第10話 領地の異変2


 

 翌日の早朝、町の入り口に集められたのは騎士団と冒険者たち、総勢二十名。

 大勢の大人の中に、革鎧を着用した子供が一人交じっている。

 

 これから、魔物の討伐作戦が始まる。



 ◇◇◇



 報告書に記載されていたのは、冒険者が森の奥で目撃した出来事だった。


「ゴブリンの村をオークたちが襲撃していた、ですか?」


  尋ねてきたマティアスへ、ダニエルは報告書の束を手渡す。


「冒険者によると、村は全滅。オークたちの数は、確認できただけで十体はいたそうだ」


「オークが十体……」


 クリフォードの顔が引きつっている。

 ダニエルとマティアス二人の事前の予想では、一体もしくは二体程度と考えていた。


「マティアス、急いで討伐部隊を編成してほしい。冒険者ギルドへ緊急依頼を出してくれ」


「かしこまりました」


「明日の早朝、森へ向かうぞ。クリフォードは準備を頼む」


「直ちに」


 六歳児とは思えない堂々とした態度で、ダニエルは次々と指示を出す。

 周囲には自身の姿が異様に映っているだろうが、今は一刻の猶予もない。

 オークたちが森を抜け町へ侵入した場合、どれほどの被害が出るのか。想像もしたくない。

 些細なことを気にしている場合ではないのだ。


「あの……ダニエル坊ちゃまも、同行されるのですか?」


 恐る恐るといった様子で尋ねるクリフォードへ、ダニエルは大きく頷く。


「領主の代理として、当然の務めだ」


 留守を預かる者としての責務は、きちんと果たしたい。


「もちろん、僕は率先して前に出るわけではないよ。己の力量は、自分がよくわかっているからね」


 中身は成人済みでも、体が六歳児のダニエルはゴブリンのような中型の魔物と戦ったことはない。父の許可が下りないからだ。

 『浄火』魔法や家庭用掃除機のヘッドで殴打するなどして攻撃をすれば、倒せるだろうとは思っている。

 吸引することができるかは、試してみなければわからないが。


 オークのような大型の魔物相手では、家庭用掃除機ではまず勝てない。


「ハハハ……でも、ダニエル様のあの炎でしたら、オークの一体くらいは余裕で燃やせそうですね」


 マティアスは冗談めかしてはいるが、目の色は結構本気に見える。


「もしかしたら可能かもしれないけど、過信は命取りになる。それに、森に延焼するとマズい。今回は火属性魔法は使用しないほうが良いだろう」


「では、そのように手配いたします。それにしても、ダニエル様と話をしていると、たまに同年代と話をしているような、そんな錯覚に陥ることがありますよ」


「フフッ、同年代か。今の僕は気合が入っているから、マティアスは余計にそう感じるのだろうね」


 前世の年齢も合わせるとマティアスとは三歳ほどしか変わらないから、彼の言はあながち間違いではない。


「舌足らずな声で『まちあしゅマティアス おちりじゃなくて、じゅぼんズボンだよ!』と仰っていた頃が、懐かしいです」


「毎日、一人で着替えをされていらっしゃいましたな。たまにボタンの掛け忘れや掛け違い、服が裏表だったりしたこともございましたが……」


「……昔の話を持ち出されるのは、なかなか恥ずかしいものがあるね」


 微笑ましいと言わんばかりの笑みを向けてくるマティアスたちが、親戚のおじさん化している。

 幼少の頃を知っている大人に自身の黒歴史を語られるのは、どうやら、どこの世界でも共通のことのようだ。

 

 特に、ダニエルは前世で甥に対し同じことを散々やっていた。

 まさに、因果応報とはこのこと。

 マティアスとクリフォードへ文句の一つでも言いたいが、「どの口が言う?」とセルフツッコミを入れてしまう。

 ダニエルは苦い笑みを浮かべるにとどめたのだった。



 ◇◇◇



 調査を担当した冒険者の案内で、参加者が続々と森へ入っていく。

 ダニエルは討伐部隊の後方にいた。

 隣にはマティアスが控えている。


「斥候によると、オークたちの数は九体。場所を移動しながら、徐々に町のほうへ近づいているとのことです」


「やはり、すぐに行動を起こして正解だったね。しかし、九体か。一体はすでに討伐されたのか、別行動をしているのか……」


「もう一体については、調査を続けております」


「明日には父上たちが戻られる予定だから、できればその前に解決しておきたいが」


 焦る気持ちはないが、父と兄へ良い報告をしたい。

 

 オーク一体であれば、冒険者たちだけでも十分対処ができると判断し、今は目の前の脅威を取り除くことに集中する。


 九体のオークたちは、森の中の開けた場所で休んでいるらしい。

 周囲を遠巻きにぐるりと囲みながら近づき、包囲網を徐々に狭めていく。

 

