第4話 買い取り


 この日、屋敷の応接室には二人の商人がいた。

 一人は、町内に店を構える壮年の男性スティーブ。もう一人は、王都の商会から来た買い付け担当のケビンである。

 目の前にある繭を一つ一つ真剣な表情で鑑定をしているケビンの見た目は二十歳前後。ミヒャエルよりもかなり若そうに見える。

 対応しているのは父で、後ろには執事が控えている。

 ミヒャエルの隣にはサムエルが座り、そのサムエルの膝の上にはなぜかダニエルも座っていた。


(もし、想定よりも安く買い叩かれそうになったら、断固抗議をする!)


 すべては天使の笑顔のために。

 気合と共に拳を握り、ふんすと鼻息も荒くなる。

 

 ケビンの所属する商会は、王都では大店おおだなと言われているらしい。

 そんな商会が、なぜわざわざ人を派遣してまで片田舎のエンダイバー領までやって来たのか。

 ダニエルは最大限の厳戒態勢を敷いていた。

 田舎の貴族が都会の商人にいいように利用されるのも、ラノベではよくある話。

 人の良い父が悪徳(?)商人に騙されないよう、目を皿のようにして見張っているのだ。


 ケビンは鑑定を終えると、疲れたように「ふう……」と息を吐いた。


「それで、こちらはいかほどで買い取ってもらえるのだろうか?」


 父の声が、やや緊張しているのがわかる。

 実は、ミヒャエルが最初に買い取りの依頼をしたのはスティーブの商会だった。

 昔から地元にある商会で、代々エンダイバー家の御用商人のような立場の信頼のおける者。

 王都からの商品を定期的に領内に運んでくれる、重要な人物でもある。


 ところが、スティーブは繭を確認するなり「当商会では扱えない」と言った。代わりに、王都の商会を紹介するとも。

 そもそもの話、ミヒャエルは繭を買い取りに出す考えは一切なかった。

 ダニエルが遊びで集めた繭は、彼にとって大切な宝物だから。

 サムエルは兄として、弟の宝物を大事に保管していただけ。

 それなのに、ダニエルは集めた繭を父へ譲渡した。

 身振り手振りで一生懸命自分の気持ちを説明し、兄の通訳を経て、ようやく買い取りに出してもらうことに成功したのだ。


 そんな経緯があり、今日に至る。



「こちらの提示額は、金貨四十枚でございます」


「……えっ? 金貨…四十枚?」


 ミヒャエルの声が上擦る。彼は、金貨十五枚くらいと考えていた。

 隣に座るサムエルは、あまりの高額に固まっている。

 兄の膝にのせられているダニエルは、まだ警戒を緩めてはいない。

 自身の予想より遥かに高値ではあったが、それはそれで何か裏があるのではないかと疑っている。


「高く買い取ってもらえるのは大変有り難いが、その……参考までに、高額となった理由を教えてもらえないか?」


「理由といたしましては、こちらの繭が最上級品でございましたから」


「最上級品……」


 ケビンいわく、シルクというのは白ければ白いほど高値がつく。

 しかも、これは『シルクスパイダー製のシルク』となるもの。

 これほど価値のある物は、高位貴族もしくは王家への献上品に使用されるだろうとのこと。


「買い取り価格は、繭一つにつき銀貨二枚。200個ございますので、合計銀貨四百枚。つまり、金貨にして四十枚ということです」


「しかし、それではあちらスティーブへの仲介手数料が……」


 商会同士の取引の中には、仲介手数料といわれるものがある。

 自身の商会では扱えない商品を仲介するかわりに、手数料を貰い受けることができるのだ。

 現に、商品を右から左へ流す手数料だけで商売をしている者も少なからずいる。

 ちなみに、仲介手数料は買い取り価格から差し引かれる。


 ミヒャエルの計算では、繭一つにつき銀貨一枚の買い取り価格で金貨二十枚。

 その内の金貨五枚が、スティーブの商会への仲介手数料と考えていた。


「仲介手数料に関しましては、ご心配には及びません。スティーブ殿の商会には、それ相応の見返りを用意しておりますゆえ」


 ケビンが隣へ視線を送ると、スティーブが満面の笑みで頷く。

 すでに、商会同士で交渉は終わっているのだろう。

 スティーブの様子からして、納得のできる契約のようだ。

 領内の商会が不利益を被っていないのであれば、これ以上領主が口を挟むことではない。

 ミヒャエルの安堵がダニエルにも伝わってくる。

 ダニエル自身も、自分の行いで領民に損害が及ぶのは申し訳ない。 


