感情器官

水汽 淋

第1話 第三宇宙速度


 黒板を叩くチョークの音ほどつまらないものはなかった。内容なんて全く頭に残ってないんだから、ほとんど無意味な時間。でも、友達の会話に合わせるために、興味なんか全くないYouTuberを見ることの方がよっぽど生産的じゃない。


 しかし、私が学校でうまく生きてくためにそれは必要なのだ。クスッて笑えるのは確か。それ以外の時間が総じてつまらない。しかもそのクスッはしょせんクスッであって、あははは! っていう大笑いには届かない。十分ある動画の内でクスッは時間にして、多くても一分。残り九分間を私は(笑)とLINEで真顔で送るような気持ちで見ている。


 そんなだからめったやたらに顔はいいくせに、原宿最先端、人類の先頭ランナーのような服装とメイクを施したゆーこっていうYouTuberに興味を持った。


 ヤクを決めたような満面の笑顔と、パリコレくらい時代の先を行きすぎたファッション。見るからに「可愛いけどヤバい」っていう女の雰囲気をプンプン出している。


 だから一言も喋らない十分間の動画をあげていることには驚かない。代わりにフリップで会話していた。ちょっと思考回路がショートしてる系奇抜ゴスロリ美少女、というある意味分かりやすいキャラ。そういうのが受け入れられるのはゼロ年代小説が好きな人間だけだ。彼らは日常にまぎれる退廃を夢見ている。しかして私は時代錯誤な、その世間様に対して逆行して生きてやるぜって姿勢が気に入った。それに、顔が好み。ピエロみたいなメイクをとれば、絶対に可愛い。


 なので私は、YouTubeの備考欄に書かれていたオフ会の日時と場所を確認して、行ってみることにした。


「あー、ゆーこ? なんそれ、絶対くそYouTuberじゃん。また変なの好きになんな、まゆは」


 友達のケイが手入れに二時間はかけてるっていう自慢の黒髪をいじりながら言う。スマホの上を軽やかに踊る指先は、彼氏へのメッセージを綴ってる。いいヤリ場があんのよ、って鼻白んだ顔で言ってたのは昨日のことだから、どうせ明日からの土日でパコパコ快楽に身をふけって休日を終えるんだろう。


「変じゃないって。いや、変だけどさ。なんか面白そうじゃん?」


「ふーん。まゆって面白そうなのにすぐ首突っ込むじゃん。ま、別にいーけど。てか、絶対デンパってやつっしょ、ゆーこって。話聞くかんじやべーヤツじゃん」


「それがいいんだよ、なんか、時代に背いてるみたいな」


「なんそれ、わかんね」


 理解の得られなかった私は、ゆーこのオフ会に一人で行くことになってしまった。ケイの悪い癖だよ、と私は電車を乗って三駅隣で降りた。ケイは自分がやりたいことしかやらないんだから、と私は駅前の広場へ向かう。私がどれだけ合わせてあげてるのかわかってないんだよなケイは、と私は待ち合わせ場所に到着する。


 そこにはゆーこがいた。ケイのことなんかは掘削機でガガガーッて掘られたみたいに頭からいなくなる。いらない子なの、しょせん私についていけないのだわ、なんて言って。さよならばいばい、私はケイに手を振った。


「で?」


 ゆーこが言う。


「なんだよ喋れんのかよ」


 思わず口に出た。ゆーこは動画で見るような満面の笑みじゃなくむすっとした顔で返事をしようとする。しかし、私はこれが素なんだろうなと直感的に感じ取った。


「当たり前でしょ、なに、喋れない人間なんかいるとでも?」


「生まれつき耳聞こえない子とか無理じゃん。あーあーとか、何言ってるかわかんないし」


「あれは発音が分からないだけで発声はできてるでしょ。で?」


 ゆーこは不敵だった。いや、傲岸不遜。そしてゆーこは私と同じくらいの身長だった。私は男女混合の背の順で並ばされても、一番後ろかその二番目くらいには高い女子だった。まあそれは中学の話で、高校ではせいぜい五、六番目くらい。それでも平均的女子の身長よりは随分と高い。なのに、ゆーこは私と同じくらいの身長だった。小さかった、と思ったんだけど。私はゆーこの足元へと視線を向ける。


