第36話 破格のFランク

 岩壁に出現した大きな金属製の扉。

 ギギ、ギギギッと音を響かせながら、ゆっくりと開きはじめた。


 ジルはレッサーワイバーンを見ていたが、ジルのウサ耳は、この場違いな音に反応した。

 ジルは気になって、チラッと、音のする方に目を向けて驚いた。

 大きな扉の隙間から、禍々しい何かが、ゆっくりと地を這うように流れてくるのが見えたのである。

 思わず叫んだ。


「何か、黒い煙のようなものが流れでているぞーー!」

 ジルの声が響く。

 だが、メタルバックボアの対応で、こっちを見る、余裕のある者はいない。

 この状況を見計らってか、両扉が全開するのを待たずに、武装したゴブリンが、中から次々と出てきたのであった。


 メタルバックボアが残り一頭となって、初めて状況の変化に、みんなが気付いた。


 カルは、メタルバックボアの突進を受け、回避したものの、体制が崩れそうになったところを、咄嗟に剣を地面に突き立てて、体を支えていた。


「カル、危ない!」

 エスティルが、俺の後ろを指さして、叫んでいる。

 俺は振り返った。

 すると、前方にいるギズはゴブリンに突進していた。

 俺の左頬付近を矢が掠めた。

 恐らくはミルレールの射た矢だろう。

 本当に危ない…。


 矢が、そのまま直進して行くのが目に映る。

 そこで、気が付いた。


 頭上で投網が広がっていたことに。

 エスティルが叫んだのは、こっちだ。

 投網のことを言っていたのだ。


 俺は網にかかってしまった。


 敵に飛び掛かっていったギズも間に合わない。

 網に触れて、前方でギズが倒れていくのが見える。


 俺も全身の力が抜け、その場に倒れ込こんだ。

 魔力なんて、ほとんどないはずなのに。

 少ないながらも吸収されると、こんなふうになるのか。


 激情に駆られた雄叫びが聞こえてくる。


 グレイン・フットの声だ。

 ホブゴブリン四体が、走って来たが、そのまま素通りしていった。

 恐らくは、フットの相手をするのであろう。


 声の様子だと、エスティルらは、どうやら無事のようだ。

 ……まずい、意識が消えそうだ。

 でも、この感覚って前にもあったな……。


 カルとギズは投網魔道具で捕らわれてしまった。


 エスティルは、投網魔動具の周辺にいるゴブリンをウインドエッジで撃退した後、投網魔道具の持ち手部分や網の端部分を切り裂こうとしたが、全て跳ね返されていた。


「シャルティエット! あの魔道具、私のウインドエッジでも斬れないわ」

「ご無理はなさらないでください」

「グズグズしていると、カルが洞窟の中に連れてかれてしまうわ! 扉が閉まったら、そのまま消えてしまうかも知れないのよ! ……こうなったら、あの扉を閉められないよう壊す!」


