第38話 疼く左腕

 みんなが、笑顔の中、グレインの表情は険しいままである。

 エスティルは、そんなグレインを見ると、すぐにシャルティエットに声を掛けた。

「エレンらが、どこに捕らわれているのか探してみて」

「畏まりました」

 シャルティエットの探索魔術によると、この下の階層に捕らわれている可能性が高いという。

 彼は、前回、失態を犯したこともあり、今回は不慣れではあるものの、垂直展開した索敵も行っていた。

 その結果、この階層全体は一面広場という訳ではなく、端にいくと吹き抜けがあり、下にも階層が存在することが分かった。


 吹き抜けの場が近かったので、移動し、下を覗いてみても、真っ暗で何もわからない。

 微妙に風の音らしきものが聞こえてくる。

 底はどのくらい深いのかと、試しに石を落としてみるも、音は返ってこなかった。

 それだけ、底が深いのか、もしくは途中で何かあるのか。


 少し休むと、ギズも立ち上がれるようになったので、先に進もうとしたその時である。


 カル達の目の前をゾロゾロと一団が追い越していった。

 モーサ率いる兵士らである。


 立ち止まった兵団の副官が言うには、捕らわれた人達の解放は兵団で行うとのことである。

 兵団の『いいとこ取り』に、ビグルはカチンときていたが仕方がない。

 わざわざ、王都から派遣されて来ているのだ。

 報告できるような事柄が一つもないと、貴族としての面子がたたないであろう。


 兵団らも、この下の階層に仲間が捕らわれていると、気付いているらしく、この先にある大階段を急ぎ降りていった。


 カルは、先程切り刻んだ投網魔道具の切れ端が、足元に落ちているのに気が付いた。

 丁度、ハンカチ位の大きさであったので、拾い上げると丁寧に折りたたんで、ズボンのポケットにしまい込んだ。


「そういや、フット。あの投網魔道具はどうしたんだ、奴らに持ち去られてしまったのか?」

 持って帰れば恩賞にありつけるので、ビグルは気になっていた。


「確か、ゴブリンが、…さっきの場所で二人を投網から出そうとしているところに、俺が斬り込んで……覚えていないな」


「そうか。まぁ、あれだけの数のゴブリンがいりゃあな。持ち去られてしまうわな」

 ビグルは、救出よりも投網魔道具を持って、恩賞を賜りたいと考えてるくちである。

 実際のところは、戦いの際に捲れて裏側から踏まれ、刃物で斬られ、ズタズタになり細切れになってしまっていた。


 シャルティエットを先頭に下へと続く階段の前まで来て、一同ゾッとした。

 先程の大広間といい、目の前の大階段といい、軍隊が移動するような広大な空間が形成されているのである。一体、ゴブリンは、この中にどれ程いるのだろうか。


 モーサ率いる先鋒隊が、既に大階段を降りていっているので、伏兵もいないだろうと、警戒もほどほどに降りようとしたところ、ここからではなく、もう少し左へ進んでからだと言う。


 シャルティエットの言葉に従って、全員が後に付いて行く。

 すると、もう一つ別に小さな土階段があり、そこからみんなで降りていった。

 この土階段の横には滑り台のような石畳の斜面が隣接している。

 恐らく、魔力を吸いとられた冒険者達を大階段から転がすと、死んでしまう可能性があるため、この別階段に隣接している斜面で滑らせて、下へと運んでいるものと思える。……斜面には血痕も多く残っており、粗方間違いないであろう。



 下の階に着くと、何やらザワついている。


 ゴブリン同士で揉めているようである。


 エスティルに言われて、ジルがそっと覗いてみる。

「何か、弱っちそうなゴブリンばかりだな。パニックっているように見えるぞ」

「他にはないの? あんた、目はいいんだから、もっと活躍しなさい」

「わかってる! 奥に冒険者や兵士らが横一列に寝かされている。きっと、魔力欠乏症で立ち上がることもできないんだ」

「そっちを先に言いなさいよ!」

「だから、奥にいたんだって」

 ジルは拗ねている。

「もう」

 

