第2話:旅のトラブル

・旅のトラブル移動編:移動手段が止まった場合\

 列車が止まった。

 流れゆく田園風景を通り過ぎ、山中に入ろうかというタイミングだった。


――急ブレーキをかけます。お気を付けください。


 そんなアナウンスがあったかと思うと、車輪とレールのこすれあう甲高い金属音と、車体の揺れ、そして前に投げ出される感覚が俺を襲った。

 慌てて手すりや前の席に手をつき、なんとか体を固定することができた。

 被害といえば、テーブルの上に置いていた飲み物と食べ物が滑り落ちたくらいか。

 まあ、こんなことも初めてではないし珍しくもない。

 踏切に人だとか、こんな山の中では動物が侵入したりなんてこともよくある話だ。そんなことを考えながら、落ちた弁当や飲み物を拾う。


 窓から外を見ると、どうやら森林地帯を過ぎようかというあたりで列車は止まっているようだった。

 前方には、次の駅が近くに見えている。

 少し経てば動き出すだろうと、のんびりしていた俺の耳にこんなアナウンスが届く。


――ご不便をおかけし誠に申し訳ありません。本列車は故障検知により緊急停止いたしました。復旧作業中ですのでしばしお待ちください。


 ふむ、どうやら結構込み入った事態のようだ。衝撃なんかは無かったから何かにぶつかったということではないのだろう。

 移動を旅の是とする俺にとっては、こんなイベントも悪いもんじゃない。

 トラブルすらも旅の楽しみ。そんな風に俺は思っている。

 しばらくして眠気を覚え始めた頃、ふと見た窓越しに見える乗務員たちの動きが活発になってきた。そろそろ動き出すのかと思っていると次のアナウンスが聞こえた。


――お知らせいたします。本列車は再会の見込みが立たないことになったため、運行停止とさせていただきます。現在代替車両のご用意見込みが無いため、申し訳ありませんが次の駅までお客様をご案内させていただく対応といたします。


 俺はびっくりした。

 こんな山奥で降ろされる? この後の移動は? 俺の旅はどうなる?

 トラブルには慣れていたが、さすがに途中で降ろされるような経験は無かった。

 これは困ったことになった。


――幸い次の駅は観光街であり、宿の手配が可能です。必要でしたら当社の方で手配させていただきます。


 などとアナウンスが聞こえるが、正直どうでもよかった。

 ここで下ろされて、しかも観光街で足止めされる?

 どこにも行けないじゃないか。

 予定では、このあと相当距離の移動を予定していたので、こんなところで降ろされたのでは困ってしまう。

 さすがに頭を抱えた。

 

 どうやら、乗務員たちによって次の駅への誘導がはじまったようだ。

 大きなため息をついた。

 移動のできないこんな旅を、この先どう楽しめってんだか……。



・旅のトラブル旅先編:目的地を間違えた場合\

 私は、旅の扉の発着場に待機していた。

 持ち物はボストンバッグ一つ。荷物は少ないほどよいという信条なのです。

「お待ちしておりました」

 旅行会社のガイドさんが笑顔で迎えてくれました。

 と言っても、ただ扉を案内してくれるだけですが。

 発着場はとにかく広い空間になっていて、無数の扉があります。

 目に入る数だけでも数百にはなるでしょうか。

「それではご案内いたします」


 しばらく歩いて案内された先には一つの扉。

 これが私の希望した場所への旅の扉ということでしょう。

 無骨な金属製のフレームの中に木製の扉がはまっています。

 かなりアンティークな見た目です。

「こちらがお客様の旅の扉となります。扉を開けるとすぐにご要望の場所に到着するようになっております」

「開けた先で問題が起きた場合は?」

「その場合はお渡ししております端末でご連絡ください」

「承知しました」

「それでは、よい旅を」

 ガイドさんが、そんな言葉とともに見送ってくれました。

 

 無骨な真鍮製の取っ手を引くと、見た目に反して軽く扉が開きます。

「おお」

 思わず声が出てしまいました。

 そこに広がるのは向こうの景色ではなく、ぐるぐる光が渦巻く不思議な空間。

 やや不気味ですが、覚悟を決めてえいっと私は旅の扉をくぐります。

 酔ったような視界と身体が揺れる感覚、少しの浮遊感が私を襲いました。

 しかしそれも一瞬。すぐに現実感が帰ってきます。

 そして、目を開けるとそこには求めていた海の景色が……。

「……あれ?」

 そこに広がっていたのは、山と森、そしてその間に広がる町並み。

 海はどこにもありません。

「山、ですね……。どう見ても」

 これはおかしいと振り返っても、もう旅の扉は消えてしまっています。

 私は慌てて端末で連絡を取ります。

「すみません、到着先が希望地ではないようなのですが……」

 すると私の数倍慌てたような声が向こうから返ってきました。

「誠に申し訳ありません! 実は、扉の設定が間違っていたようで、非常に近い場所ではあるのですが、別の町に接続されてしまったようでして……」

 やっぱり、旅行会社のミスのようです。

「それでしたら戻していただいて、あらためて目的地に向かいたいのですが」

 さらに慌てた声が返る。

「あの、その、それが……ですね。転送自体がおかしくなっていて、修復と再設定にかなりの時間がかかってしまいそうでして……」

 雲行きがあやしくなってきました。

「といいますと、どうすればよろしいのでしょう」

「非常に申し訳ないのですが、自力で目的地までご移動いただくしか……。はい、ぜひ道中もお楽しみいただけましたら!」


 その言葉に私は天を仰ぎました。

 この私に移動をしろと? そんなことに無駄な時間を使えと?

 こんな旅を、いったいどう楽しめというのでしょうか?

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