第12話 領地の異変4


   ダニエル・エンダイバー(六歳)

   属 性:無属性【ジョウカ魔法:浄化、浄火、城下】

   魔力量:19


   【城下】(城の下、城壁のもと、城下町) 



 オークの攻撃からダニエルを守ったのは、眼前にそそり立つ土壁だった。

 ガン!という鈍い音と共に、役目を終えた壁が消滅する。


 視界が開けたとき、ダニエルの目に飛び込んできたのは、ヘッドでオークの頭をタコ殴りにする魔道具の姿だった。

 すっかり戦意が喪失したオークは、どうにか逃走しようと試みる。

 しかし、その四方を無情にも土壁が取り囲む…身動きができないよう、隙間なくぎっちりと。

 

 『これで準備は調った』と魔道具は言った。

 体の自由が利かないオークは、ただただわめいている。

 大型掃除機が、ふわりと宙を舞う。

 

 そして───壁の上から吸引を開始した


 

 ◇



 変異種のオークとの戦いが終了した。


 終わってみれば、実にあっけない幕切れ。

 それでも、魔道具が進化していなければ、自分は確実に殺されていただろう。

 死を覚悟した瞬間を思い出し、ダニエルは自身の慢心を深く反省する。


 急に力が抜け、ダニエルはその場に仰向けに倒れた。

 六歳児の体は、思った以上に限界を迎えていたようだ。

 

 もう一体のオークも吸引していた大型掃除機が、慌てたように飛んできた。「ちょっと疲れただけだ」と声をかける。

 『枕にしろ』と伸ばされたノズルは、なぜか柔らかく頭にフィットした。


 寝ころびながら、相変わらず雲一つない空をボーっと眺めていたら、馬の蹄鉄の音がする。「ダニエル様!!」とマティアスの声が聞こえた。

 歩いて帰る気力も体力もなくなっていたダニエルは、迎えが来たことに心底安堵し、意識を手放したのだった。



 ◆◆◆



 ダニエルが目を開けたとき、目の前にいたのは大きくなった天使だった。

 キラキラと輝く金髪に碧眼は変わらないが、透き通るような白い肌は少し日焼けをしている。

 天使の隣には、優しい父もいた。

  

「ダニエル……良かった……」


 サムエルが泣いている。父の瞳も赤く潤んでいる。

 よく見ると、二人は旅装姿のまま。

 まだ昼間であることから、ダニエルは草原で気を失ってからまるっと一日寝ていたことになる。


 二人は帰宅して早々、クリフォードから事情を聞いたのだろう。

 ゆっくりと上半身を起こそうとしたダニエルを、ミヒャエルが止める。


「父上、ご心配をおかけして申し訳ありません」


「ケガがなくて、本当に良かった。マティアスやクリフォードから話は聞いている。領主代理として、立派に責務を果たしてくれたのだろう? ダニエル、領民を守ってくれてありがとう」


 ミヒャエルは頭を撫でてくれた。

 サムエルへ顔を向けると兄はニコッと笑ってくれたが、どことなく元気がない。


「兄上?」


「……医者は、ダニエルはただ眠っているだけだと言った。でも、一日経ってもおまえは目を覚まさない。もしかしたら、このまま一生目を覚まさないかもしれない……もう二度と会えないのではないかと……」


「…………」


「領主一族には、領地と領民を守る義務がある。それは、私も理解している」


 だからこそ、死んだように眠るダニエルと対面したとき、領地の一大事に王都へ行っていた自分が許せなかったとサムエルは語る。

 自分たちが王都へ行かなければ、まだ六歳のダニエルに無理をさせることはなかったはずだと。


 常日頃から、ダニエルは領地のため兄のためと頑張っている。

 

「今回の件も、領主不在の中で異変に対処し、最後は自身を危険に晒してまで領民を救おうとした。その行いは称賛されるべきものだ。しかし……」


 一度言葉を区切ると、サムエルは弟の手を握る。


「兄として、家族として、弟が領地のために犠牲になることを受け入れられるわけがない!」


 綺麗な碧眼から、再び涙がこぼれ落ちる。

 ダニエルは、震える兄の手を強く握り返す。


「ダニエル、目を覚ましてくれて……無事でいてくれて…本当に良かった……」

 

 サムエルの隣で、ミヒャエルが肩を震わせている。

 自分が家族にどれほど心配をかけたのか、改めて実感する。

 父と兄が助けてくれたから、自分はこうして生きているのに……。

 二人に対し、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

 

