第四十話

【鋼鉄の網】


皇都指揮センターの夜灯はまだ消えていなかった。しかし今、その灯りが照らしているのは、秩序でも理性でもなく、上層から下層へと行われる粛清の光景だった。


ハック・ダニエルは政務庁の中央演壇に立ち、背後には完全武装の憲兵たちがずらりと並んでいた。彼は両手を背後で組み、冷厳な表情を浮かべながらも、異様なほど平静な口調で、まるで日常の政令を読み上げるかのように宣言した。


「臨時戒厳令第三条に基づき――叛徒レックスおよび桜井士郎との接触、情報伝達、あるいは同情の意を示した者は、共犯者と見なし、その場で処刑する。」


騒然としていた官僚たちの中から、数名が驚きの声を上げ、立ち上がって抗議した。


「そんな命令、違法だ!皇女殿下の許可もなしに!我々は認めない――」


言葉が終わる前に、一発の銃声が大広間を切り裂いた。抗議していた官僚の後頭部が弾け飛び、血飛沫を上げながら席に倒れ込む。場内は静まり返った。


ハックは冷ややかにその遺体を一瞥し、再びゆっくりと視線を壇下に向けた。


「他に、異議のある者は?」


誰も声を発しなかった。ただ、遠くの席にいた数名の下級職員が小刻みに震えながら顔を伏せ、額に冷や汗を滲ませた。


ハックの口元には、わずかに笑みのようなものが浮かんだ。それは、血に慣れきった屠殺人の無感情な微笑だった。


彼が手を挙げると、二人の憲兵が数名の軍服姿の将校たちを連行してきた。彼らはいずれも顔面蒼白で、両手を後ろ手に縛られている。


「こいつらは、過去二十四時間の間に、皇女殿下に対する私の処置を疑問視した者たちだ。外部通信に接触しようとした者もいれば、持ち場を無断で離れた者もいる。」


数秒、彼は言葉を切り、その視線を年配の将校に向けた。それは、かつて司令部で前線支援を強く主張していた、ベナード将軍だった。


「ベナード――お前は三代にわたって皇族に仕えてきた。なぜ、あの小娘の側についた?」


「彼女こそが、真の皇族だからだ。」

ベナードは毅然と言った。「そしてお前は、ただの裏切り者だ。」


ハックはそれ以上何も言わず、静かに頷くと、背を向けて歩き出した。


直後、数発の銃声が大広間に鳴り響く。肉体が床に崩れ落ち、血が石床を濡らす鈍い音が、太鼓のように空間に反響した。


この瞬間、皇都の行政中枢は「軍事特別区」に指定された。全通信回線は遮断され、入り口には機関銃塔と装甲車が配備され、出入りには三重の身分認証と厳しい身体検査が課せられた。


ハックは戦況室へと向かい、冷たく幕僚に命じた。


「全出入口を即座に封鎖し、徹底的な捜索を開始しろ。目標は中佐レックス、および少尉桜井士郎だ。」


「もし抵抗した場合は?」


「撃て。警告は不要だ。」


幕僚たちは一瞬ためらったが、最終的に無言で頷き、散っていった。


ハックは椅子に腰を下ろし、目の前に広げられた皇都の地図に視線を落とした。地図にはすでに、全行政通路と非常階段の位置が赤くマーキングされている。彼の指先が、そのうちのひとつの赤印にゆっくりと滑る。目は刃のように鋭く光った。