「竹馬じゃん」


「これ、シークレットブーツっていうの」


 おわかり? と人を馬鹿にしたような、いや、確実に馬鹿にして微笑むゆーこ。顔がいいので私は不思議と不快感は感じなかった。


「知ってる。でもその分厚さ、忍者とかでも使わないんじゃないの」


「はぁ? 忍者は靴そのまま長くなってなんかない。地面に刺さるように、高下駄っていうんだけど、二本の長い板が生えてるの」


 納得してない私にむけてゆーこは、はぁ……と首を振り、


「わかった。じゃあ付いてきて」

 と歩き出した。


「え、でも他にオフ会とかに来てる人いるんじゃないの?」


「いる訳ないでしょ。チャンネル登録者数四十六人なのに」


 かつかつと、全く足取りぶれず先行するゆーこ。そういえば、私がゆーこの動画を見つけたのは動画のオススメからだ。視聴回数は二千五九回とかだった気がする。


「どこいくの?」


 私は他に来てる人がいないか、振り向きながら尋ねた。


 ゆーこは一切私に視線を向けなかった。つまり後ろを振り返らなかった。あのブーツで歩くには多大な注意が必要だろうし、私を気にかける暇なんてないのかも。なんで絶対付いてくるって信じてるんだろう、と思いながら、とりあえず私は追いかける。


 駅前の広場を出てすぐ、大通りに面する商店街に入って行く。眼鏡屋電気屋骨董品バイク売り場薬局古書店を通り抜けて、商店街の真ん中、アーケードすれすれにまで積み上げられた四階建のビルへ。


 ビルにかけられた縦看板には1F~4Fが割り振られ、そこに店舗名とロゴが張られてあった。茶色く変色し、所々が欠けているのには悲壮感さえ漂う。


 ここにはヤミ金業者しかないわよというアドバイスを無視して、ゆーこはカッカッと踏みつけるように湿った冷たい空気の中で、コンクリの階段を駆けあがる。


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 カチカチと点滅する蛍光灯にたかるハエや蛾をねめつけて、すりガラスの事務所を無視して、私達は最上階へと辿り着いた。ゆーこはハァハァと荒い息をたてている。途中何度かこけたゆーこは靴を脱いでおり、ずいぶんちっちゃくなった。真っ白で力を込めれば折れそうな足には赤い染みが浮かび、青アザがいくつか出来ている。


 けれどもパッチリとした西洋風な瞳は、そんな痛みには非常に鈍感で、前を見つめるためだけにあるから、目下彼女の感心は使われていない事務所にあった。


「なに、これ」


 私は数億年ぶりに運動したので、死にそう。というかこんなところに連れてこられて怖い。だから自然出る質問は、現状への把握だった。


 私の一体何をするのか、という質問を、ゆーこは一体ここはどこなのか、という関心と捉えたらしい。


「秘密基地。私の」


 ふーん、と言ったと思う。イカすじゃん、とも。そして私は、埃とゴミと虫へ雪崩れ込むのだけは避けたかった。


「椅子、どこなの。綺麗なやつ」


「これあげる。秘書くん」


 出された椅子は緑色のカバーが敷かれた――破れてるし埃も被ってる――質素なもの。私は心底嫌な顔をして、シルバニアファミリーだってもっといい椅子を使ってる。そんな訴えをした。


