だから僕は人間を辞めた

プリン伯爵

第1話 この世界においての常識

ああ、また今日も負けた。

僕が最近ハマっているのは鉄騎競馬と呼ばれる鉄で出来たロボットの馬が走るレースだ。

昔は競馬と呼ばれ本物の馬を走らせ、一位を当てるというギャンブルだったらしい。

今の地球で本物の馬をそんな賭け事の道具にする真似は絶対に出来ない。


絶滅危惧種に指定されている馬をそんな事に使えば、環境保護団体が黙っていないだろう。


その為今の世の中の賭け事で競馬と言えば、鉄騎競馬と呼ばれるギャンブルが流行っている。


「いけ!!よし!!良いぞ!そこだ!差せ差せッッ!……ああ、また負けた……」

自室のモニターで観戦していた僕はアルコールの入ったコップを机に叩きつけた。

これで10連敗。

今月の生活費にも手を付けてしまったし、次の給料まで後10日はある……。



今年で25歳になった僕、藤堂大我とうどうたいがはギャンブル中毒といっても過言ではない程に、賭け事にのめり込んでいた。


はぁ……気分は最悪だ。


気晴らしに外に出ると、晴天――ではなく疑似太陽が僕を照らした。


この世界では天候すらも地球管理局が全て掌握しており、毎日の天気は決まっていて今日は晴れ時々雨だったはずだ。


まだ時刻は13時を回ったくらいか。

僕は腕に取り付けた個人管理端末を確認する。


今の人類は全て、いや人類どころか地球の全てが管理局の支配下にあった。

そうしなければならない理由があるのは分かっているが、やはりいつも監視されていると思うと何となく落ち着かない。


ただ個人管理端末はとても便利な道具でもある。

健康管理、連絡手段、通貨、全てがこれ一つで賄える。

数百年前にはお札や硬貨なんてアナログな貨幣があったらしいが、今ではそんな物博物館くらいにしか残っていない。


個人管理端末の液晶画面を指でスライドすると、僕の貯蓄が表示される。

残額は3000Pと表示されていた。


ここ日本の通貨は円だった頃と差異は殆どないと。

つまり3000ポイントというのは3000円と同等の価値である。


「後10日もあるのに3000ポイントじゃ毎日一食にしないと無理じゃないか……」

何故鉄騎競馬なんかに数万ポイントも突っ込んでしまったのか。

終わった後の後悔はいつもの事だが、毎度毎度自分の意志の弱さに嫌気が差す。


落ち込んだ気分を晴らそうと近くの公園へと足を運ぶ。


人通りはあまりなく、まばらに数人すれ違う程度だ。

よく考えれば今日は平日だった。

今の時間大抵の人間が仕事の時間だろう。

子供であれば学校に行っている。


公園に到着してもやはり人の気配はない。

正確には数人の新人類がいたが、僕は無視して公園のベンチへと腰掛けた。


新人類――そう呼ばれている僕ら人間とは違う生物。

それらは元人間だった者達の成れの果てである。


この世界では何でもかんでも売買する事が出来るのだ。

服もゲームも玩具も、臓器だって売れる。

それだけではない。

人間に備わっている五感も売る事が出来てしまうのだ。

呼吸をするという概念も喜怒哀楽の感情すらも売る事ができ、それに見合った通貨が支払われる。


もちろん死ぬ事はない。

代替え品としてそれらに対応する機械が身体に埋め込まれていく。


やがて、身体の殆どを機械で埋め尽くされた者達の事を僕らは区別の意味も込めて新人類と呼んでいた。


目先のお金に誘われて人間としての生き方すらも失うなんて考えられないな。

……まあ今の僕はお金がないので、若干揺らいでしまう部分はあるが。


閑話休題


公園のベンチに腰掛けたからといって僕の貯蓄が増える事はない。

ただボーっと空を眺める。

とても無駄にした休日だ。


「あの……」

ああ、退屈な一日だ。

本当なら鉄騎競馬で一山当てて豪遊するつもりだったのに。


「あのぉ……」

なんだ、うるさいな。

今僕は無になっているんだから邪魔しないでくれ。

誰かは知らないけどどうせ公園に遊びに来た子供か何かだろ。



「あのぉ……藤堂大我さんで合っていますか?」

唐突に現実へと戻された。

何故僕の名前を知っている?