 父とケビンとの間で、正式な売買契約書が無事に交わされた。

 ひとまずホッと気を抜いたところで、喉の渇きを覚える。

 ダニエルはテーブルに置かれた木のコップに手を伸ばそうとしたが届かなかった。

 本当に幼児の体というのは勝手が利かず不便極まりない。

 早く大きくなりたいとため息を吐いていると、「はい、ダニエル」と兄がコップを取ってくれた。

 コップの中身は果実水。今の季節は、サムエルの好きな柑橘系の果物を絞ったものだ。

 幼児の舌には甘さの少ない柑橘系のジュースは少々刺激が強いが、「美味しいね」と天使の微笑みを浮かべる兄の顔が見られただけで口内の酸味などどこかへ飛んで行ってしまうから不思議だ。


 仲良く果実水を飲んでいる息子たちを微笑ましく眺めているミヒャエルへ、ケビンが躊躇いがちに口を開いた。


「ご領主様、わたくしも参考までにお尋ねしたいことがございます」


「何だ?」


「こちらの繭は、どのような方法で洗浄されたのでしょうか?」


「繭の洗浄方法か……」


「水魔法でも、これほど綺麗に汚れを取り除くことはできません。可能であれば、回収者の方に教えを乞いたいと……もちろん、十分な謝礼はご用意させていただきます」


「…………」


 ミヒャエルはちらりとダニエルへ視線を送る。

 ダニエルとしては、父の判断であれば自身の個人情報を他人へ開示することは構わないと思っている。

 しかし、ミヒャエルはすぐに首を横に振った。


「申し訳ないが、方法を教えることはできない。正直に言うと、私も詳細は知らないのだ」


 家族や従者たちは、ダニエルの魔道具の機能だとは知っている。

 しかし、魔法の詳細は文字化けをしているため確認ができない。

 今のダニエルは幼児なので、自身の言葉で説明することも不可能だった。


「私が一つだけ言えることは、おそらくあれは『回収者本人しかできないもの』ということだな」


「左様でございますか……それでは、もう一つだけ。今後も、こちらの繭をわたくし共の商会で買い取りをさせていただくことは可能でしょうか?」


「それは可能だ。ただし、どれだけの数を集められるかは確約できないが……」


「まったく問題はございません。ぜひ、よろしくお願いいたします」


「ミヒャエル様、次回からは私がケビン殿の代理として買い取りをさせていただきます」


「ああ、よろしく頼む」


 どうやらケビンは、洗浄方法を入手し、他のところから買い付けた繭の価値も上げようと考えたようだ。

 スティーブは、目先の金銭(仲介手数料)を選ばず、王都の大店との繋がりをこれからの商売に活かしていくこと選択したらしい。

 さすがは商魂たくましい商人たちだけあるなと、ダニエルは素直に感心したのだった。


(それにしても、状態が良いだけで価格にこれだけ差が出るとは……『浄化魔法』恐るべし)


 ラノベで何となく理解はしていたが、正直これほどまでとは思っていなかった。


「アウウ!(ステータス!)」


 ダニエルは、目の前にステータス画面を映し出した。

 突然声を発しても、周囲からは幼児が一人遊びをしているようにしか見えないため、まったく問題はない。


   ダニエル・エンダイバー(一歳)

   属 性:無属性【ジョウカ魔法:浄化】

   魔力量:378


   【浄化】(。悪弊や罪・心の汚れなどを正常な状態に戻す) 



 いつでも自身のステータスが確認できることに気づいたのは、ついひと月前のこと。

 物は試しと「ステータス!」と言ってみた結果だった。

 ちなみに、魔法の詳細は興味本位で自身のステータス画面を触ったときに、偶然発見したもの。


(『汚れを取り除いて綺麗にする』。これからも、大いに役立ちそうだな)


 今は魔力量の関係で卓上クリーナーしか具現化できないが、もっと魔力量を増やし魔道具が進化すれば、最終的には大型の魔物だって吸引できるようになるかもしれない。

 傷のまったくない綺麗な状態の(毛)皮であれば、きっと高値で売れるだろう。


「フフフ……」


 先のことを考えるだけで、笑みがこぼれてしまう。

 悪い顔で笑う一歳児に気づいたのは、反対側に座るスティーブとケビンのみ。

 彼らはそっと目をそらし、ミヒャエルとにこやかに歓談を続けたのだった。




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