「潜り込んだところで、連れ出せると思うな……お前たちに、逃げる隙など与えはしない。」


一方――


二人は壁に体を寄せ、薄暗く静かな廊下を進んでいた。

建物内には、コンクリートの床を踏みしめるブーツの音や、無線機から漏れる微かな指令の声が交錯している。


「三階から四階間で不審な物音を確認、小隊Bが捜索に向かう――」

「主廊下の封鎖完了、次の検問準備に入る――」


レックスは頭上の監視カメラを見上げ、小さく手を振った。

それを合図に、桜井は素早く壁際の電気ボックスに駆け寄り、蓋を開ける。赤と緑の配線を切断すると、監視モニターが一斉にブラックアウトした。


二人はその隙に廊下を渡り、階段井戸に身を潜め、手すり沿いに音を立てず上へ向かった。


五階の曲がり角に差し掛かったとき、レックスが手を挙げて停止を指示した。

前方の突き当たり、ガラス壁の向こうに、夜闇の中で赤くぼやけた光が瞬いている――火だ。


彼は身を低くしてガラス越しに外を窺った。


そこは政務庁東側の中庭だった。

石段と回廊の間に、いくつもの遺体が無残に倒れ、血が広場の石畳を赤く染めている。


「……軍服だ。」

桜井が低く呟いた。


二人はさらに慎重に前進し、一つの扉の前で立ち止まった。

わずかに開かれたドアの隙間からは、空調の微かな運転音が聞こえてくる。


レックスがそっとドアを押し開けると、部屋の中は静まり返っていた。

空気には、鉄錆と火薬のにおいが濃く漂っていた。


作戦ブリーフィングルームだった。壁に掛かった大型スクリーンには「中央緊急対策案」の投影画面が止まったままだったが、テーブルに座っている者たちは──もはや何も対応できる状態ではなかった。


高官用制服を着た六人の将官と行政官たちが、会議卓の周囲に倒れていた。ペンを握ったままの者もいれば、椅子にもたれかかったまま絶命している者もいた。大半は銃撃による即死で、弾痕は額や胸に集中しており、現場に抵抗の痕跡はなかった──計画的な粛清だった。


櫻井は白髪の軍官のそばにしゃがみ込み、指先で頸動脈に触れたのち、黙って立ち上がった。


「まだ温かい……三十分も経ってない。」


レックスは会議卓に目を走らせ、半分署名された命令書を見つけた。「特別軍事法案審査中止決議」──胸に重いものがのしかかった。


「彼らはハックを止めようとしたが……間に合わなかった。」


「こいつらが最後の歯止めだった。」レックスは低く言った。「ハックは皇都全体を自らの支配下に置く覚悟を決めた。今、彼に足りないものはただ一つ。」


「皇女だな。」櫻井が応じた。


レックスは鋭い眼光で頷いた。「俺たちが先に彼女を見つけなきゃならない。」


二人は地下階の技術用通路を進んだ。コンクリートの壁は湿気と機械油の入り混じった匂いを放ち、電線と古びたパイプが壁沿いに絡み合い、まるで張りつめた神経網のようだった。


「行政会議棟の地下入口はあそこだ。」レックスが半開きの重厚な金属扉を指差した。「ハックが中枢を押さえたなら、真っ先に粛清が始まるのはあそこだ。」


二人は注意深く扉に近づき、途中何度も巡回兵や監視カメラを避け、薄暗い灯りと乱雑に積まれた資材の陰に身を隠した。櫻井は背中から細身のドライバーを引き抜き、鍵穴に差し込み、数秒でロックを解除した。


扉の内側は静まり返り、空気はまるで胸に重くのしかかるコンクリートのように重苦しかった。二人は銃を構え、染みの浮いた床を踏みしめながら慎重に進んだ。照明はちらつき、周囲を明るく照らすことはできず、手持ちのライトだけが頼りだった。


角を曲がったところで、レックスが足を止めた。


「……注意しろ、臭う。」


前方から鼻をつく血と鉄の匂いが押し寄せた。大量の死体から発せられる生々しい腐臭だった。櫻井は武器を握りしめ、警戒を強めた。


廊下の突き当たり、会議場へ続く防音扉が半開きになっていた。二人は目で合図を交わし、同時に押し入った。


高所からの照明が、広々とした会議場の床に降り注いでいた──そこは、虐殺の跡だった。


中央の長テーブルの傍らに三人の高級軍官が倒れ、制服は引き裂かれ、血がカーペットを真っ赤に染め、胸と頭には無数の銃痕が穿たれていた。壁には「国防再編提案」のスローガンが掲げられていたが、すでに飛び散った血に覆われていた。


「国家安全局長に……参謀総長か……」


櫻井は一体の遺体を調べながら、顔を険しくした。「現場処刑だな。」


「ハックは反対派を……一人残らず排除した。」レックスは低く言い、目に殺意を浮かべた。


その時──階段室から、低い会話声が聞こえてきた。二人はすぐに壁に身を寄せ、静かに声の発信源を尾行しながら行政層の内部通路を進んだ。


地下拘留施設への最後の扉はすでに開かれ、一隊の親衛軍が銃を手に中へと進んでいた。彼らの制服と標準武装はハック直属部隊のものであり、胸には「新秩序」のエンブレムが光っていた。隊列の中には、電子キーや高性能通信機を持った高官クラスも混じっていた。


レックスと櫻井は隣接するパイプシャフトに潜り込み、静かにメンテナンス用井戸を滑り降り、拘束層の上部の点検口へとたどり着いた。


通気口越しに下を覗くと──


小型拘留室前の広場に、海蓮娜が両手を後ろ手に縛られ、地面に跪いていた。髪は乱れ、顔には明らかな痣がありながらも、目には鋭い光が宿っていた。その傍らに立っていたのは、カーン──国防軍親衛長。彼もまた両手を縛られ、口元から血が滲んでいた。