「これからは、無茶をしないと誓います! 父上や兄上を悲しませるようなことは、絶対にしません!!」


 大きな声で宣言する。

 これは、己に対しての戒めでもある。


「兄上を泣かせるなど、万死に値する所業ですからね」


「……そうだな。私を泣かせる者には、それ相応の罰を受けてもらわねば」


「そんな輩は、僕が代わりに成敗───」


 突然、ダニエルの脇に衝撃がはしる。


「アハハハハ!! あ、兄上、くすぐったいです!」


「私たちを死ぬほど心配させた罰だ。我慢しろ」


「む、無理です! アハハ!!」


 サムエルのコショコショ攻撃は、緩急をつけ的確にピンポイントを突いてくる。

 身をよじって逃れようとするも、弟の弱点を熟知している兄へ対抗する術をダニエルは持っていない。


「ち、父上、兄上が僕に意地悪をしてきます!」


「今回ばかりは、ダニエルが悪いぞ。私も父として説教をしようと思ったが、サムエルがすべて代弁してくれた。だから……まあ、頑張れ」


 目元を拭った父が、にこやかな笑顔で告げたのだった。



 ◇



 久しぶりの一家団欒。

 遅い昼食を取りながら、ダニエルは王都の話を聞いた。

 見たこともない高い建物。人や店の多さ。学園のこと。

 土産もたくさん貰った。

 大いに食べ、大いに話し、大いに笑った。



 場所を移して、執務室に従者が集まる。

 ダニエルが無事に目を覚ましたことを、クリフォード、ジェラルド、マティアスも喜んだ。


「ダニエル様、早速ですが昨日の詳細を伺ってもよろしいでしょうか?」


 知らせを受けたマティアスたちが馬で駆けつけたとき、ダニエルは草原で一人倒れていた。

 地面は所々えぐれ血の痕跡もあるが、見たところダニエルにケガは一つもなく、周囲にオークの姿は一切見えない。


 冒険者たちの話では、作業現場に近づいてきたオークを討伐したあと、もう一体が森から現れた。

 それはオークの変異種で、肌は黒色。

 周囲に凄まじい威圧感を放っていた。

 逃げ遅れたところをダニエルの魔道具で救ってもらい、彼らは応援を要請するため現場を離れた。

 その後のことは一切わからないという。


 部下たちに周囲の警戒と捜索を任せ、マティアスはダニエルをすぐに屋敷まで運ぶ。

 医者からは「外傷はない」と言われてホッとしたが、目を覚ますまでは心配で仕方なかった。


「最初に現れたのは、残りの一体と思われるもの。その後、森からもう一体が現れた。それが変異種で間違いありませんか?」


「うん、間違いない。色は黒かったし、かなり強かったと思う」


「その後、オークたちはどこへ行きましたか? 最初の一体は冒険者たちが討ち取り、変異種はダニエル様の魔道具で森まで殴り飛ばされたと聞いておりますが、私が現場に駆け付けたときには二体とも姿が見えなかったのです」


 今も警戒と捜索は続けているが、一向に手掛かりが掴めないとマティアスは言う。


「それだったら、もう心配はいらないよ。二体とも討伐したから」


「「「「「はっ?」」」」」


 ダニエル以外の、全員の声が揃った。


「厳密に言うと、最初のオークを倒したのは冒険者たちで、変異種のほうは僕の魔道具が吸引したんだ」


 魔道具で、オークの変異種を吸引?

 理解ができない…と顔が物語る全員へ、ダニエルは第四形態の大型掃除機をお披露目する。

 『自発的に動く』『意思の疎通ができる』『防御魔法も行使できる』などなど性能面を詳しく説明したのだが、皆が余計に混乱した様子が見てとれる。


「鬼気迫る勢いで変異種をタコ殴りしている姿には、さすがに僕も若干引いたけど……痛い!」


 ソファーに座るダニエルの足元でおとなしくしていた大型掃除機が、ヘッドで主の足を軽く叩いた。

 まるで抗議すると言わんばかりの自然な動きに、皆が呆然となる。


「えっと……討伐されたというダニエル様の言葉を信じないわけではないのですが、何か討伐証明のようなものは残っていますか?」


 領内に魔物の変異種が発生した場合、王宮へ報告をする義務がある。

 特徴を具体的に記録し、後世に残すためだ。

 領地が接している他領へも情報を共有するのは、貴族間の暗黙の了解となっている。

 

 ダニエルは、大型掃除機へ顔を向けた。

 

「なあ、おまえが吸引したオークたちって…………えっ、肉も回収できるようになった? だから、『浄火』魔法を使わず、体にできるだけ損傷を与えないようにした? しかも、時間停止機能付き? やったー!!」


 大好物が回収できる。しかも、腐らないと知り、ダニエルの気分はいやが上にも高まる。

 話についていけない周囲を放置して、クリフォードへ肉をのせる皿を準備させた。


 第三形態までは蓋を開けていちいち中身を取り出していたが、ノズルを通してヘッドから出てくるとのこと。

 ダニエルはわくわくしながら、テーブルの上を見つめる。

 ポンポンポンポンと、肉の塊が次々と皮つきで出てきた。「わあ!」とダニエルだけでなくサムエルも歓声をあげる。

 用意した皿に乗り切らないくらいの量に、クリフォードが慌てて追加の皿を取りにいった。

 

 出てきたオーク肉は体毛が綺麗に処理され、血抜きも完璧。

 このまま煮たり焼いたりと、すぐに調理できる状態だった。

 二体のオーク肉は皮と肉の色が異なるため、はっきりと見分けがつきやすい。

 食べ比べが楽しみだと、ダニエルは思わず涎をたらした。


 肉の次は、魔石が二個。アレが四個出てきた。

 魔石も、通常は赤みがかった石が、変異種のは黒味を帯びていてやや大きい。

 アレも同様だった。


 大人たちが報告書作成のため熱心に観察する横で、サムエルは魔道具に興味津々だった。

 ダニエルに言われるがまま本体を撫でると、そっとヘッドが差し出される。


「兄上、握手だそうです」


「す、すごいな。本当に、意思の疎通ができているのか」


 優しく握りしめ、「弟を助けてくれて、どうもありがとう」とサムエルは挨拶を交わしたのだった。


 変異種の魔石とアレは、報告書と共に王宮の研究機関へと送られる。

 これは献上ではないため、後日、査定額に基づいた報酬が支払われるとのこと。


 通常のオークのものは、討伐した五人の冒険者たちへ返却する。

 肉は(魔道具が)解体してしまったためエンダイバー家が買い取り、代金を支払うことが決まった。



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