目を開け横を見ると僕と同じくらいの背丈で髪の長い女性が立っていた。


誰だろう、見た事がないな。

自慢じゃないが僕は彼女もいなければ女友達もいない。

少なくとも僕の横で佇む整った顔立ちの女性の事は知らない。


「藤堂大我さん?」

「あ、はい」

我に返った僕は返事をする。

合っていたのが嬉しかったのか女性は少しはにかんだ。


「ああ良かった……人違いかと思ってドキドキしました」

「それは申し訳ない。えっと……貴女は?」

「失礼しました!私は新人類第一研究所の主任をしています長良美咲ながらみさきと申します」

ご丁寧に長良さんは名刺を渡してくれた。

そこには確かに新人類第一研究所と書かれている。

研究所の人がどうして僕なんかに接触してきたんだろうか。



「ずばり、聞きますが藤堂さん。お金に困ってはいませんか?」

なんだ、新手の詐欺か。

先程まで余所行きの笑顔を浮かべていた僕は素の表情に戻る。

こんな綺麗な人がどうして僕に話し掛けてきたのかと浮わついた気持ちになっていたが、まあそんな事だろうと思ったよ。


「あのぉ、どうしていきなり不機嫌な態度に……?」

「いや、アンタ詐欺を働くつもりだろ?悪いけど僕はヤバそうな話には乗らないよ」

こんなもの詐欺以外ある訳ない。

めんどくさそうに手をヒラヒラとさせ何処かへ行くよう促すが、長良はその場から動こうとしなかった。


「いえ、詐欺ではありません。なんなら私の個人端末の識別番号をお教えしますよ」

識別番号とは個人に割り振られた番号であり、全ての個人端末内に紐付いている。

一つとして同じ番号は存在せず、識別番号で検索を掛ければその番号の持ち主が誰か調べる事が可能だ。


とはいえ世の中どんなルールにも穴は存在するものだ。

僕は知らないが識別番号を誤魔化す手法も存在していてもおかしくはない。


「まだ信用出来ませんか?」

一応長良から教えられた番号で検索はしてみたが、しっかりとデータベースには長良美咲の名前が出てきていた。


「なかなか疑い深い方ですね……では私の研究室まで来ませんか?それで信じてもらえるのではないかと」

確かにそれならば本当の事かどうかは確実に分かる。

だが知らない人に着いて行ってはいけないというのはどの時代でも同じ事だ。

未だ仏頂面の僕を見て、流石に諦めたのか長良は溜息を付く。


「はぁ……仕方ありません。では一つだけお伝えしておきましょう」

「お伝え?なんだ?」

「もしお金に困った時は私にご連絡下さい。必ず助けましょう」

無償の施し程後が怖いものはない。

僕は適当に返事をすると公園を出た。



新人類第一研究所か。

名前だけは知っている。

何をしているかは知らないが。

まあどちらにせよあまり関わるべきではない機関だろう。


宛もなく街をぶらつく。

やはり平日だからか人通りはまばらで、少し寂しい雰囲気が漂っていた。


金はない。

だから遊ぶ事は出来ず、ちょっとした買い食いすらも厳しいお財布事情だ。

なんとも虚しく感じ、自分の家へと戻った。


毎月の収入は16万ポイント。

正直多いとは思えない額だが、贅沢しすぎなければ生きていける収入ではあった。

その殆どをギャンブルに注ぎ込んでしまったのは自業自得としか言えない。


10日間、一日一食で暮らすのか。

……いや無理だろ。

仕事中に倒れてしまう可能性が高い。

今は手段を選んでいられないだろう。


大我は腕に取り付けられた個人端末にアクセスすると、先程貰った名刺に書いてある連絡先を打ち込む。

二度コール音が鳴ると明るい声が返ってきた。


「やはり連絡してきましたね?大我さん」

長良の返答は大我から連絡が来るのを分かりきっていたような内容だった。


「まあ、な。実際金に困ってるのは事実なんだ。……それで、助けてくれるってのは具体的にどうするんだ?」

「では一度研究所の方へいらして下さい。そこで詳しくご説明しましょう」


通話では話が長くなってしまうのか、長良は研究所へ足を運ぶよう促してくる。

助けてもらう側なのだから、素直に従うべきだろう。

幸いにも研究所は大我の自宅から徒歩十分といった所だ。



通話を終えると持ち物は持たず、外へと出た。

個人端末さえあれば大抵は事足りる。


長良の名刺に書いてある住所へと向かうと、そこには白を基調とした三階建ての建物が鎮座していた。