向かい側では、十数名の親衛兵たちが銃を構え、緊張した空気が場を支配していた。


一人の親衛軍士官が無線機に向かって報告していた。

「目標を制圧、上層部の指示を仰ぎます。即時処刑の許可を求めます。」


ヘレナは顔を上げ、冷静な表情でわずかに皮肉な笑みを浮かべた。

「ハック……あなたは私を裁く勇気すらないの?」


士官は冷たく笑い、手にした拳銃を持ち上げた。


レックスはライフルに弾を装填し、銃口を鉄格子に押し当て、息を潜めた。隣で桜井が閃光弾を手に取り、深く息を吸い込む。


「準備はいいか?」彼が低く尋ねる。


レックスは力強く頷き、静かだが決意に満ちた声で応えた。

「今度こそ──失敗できない。」


次の瞬間、二人は同時にメンテナンスハッチを蹴破り、閃光弾を放り込んだ。眩い白光が空間を切り裂く。


「突入!」


銃声が立て続けに鳴り響き、廃棄された通路の壁に弾丸が当たる音がこだました。バン!バン!バン!


レックスと桜井は息を合わせ、正確無比に親衛兵たちを一人ずつ倒していく。数十秒のうちに敵は全滅し、地面には倒れた兵士たちと散らばった薬莢が転がった。


「ヘレナ殿下、ご無事ですか?」レックスは急ぎ彼女の元へ駆け寄り、怪我の様子を確認した。


ヘレナは疲弊しながらも冷静な目を向けた。

「あなたは誰?」


レックスはマスクを外し、汗と埃にまみれた顔を晒した。

「俺はレックス、隣は桜井だ。前線から撤退して、あなたを救出に来た。」


彼女は目を見開き、目の前の事実を確かめるように見つめた。

「前線から?……じゃあ、前線は今どうなっているの?」


「安心してください。敵はまだ本格的に攻め込んではいません。部隊は踏みとどまっています、あなたを連れ戻すまで。」


ヘレナは小さく頷き、すぐに声を潜めた。

「私の傷は大したことないわ。それより、カーンを……彼は私を守ろうとして、ひどく負傷している。」


カーンは彼女の隣に半ば膝をつき、血を滲ませながらもかすれた声で言った。

「俺は……大丈夫だ……」


桜井はすぐに屈み込み、二人の手の拘束を解いた。

「ここを離れよう、今すぐに。」


だが、その時、遠くの廊下から整然とした足音と銃の装填音が響いてきた。ヘレナの顔色が変わり、鋭く叫んだ。

「来たわ!こっちよ──急いで!」


桜井は即座にカーンを背負い、レックスはヘレナを支えながら通路の奥へと撤退した。

最後のセキュリティドアを通過した瞬間、後方から追っ手の銃口が彼らを捉えた。


レックスは不意に足を止め、振り返った。


「お前たちは先に行け。俺がここを押さえる。」


「ふざけるな、一緒に──」


「駄目だ!」レックスは桜井の言葉を遮り、怒鳴った。

「誰かがここを守らなきゃならない。お前たちは南西の軍営へ行け。そこには三百人以上の味方がいる、状況を伝えるんだ!」


桜井は歯を食いしばり、躊躇しながら叫んだ。

「……頼む、必ず生きて帰れ!」


レックスは答えず、背後の昇降ドアに向けて一発撃った。ギアの駆動音が響き、重厚な鉄扉がゆっくりと閉まり始めた。


「おい!レックス!」桜井が叫んだ。


「行け!」

レックスの声が、閉じゆく扉の隙間から聞こえた。決然とした響きだった。


扉が完全に閉じたその瞬間、レックスは背を向け、再びマスクを装着した。

暗闇の中、彼は押し寄せる親衛兵たちを静かに迎え撃った。


敵の部隊が足を止め、先頭の士官が落ち着いた声で言った。

「レックス中佐、我々はあなた個人を敵視しているわけではない……命令に従っているだけです。」


レックスは彼らを冷ややかに見据えたまま、無言だった。

背中のライフルを手放し、床に落とす。

次いで、腰に差していた軍用ナイフを静かに抜き取った。


その一連の動作は、まるで大地を震わせる雷鳴のようだった。


短い沈黙の後、彼は低く言い放った。


「──お前たちに、自分が間違った側に立ったと教えてやる。」

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