「おい、すぐに殺されることはないんだろ。ここは王都兵団を呼んで来て、人数揃えてから、あたろうぜ」

 モルトンは正攻法でいきたいらしい。


「だ、駄目です。すぐにでも、みなさんが殺されてしまうかもしれません」

 ソリアは慌てて、モルトンに言い返す。

「なんでだ」

「そう話しています」

「話しているだぁ」

「はいっ」

「ソリア、あなた、ゴブリンの言葉がわかるの?」

 エスティルは半信半疑で切り返す。

「はいっ」


「「「「「「「「 えっ! 」」」」」」」」


「そんな奴、初めてみた」

「ジ、ジル、そんな言い方ないでしょ! 少しは察しなさい。ソリアを可哀そうだとは思わないの!」

「…………あ、あの。もしかして、私のこと。ゴブリンに育てられたとか思っていません?」

「……ち、違うの?」

「あんまりです! 酷いです! お姉さま!!」

「……お、お姉さま?」

 エスティルは、変な呼ばれ方をしたために、少し引いている。


「おい、どうでもいいが、要は援軍をまたず、すぐに奴らを殺したほうがいいってことか」

 グリアの眼光は鋭くなっている。


「……すみません。どうも、投網魔道具が無くなったのは確かみたいです。直ぐに戻って魔道具を探せ、という一方で魔力が吸収できないのなら人族は一斉に殺したほうがいいと、ゴブリン同士で揉めていて、それを判断出来る者がいなくて騒ぎになっているんです」

 ソリアは説明しつつ、腰の剣に手を掛けている。

 すぐにでも斬り込む体勢である。


「魔力を吸収した後、どうしているかわかりますか」

 シャルティエットの声は、僅かながら怯えていた。


「そこまでは、わかりませんが、吸収し終えると投網魔道具をどこかに運ぶようです」

「……」


「いつでもいいぜ、指揮官」

 ビグルも殺気だっている。


「フットはいける?」

「問題ない」


 ゴブリンらの手元に、投網魔道具が無いことが分かった今、20匹程度のゴブリンは敵ではないのだ。

 横になっている彼らを助け出せば、英雄となれるだろう。

 王都から恩賞だって貰える。

 冒険者・傭兵ランクもあがるはず。

 いや、今後の活躍次第では、叙爵もありえるかもしれない。


 この状況の中、シャルティエットは援軍を呼ぶことを提案した。

 しかし、誰も聞く耳を持たなかった。


 特に、フットに至っては、仲間を直ぐにでも取り返したい一心でここまで来たのだ。聞き入れるはずもなかった。


 シャルティエットの真意は、すぐにでも、主であるエスティルをこの場から遠ざけたい。それだけであった。


 彼は、カルが倒した魔人と一度相対したことがあったのである。

 その際に、覚えていることがある。

 対峙した折、魔人の腰に下げられていた革袋から高濃度の瘴気が漏れていた。

 恐らくは、その中に魔瘴石が入っていたのだと確信している。


 魔瘴石は瘴気が凝縮された鉱物で根源となり得るものである。

 そもそも、瘴気は有害なものであり、人族(エルフ、ドワーフ、人間族、獣人族他)にとって容易に扱えるものではなく、魔瘴石にいたっては、国家レベルで管理されるべき代物なのである。


 魔物は魔力が溜まり、凝縮されることで生まれる。

 誕生する過程で瘴気が加わると、より強力な、狂暴な魔物が生まれてくるとされている。


 ………何者かが、兵士や冒険者らの魔力を吸収し、集めた魔力に瘴気を加え、多くの魔物を創り出しているに違いないと、彼は考えていた。

 

 そのような邪法は、魔導士でも容易に出来うるものではないはず。

 ……魔人の所業ではないのか

 やはり、この洞窟のどこかに魔人がいるのだ……。


 そう結論に至った時、彼の左腕は疼いた。

 義手となっている左腕は、魔人に斬り落とされたのである。


 シャルティエットは動揺を隠せない。

 そんな中、彼の提案も空しく、ジルを除いた8人はゴブリンに襲い掛かっていた。

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