい正しくないは関係ないんだよ。やらなければ人間はいずれ淘汰される。理沙ちゃんや十郎さん、よく依頼してくれるお客さん、それに長良だってその対象なんだぞ。僕は手の届く人だけじゃなくて世界中の人間を救ってみせる」
「……そこまで考えているならもう、何も言いません。ただ……貴方の選択は少なからず涙を流す人もいると覚えておいてください」
長良はついに諦めたのか小さく溜め息をつき、椅子へと腰掛けた。
せっかく救ってくれた命をこうやって投げ出す僕をもう見てられなくなったのだろう。
「行きましょう剛田さん。もうあまり時間はありません。こうしている間にも次々に犠牲者は増えているはずです」
「本当にいいのか?そうだ、そのスイッチを俺が押してやる。それなら大我が死ぬ事はないだろ!」
「いや、ラムナスは恐らく周囲を戦闘型の新人類で固めているはずです。ただの人間である剛田さんではその守りを突破する事は厳しいでしょう。僕しか居ないんです。新人類と同じ身体能力を持った僕しか」
剛田さんは悔しそうに歯を食いしばる。
自分に力さえあれば……
こんな若い者を犠牲にする必要なんて……
声には出さないが表情がそう物語っていた。
僕は長良と理沙から視線を逸らし、研究室を後にした。
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