第16話 悲願の木
「ここか」
雫さんに教えてもらった場所に来るとそこには大きな桜の木が見える公園があった。調べたところこの公園付近にお墓は併設される形であるらしい。
とても綺麗な場所だ。四月も半ばに差し掛かるというのにこの木の桜はまだ散ってはいなかった。それどころかこの木の桜は悠々と咲き誇っていた。
その光景はあまりにも幻想的でここが現実であるのか疑いたくなってしまうほどだった。
「すごく綺麗な場所だな」
「ですよね。この町だと結構有名な木なんですよ」
独り言をつぶやいていると隣にいた綺麗な女の人に声をかけられた。いきなりのことでびくっとしてしまったが女性はそんな俺の様子に気づくことなく続ける。
「悲願の木って言って願いを叶えてくれるっていう逸話がある木なんですよ。まあ、ここら辺の地元の人しか知らない話なんですけどね」
女性は少し苦笑しながら舌を出していた。
そんな迷信じみた話を聞いてもなんだか腑に落ちてしまう。
それだけの力のようなものを俺はこの木から感じていた。
「そうなんですか。本当に綺麗な木ですからそんな逸話があっても納得できる気がします」
「ふふっ、いいですよねこの木。私も好きなんですよ」
女性は本当にこの木が好きみたいで綺麗に微笑んでいた。
「っと私はそろそろ行かないと。それでは私はこれで失礼します」
「はい。この木の事教えてくれてありがとうございました」
女性はお辞儀をして歩き出していった。あの女性も誰かのお墓参りだったのだろうか?
「っと俺も行かないとな」
悲願の木を通り過ぎて墓地のある方に向かう。
数分ほど歩くと景色が変わり完全に墓地といった風景となった。だが、この位置からでも悲願の木は見えるのでロケーションとしては最高なのかもしれない。
数ある墓石の中から海野家の墓を探す。
すぐに見つかって墓石を見やるととても綺麗に保たれてて雫さんたちが頻繁にお墓を綺麗にしていることがうかがえる。
「まずは花を供えるか」
お墓に花を供える。ついでに道中で買った昔なぎちゃんが好きだったおかしも供える。
「久しぶりなぎちゃん。覚えてるかな春馬だよ」
墓石の前でしゃがみこんで話しかける。墓石を前にして初めて本当になぎちゃんがこの世にいないということを認識して飲み込むことができた気がする。
「動画、見たよ。ごめん帰ってくるのが遅かったみたいだな。あと一年早ければ会えたかもしれないのにさ。本当にごめん」
自分の悔いを墓石に向かって吐き出す。
もちろん返答なんか帰ってこない。帰ってくるのは春の暖かい風くらいだ。
「俺、なぎちゃんの事好きだったよ。今も好きだと思う。なぎちゃんが生きてたら本当に結婚したいくらいだよ」
本心をずっと話している。恥ずかしいけどしっかり伝えておかないときっと完全に飲み込むことができないから。
しっかり話して俺の中で消化したい。
それからは俺が今まで経験したこととか昔の話をたくさんした。
その話をしているうちに自分も昔のことを思い出して頬が緩んでしまう。
今思ってもあの日々は本当に俺にとってかけがえのない思い出だったのだと思う。
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