 エスティルは大きく息を吸うと、詠唱を始めた。

「火の精霊よ。我との契約に沿い! 我が敵を穿つ槍を今ここに授けよ!!」

 魔術は無詠唱が常識なのだが、威力と確実性を重視する場合は詠唱を行う。


「ファイア・ジャベリン!!」

 味方に聞こえるよう、エスティルは声を張った。

 すると、瞬時に複数の火が巻き起こり、宙に槍が形成されたかと思うと、物凄い轟音を響かせて、開いた状態の右扉に突き刺さり、扉の大半を溶かしてしまった。


 槍の進路にいたゴブリンらは、当然の如く業火に包まれている。


 グレインの防具も肩口が少し焦げていた。


 辺りは、物凄い高温となり、煙と焦げた臭いが風に運ばれてくる。


「……あれが、Fランク冒険者の火魔術だなんて………信じられない」

 溶けている扉を目にしたソリア・ミルレールは硬直していた。


 ソリアがエスティルへと目を向けた時、彼女は既に二本目のファイア・ジャベリンを空に向かって放っていた。


 高速で放たれた火の豪槍は、一番大きなレッサーワイバーンの翼を打ち抜いた。


 グレインは度肝を抜かれた。

「上空で、あれだけの距離を…レッサー…とはいえ、竜種を撃ち落とすなんて」


 レッサーワイバーンは右翼が炎に巻かれ、幾度か羽ばたきつつも、落下していく。


 あっけにとられていたところに、指示が飛んできた。

「グレインとビグルは斬り込みなさい! ソリアは援護で矢を打ちまくって! ジルは上を見る!」

「「「お、おう」」」

「はいっ!」

 エスティルは指示が終わると、ウインドエッジを数発上空に放った。


「あの女、この状況でも間髪入れずに指示してくるな」

 ビグルはニヤケながらも、理に適っていると納得して、目の前のホブゴブリンと対峙していた。

 そこへ、味方を避けて上空に放たれた風の刃が急降下してきて、ホブゴブリンの頭部を切り裂いていく。


「魔術のコントロールも、大したもんだぜ」

 ビグルも納得したらしく、全力で入り口へと斬り込んでいった。



 一方、窪地内で扉と反対に位置する出入口付近では、

「モルトン、戻ろうぜ! ここを死守する必要もなさそうだ」

「何だぁ」

 モルトンは振り返ると、グリアが親指を立てて扉の方を指している。


「……あ、中に入るってのか」

「スゲーゼ、上空のレッサーワイバーンを、あのお嬢ちゃんが撃ち落としたんだぜ、おもしれぇよ。こりゃ、あっちに行かないとな」

 そう言うと、駆け出していった。


「はぁ、好きだねぇ。これだから獣人は……まぁ付き合ってやるよ」

 モルトンも駆けだした。


「…って、あいつ早ええなぁ」


「いいっ、みんな! このまま中に入って、カルとギズを助けだすわ! ジル、後ろの兵士を呼びなさい」

「どうやって呼ぶんだよ」

「知らないわよ。何とかしなさい!」


 ジルは、何も思いつかないので、とりあえず、こっちに来てくれるかもと、ファイアボールを三発空中へ打った。

 緊急要請の合図である。


 この三発にビックリしたのか、上空にいた残りのレッサーワイバーンは逃げ去ってしまった。

 ジルはそれを見て、追い払えたことが嬉しくて、顔に出ていた。


「何、ニヤニヤしているの! 早く援軍を呼びなさいよ」

「っ少しくらい、俺様を褒めろよ、レッサーワイバーンがいなくなったんだぞ!」

「そんなの関係ないわよ! 中に入るっていったでしょ。帰りに出れなくなったら困るから、出入り口を守って欲しいのよ、早く何とかして!」

「わかったよ! あ、グリアたちが戻って来た」

「それでもいいわ、突撃準備よ」


 シャルティエットは気が気ではなかった。何せ、主人が何の情報もない洞窟の中に突撃をしようとしているのである。止めようものなら、置いて行くと言わんばかりである。



 先鋒隊隊長のモーサは遠目で見ていて、洞窟の扉が破壊されて、エスティルらが洞窟の中に入ろうとしているのが分かった。遅れてはならぬと、直に隊を二つに分け、エスティルの後を追ってきた。


「手柄を奪われてなるものかーーーーーーーっ!」

 元々が目つきの悪いモーサであるが、さらに目を釣り上げて、目玉が飛び出そうな形相で駆けてきた。


「ジル、何したの?! あれだけの数を呼べれば十分よ」

「あ、いや、その………」

「さすがよ。ジル」

「あ、良かった。うん」

 ジルは褒められたので、嬉しくて照れていた。


 エスティルは、戻って来たモルトンには自分達の護衛を指示し、グリアを前衛のフォローに付かせた。


「ほら、前衛! 展開が遅い! カルが奥に運ばれちゃうでしょ、ビグルとグリアは交代して! ビグルのポーション補給の間は、ソリアは打ちまくって! 洞窟だと矢が使えるかわからないんだから!!」


「はいっ!」

 冒険者の格からいえば、間違いなくソリアが上なのだが、そんなことは関係なく、エスティルは、もう全体の指揮官となっていた。


「中に入るなんて下策だぜ、焦って指示だしまくりやがって」

 ビクルは、少し後退してポーションを補給しつつ、愚痴っていた。そこに後方から応援が来るのが見えたのである。

 ……考え無しではないんだな。よっしゃ。

 彼は、再び立ち上がった。



 エスティルの檄に一番答えたのはグレイン・フットである。

 鬼武者のごとく、ゴブリンを屠り続けた。

 仲間を思い出すと、それが新たな力となり、前へ前へと進んで行き、遂には扉の前に辿りついたのである。


 扉付近は、まだエスティルの放ったファイア・ジャベリンの余韻が残っていた。

 凄い熱気と焦げた臭いが充満している。

 血の臭いなど感じないくらいだ。


 グレインはゴブリンを斬りながら、扉の中へと進むと、投網からカルとギズを引き出そうとしている五匹のゴブリンを見つけた。

 グレインは、直ぐ様、五匹を切り捨てると剣を置き、二人を介抱した。

 やはり、生きている。

 二人とも外傷もない。

 安心した後に気が付いた。

 泳がせておけば、運ぼうとしていた場所が付き止められたのだと。


 兎に角、グレインは無事であることを皆に知らせようと、大声で入り口方向へ叫んだ。


 当然、それを聞きつけて、ゴブリンが群がってきた。

 ホブゴブリンの足音も聞こえてきていた。

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