 ゆーこは肩をすくめて、言った。


「はぁ? そんなでかい体してさ。人よりたくさん二酸化炭素排出してんだから少しは我慢しなよ」


 全くの謎理論。私は口がきけなくなった。代わりにはぁはぁと荒い息が飛び出てくる。


 私は目でゆーこに訴えかけるも、ゆーこは冷ややかに私を見下ろしている。


「秘密基地っていうくらいには、秘密にするべき何かがあるんだよ。それってなんだと思う?」


 ゆーこは綺麗な顔が汚れても、別に構いやしないんだろう。全く掃除された痕跡のない部屋と同化してた椅子に、遠慮なく座る。私はゆーこの腕を見つめていた。白魚のような……という表現があることを思い返して、ぴったりだと思った。細くて、脆くて。


「わからないわ。何を秘密にしてるの。見た感じ、部屋の中にはなんにもないし、強いて言えばさっさとこんなとこでようって感じなんだけど」


 実際、私はゆーこに会えて、もうお腹一杯。いま落ち着いてゆーこを見てみると、YouTubeの時のドン引きスタイルではなかった。化粧――化け物の粧飾と読むような――ではなく、クラスの片隅にでもいそうな普通の女の子という感じ。肩にまで垂らした茶髪がふんわりと頭を覆ってる。手足は細くて、体だって棒みたいだろうに、出るとこはしっかりでてる。


 人と波風立てぬよう適当に話題をあわしていたら、いつの間にかクラスでも影響力を持つケイとつるんでいた私。ケイに声をかけてくるメンバーは大体がインスタグラムなどでキラキラな写真を載せるような人たちだったので、自然私は誰それがモテそうだとかリーダーだとかがわかるようになっていた。判断基準は顔に喋り方に振る舞い。そういった基準で言えば、ゆーこの顔は満点に近い。喋り方は少し独特だけど、詰まることなく喋りなれてる感じ。振る舞いは異常だけど、おどおどしてたりとかいう様子はなし。つまり。皆を引っ張っていくようなタイプではないけれど、一目置かれているような子だ。


 なのに。このゆーこというYouTuberは、その一切合切全てを台無しにさせるような、死んだ目をしていた。店頭でこれみよがしに置かれ、誰にも買われずに半額シールを張られた魚の方がまだマシ。スタイルを見て、顔を見て、そして目を見られたら。もうダメだ。見るからに変わったやつとは関わりたくないのが人間の性。それは否定できない。


 しかし、さっき述べたように、一目置かれるような子には確固としたこだわりを持っていることが多い。


 つまり笑うタイミングで笑い、然るべき知識――同級生の話にちゃんとついていける――を無理に持とうとしない人間だ。面白いときにだけ笑って、付けたい知識だけ身に付ける。それは均されていないということ。平均化されていないのだ。


 だから、お腹一杯。


「汚いし、怖くない? ヤミ金しかいないよ、このビル。すりガラスって時点でもうヤバい事務所しかないんだから」


 ちらりと出口を見て、帰ろうアピール。このビルはヤミ金業者が占拠している。とは知らないけれど、イメージとしては本当にありそうだ。ケイに聞けば、昨日そこから小指無い人が出てきたよ、なんて冗談を加えるだろう。


 でもそんな定石もしょせん察しも、この女には通用しない。なぜなら均されてないから。それはときに冗談というものが通じないことも意味している。


 私はさらに続ける。


「一体何を隠そうとしてるかは分からないし、何を見せようとしてるのかもわかんないけどさ。えと、ゆーこ? それはカフェとかでもいいんじゃないかな」


「ううん、ダメ。絶対ここじゃなきゃ。動かすことは出来ないの」


 私はちらりと周囲の状況を確認する。瓦礫、ゴミ、砂ぼこり、ヒビの入った窓、足の欠けた机、打ちっぱなしの鉄筋コンクリート、シートが破れた丸椅子、ゆーこ。どうみても、隠せるような場所はないし、隠しているような物はなかった。


「なにを、どこに隠してるの?」


「私だよ。私は何人もいるって言ったら信じる?」


 階段からひょっこりとゆーこの顔が覗いていた――という訳ではなかったので、私は困惑する。

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