 今回の作戦に参加しているのは、騎士団の精鋭部隊と高ランク冒険者たち。

 オークを一体たりとも逃がさないよう、万全の布陣となっていた。


「殲滅作戦、開始!!」


 マティアスの号令で、まずは遠距離攻撃が始まった。

 高速で氷の矢を飛ばす者、雨のように石のつぶてを頭上から降らせる者もいる。


 ダニエル自身は、魔道具を発現させていない。

 作戦を見届けるため、討伐は大人に任せ静観に徹している。


 魔法攻撃で動きを封じられたオークは、急所を矢で貫かれ次々と倒れていく。

 最初の攻撃で半数の討伐に成功し、ダニエルは「ふう……」と息を吐いた。


 休む間もなく攻撃は続く。

 今度は、剣や槍を持った者たちが前に出た。

 最後は、接近戦で一気に片を付ける。

 魔法攻撃でダメージを受けていたオークたちは、成す術なく蹂躙されていく。

 終始一方的な展開で、危なげなく作戦は終了となったのだった。



 ◇



 冒険者たちが、倒したオークから魔石や素材を取り出している。

 討伐した魔物の権利は、ダニエルの判断ですべて冒険者たちへ渡してある。

 

 領民の懐を温かくし、領地に利益を還元してもらうのが一番の目的だが、領主の印象を少しでも良くするためのイメージ戦略も兼ねている。

 姑息な手段だが、冒険者たちから「ダニエル様、ありがとうございます!」と大変感謝をされた。どうやら、一定の効果はあったようだ。


 騎士たちには、別途褒美を与える手筈てはずとなっている。


 オークから取れる素材の中で高値で取引されているのは、『魔石』と『肉』と精が付く薬になるとラノベでも書かれていた

 豚系の魔物であるオークの肉は味が良く、この世界では人気の食材だ。

 甘味と同様に、サムエルとダニエルの大好物でもある。

 

 しかし、今回は素材の状態を考慮せず確実に討伐することを優先したため、決して肉の状態が良いとは言えない。

 それでも、一体一体が大きいため、それなりの金額にはなるとのこと。

 アレのほうは全く損傷がなかったようで一体から二つずつ採取ができ、冒険者たちは魔石と共に均等に分けたようだった。



 ◇◇◇



 作戦終了後、ダニエルは屋敷に戻った。

 残りの一体については冒険者ギルドにも情報を共有し、注意を促してもらう。


 昼食後、マティアスたちは通常任務へ戻り、ダニエルはいつものように開拓地へ足を向ける。 

 新たに設置が進んでいる防璧の進捗状況を確認するつもりだ。



 ◇



 エンダイバー領は、ブリトン王国の南東に位置する比較的温暖な地域にある。

 しかし、王国を横断している主要街道までは他領を二つ経由しなければならず、街道へ出るのに三日も要する。

 街道から王都までは一週間ほどなので、エンダイバー領がいかに奥まった場所にあるかがわかる。

 

 近隣の領との境は、森や川が多い。

 町を守る防壁は昔から設置されていたが、財政難もありお世辞にも強固なものとは言えないものだった。

 それでも、これまで町に大きな被害がなかったのは、偏に森から脅威となる魔物が出てこなかったから。


 しかし、この状況がいつまで続くかはわからない。

 移住者が増え、開拓地も広がってきた。

 今なら資金もある。

 新たな防壁を設置するのと同時に、既存のものをより強固なものへ作り変える判断をミヒャエルが下すのは至極当然のことだった。


 

 ダニエルが見上げているのは、高さが五メートルほどある防壁。

 以前は三メートルしかなかったものを変更し新設したものだ。

 土地が広いため日当たりや風通しを考慮する必要はなく、既設のものは同じ規格に改修済み。

 設置が進められているのは、新たに開拓された土地である。


 周囲を見渡せば、そこかしこで作業が行われている。

 壁を作る職人の他に、材料を運搬する者や食事や飲み物を準備する者。

 彼らを守る役目を担う冒険者たち。

 皆、穏やかな表情で生き生きと仕事をしている。


 エンダイバー領は、公共事業のおかげで仕事にあぶれることがない。

 王都や他領へ出稼ぎに行っていた者たちも、地元に職を求め戻ってきていると聞く。


 まだまだ防壁や他の仕事も続くが、父と兄は公共事業が落ち着く数年先のことを見据えていた。

 領主主導で新たな事業を立ち上げ、雇用を生み出すことも視野に家族の話し合いは続いている。

 せっかく異世界に転生したのに、ラノベのように前世の知識チートで貢献することができない自分の頭をとても残念に思う。


 雲一つない空を見上げため息を一つ吐いたあと、ダニエルは歩き始める。

 これから、移住者の様子をこっそり見に行くつもりだ。


 歩きながら両腕をグルグル回し、「う~ん」と軽く伸びをしていたダニエルは、ものすごい勢いで走り込んでくる人影に目を留めた。


「オークがこっちに向かってくるぞ! 俺たちが足止めをするから、皆はその間に避難をしてくれ!!」 


 周囲の警戒を任されている冒険者のひとことで、のんびりとした時間は終わりを迎えた。



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