第7話 父の懸念


 実技を終えた兄弟は、屋敷へ戻る。

 昼食を経て、執事のクリフォードが担当する座学の時間だ。

 サムエルが王国の歴史を学ぶ隣で、ダニエルは読み書きの練習をしている。 



 ◆◆◆



 実技を担当したジェラルドとマティアスは昼過ぎ、ミヒャエルから呼び出され執務室にいた。


「それで、魔道具の新たな魔法を実際に見てどうだった?」


「はい。吸い込むのではなく炎を放出するものですが、見たことのない青白い炎でした。私は傍に居りましたが、熱はまったく感じません。ですが、ご覧の通り威力は相当なものです」


「…………」


 マティアスから炭化した木人形を見せられたミヒャエルは、言葉を失う。


「昨日、騒動を起こした冒険者が臀部でんぶの軽度の火傷だけで済んだのは、運が良かったからなのか……」


「いいえ、ダニエル様が『威嚇』をされたからだと思います」


 冒険者は自分の尻に火が点いていることに驚き、その場で気絶した。

 あの時のダニエルに相手を痛めつける意図はなく、ただ足止めをしたかっただけ。

 

 魔法は、想像イメージすることが何よりも大切だ。

 行使する者の明確な意思が、魔法にそのまま反映される。

 もし冒険者が周囲に危害を加えようとしていたなら、ダニエルによって完膚なきまでに無力化されていたとマティアスは断言する。


「冒険者たちの取り調べは、どうなっている?」


 ミヒャエルは、騎士団長のジェラルドへ顔を向けた。


「供述によりますと、二組とも別々の人物から調査依頼を受けて、エンダイバー領にやって来たとのことです」


「シルクスパイダーの繭の回収者を見つけ、洗浄方法を探るためか……」


 回収者の正体や洗浄方法を突き止め、可能ならば勧誘をする。

 成功報酬が破格なため、同じ依頼を受けた者同士が出くわし騒動になったようだ。


 冒険者には守秘義務がある。

 今回のような事件性のない喧嘩沙汰くらいでは、依頼人についての追及ができない。

 しかし、ミヒャエルは事前にスティーブの商会を通して王都のケビンから報告を受けていた。


「おそらく、依頼人は『ヨルガンド伯爵家』と『カラク商会』で間違いないだろう」



 ダニエルが回収した繭は、ケビンの所属するリングル商会によってシルクに加工された。

 浄化魔法によって不純物が綺麗に取り除かれたことで、驚くほど白く手触りの良いシルクだが、ドレスを製作できるほどの量はない。

 それでも、リングル商会の後ろ盾である伯爵家へ真っ先に持ち込まれ、すぐに買い取られる。

 そこから伯爵家の寄り親である侯爵家に渡り、お抱えの職人によってネックチーフへ加工され、十五歳の成人を迎えた王太子への贈り物として王家へ献上されたのだ。


 王太子が夜会で身に着けたことで注目が集まるが、侯爵家が献上したこと以外詳細は一切不明。 

 その後、王家の依頼により王妃へ同素材のスカーフが献上されるが、侯爵家以外に同じシルクを入手できる者はいない。

  

 これを面白く思わないのが、対立派閥の面々だった。

 ある公爵家は、寄り子のヨルガンド伯爵家へ。

 ある侯爵家は、お抱え商人のカラク商会へ。

 それぞれ、出処でどころの調査を命じたのだった。



「繭の出荷を始めてから、二年。今まで情報が洩れなかったのが、奇跡に近いのだろうな」


 片田舎の男爵家とは違い、高位貴族や大店の情報収集能力は侮れない。

 彼らは、ついにエンダイバー領までたどり着いてしまった。

 こんな小さな町では、スティーブの商会が特定されるのも時間の問題だろう。

 

 ただ、屋敷で働く従者たちは皆、信頼のおける者ばかり。

 身内からの情報漏洩に関しては、ミヒャエルは何の心配もしていなかった。



「これから、どうされますか?」


「様子を見るため、当面の間は出荷を控えるとスティーブたちには伝えてある。ただ、くだんのスパイダーシルクの出処が我が領とわかっても、回収者の特定は不可能だろうな」


 理由の一つ目は、スティーブやケビンは回収者の正体がダニエルだと知らないため、商会からこれ以上の情報は入手できないこと。

 スティーブたちも、回収者はエンダイバー家お抱えの魔導士、もしくは冒険者だと思っているはず。

 まさか、交渉の席で目の前に座っていた幼児だったとは、豪腕の商人でもわかるまい。

 

 二つ目に、ダニエルは屋敷の庭でしか巣の回収をしていないこと。

 たとえ遠目から目撃されたとしても、回収は第一形態の魔道具(卓上クリーナー)で行っているため見えづらい。

 庭で幼児が玩具を手に遊んでいるようにしか見えず、ましてやそれで繭を洗浄しているなど想像もできないだろう。


 調査員たちは町内の冒険者ギルドや商業ギルドで聞き込みをしているだろうが、エンダイバー家はギルドを通さず商会と直接取引をしている。

 回収者の捜索も、森などに一切姿を表さない相手にいつまで続くことやら。

 この先は根気くらべになりそうだと、ミヒャエルは人知れずため息を吐く。


「スライムの素材に関しては、このまま出荷を継続しよう。同じ時期に止めると、スティーブたちに関連を疑われるかもしれないからな」


 兄弟で散歩にでかけ、帰ると嬉しそうに獲物を見せにくる息子たちの行動を制限したくはない。

 ダニエルが屋敷外で活動することが増え、彼が魔道具の使い手であることは町内の周知の事実となっている。

 

 ミヒャエルとしては、ダニエルが繭の回収者であることは秘匿し、状態の良いスライムの素材については、魔法訓練の一環として狩っていると明かすことで調査員たちの目を逸らそうと考えている。


「世話をかけるが、二人だけで屋敷外に出るときはそれとなく見守ってやってくれ。サムエルには、私から事情を説明しておく」


「「かしこまりました」」


 執務室からジェラルドとマティアスが出ていき、ミヒャエルは肩の力を抜く。

 しばらく執務を続け、ふと窓から外を見ると、空がいつの間にか茜色に染まっていた。



 ◇◇◇


 

 その後も、エンダイバー領内にはシルクスパイダーの繭の回収者を探ろうと『ヨルガンド伯爵家』と『カラク商会』、それ以外からも人が何度か送り込まれてきたが、誰一人としてダニエルまでたどり着くことはできなかった。


 それでも、慎重なミヒャエルがなかなか出荷を再開しなかったところ、思わぬところから要請という名の圧力がかかった。

 それは、スティーブの商会からではない。

 王都のリングル商会や、後ろ盾の伯爵家や寄り親の侯爵家でもない。

 

 まさかの王家からだった。


 

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