大きさもさる事ながら敷地の大きさも相当なもので、僕は口をポカーンと開けたままただただ圧倒されていた。


するとそんな僕の姿を見た守衛は不審に思ったのか、ライフル片手に近付いてきた。


「君、こんな所で何をしている」

その声でハッと我に返った僕は慌てながら長良の名刺を見せた。


「あの、この人に呼ばれて来たんですけど……」

「ん?ああ長良主任の。では入館手続きをするからこっちへ来てくれ」

名刺を見た途端、剣呑な雰囲気だった守衛は朗らかな表情に戻る。

半信半疑で来たが、今の反応を見て長良は本物の研究者なのだと理解できた。



受付に行くと入館証はなく、個人端末に許可コードが配布された。

端末をタッチパネルに当てると緑のランプが灯った。

犯罪者なども区別できるそうで、赤のランプが灯れば入館する事は叶わないらしい。


厳重な門をくぐると、長良の研究室がある棟へと向かう。

案内などはなく、個人端末に表示されている地図を辿るだけでいい為探す手間が省けた。


"長良美咲"

ドアの前のネームプレートを確認すると知った名前が掲示されている。

三度ドアをノックすると、ガスが噴き出したような音と共にドアはスライドして開いた。


「お待ちしておりました藤堂大我さん」

研究室の中は彼女以外に誰もおらず、無駄に広い空間に一人ポツンと椅子に座ってこちらを見ていた。

なんとも寂しい光景だ。

てっきり研究者がワンサカいるのかと思っていたが、その様子はない。


「……ああ、金に困っていて、な」

僕は恥ずかしくて顔を俯かせながら頭をポリポリと掻く。

ギャンブルで生活費を溶かしたのは十分恥ずべき行為であり、彼女にそれを話すのは憚られたからだ。


「藤堂大我、25歳。仕事は……フリーランス?よく分かりませんが、社会人ではあるようですね。大学卒業後地球保護システムの開発を担う大手に就職。しかし仕事が合わなかったのか三ヶ月で退職しフラフラと様々な仕事に就いた、と。そしてギャンブルにのめり込み今では生活費まで溶かしてしまう始末。貴方の経歴ですが合っていますか?」

知りすぎている。

いくら何でも研究者がそこまで個人情報を手にする事が可能だろうか?

否、違法な手段でなければ難しい。


「おい!なんでそこまで知っている!どうやって知った!」

僕はあまりに詳細な自分の経歴を知っている長良へと詰め寄った。

険しい表情だったせいか長良は後ずさり手をバタバタさせて言い訳を述べる。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ!!私これでもレベル5のライセンス持ちなんですよ!!だから違法に手に入れた情報ではありません!!」

長良の言うレベルというのは、セキュリティレベルと呼ばれるデータベースへのアクセス権限を意味する。

最高レベルは7で最低が1。

無論レベルが高ければそれだけ権限が与えられている。

レベル7となれば全てのデータにアクセス可能で、国のトップしか持ち合わせていない。

その中でレベル5というのはかなりの上位レベルであった。

ちなみに僕はレベル2であり、一般市民を意味している。


「レベル5……だと?」

「はい、私これでも優秀なんです」

レベル5となれば国の重要施設の責任者などにしか与えられないアクセス権だ。

それを同年代と思える女性が持っているなど信じられなかった。

片や国から認められた才女、片やギャンブルにのめり込み生活すら苦しい状況に陥る青年。


とはいえ実際に僕の情報を全て持ち得ている所を見れば、信じるしかない。


「レベル5なんて……市民の情報は全部見れるって事かよ」

「はい、ですので私が藤堂さんの情報を全て知っているのもなんら不思議な事ではありません」

あまりに現実離れしすぎた状況に僕はため息を一つつくと床に腰を下ろした。


数分その体勢でボケっとしていたが、現実を受け入れゆっくり立ち上がる。


「……まあいい。それで、さっさと本題に入ってくれ。お金を貸してくれるって話を」

「ええ、もちろんです。私はその為に貴方へ接触を図ったのですから」

長良は本日一番の笑顔を浮かべてそう言った。

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