『ジョウカ魔法』で恩返し~転生少年は領地を発展させる

gari@七柚カリン

第1話 プロローグ


 前世での最後の記憶は、仕事中に階段から足を踏み外したことだった。

 

 清掃員の男(三十歳)は、大事な仕事道具である業務用掃除機を持ちながら階段を上っていた。

 いくら軽量タイプとはいえ、そこそこ大きいサイズ。長い距離を歩けば結構疲れる。


 おそらく、慣れでの油断もあったのだろう。

 しかし、派遣先のビルの業務用エレベーターが緊急点検中で使用できないなど、男は予想もしていなかった。

 まさか、階段を上っている最中に大きな地震が起きるなど───ただただ、運が悪かった。


 周囲の景色がゆっくりと流れていく。

 階下に転落しながら、男は仕事の相棒だけはしっかりと抱きかかえた。

 せめてコイツだけは、守ってやりたい。

 巻き込んでしまって、ごめんなと呟きながら。


 そういえばと、考える。

 労災は、きちんと下りるのだろうか……とか。

 週末に甥と遊ぶ約束が果たせないな……とか。

 

 もしかして、俺はこのまま死ぬのだろうか……とか。

  

 そんなことを、男はぼんやりと思った。



 ◆◆◆



 男が目を開けたとき、目の前にいたのは小さな天使だった。

 キラキラと輝く金髪に碧眼。透き通るような白い肌。

 姉が大事にしていたビスクドールのような、綺麗な男の子だ。

 

 天使がいるから、やはり自分は死んだらしい。

 意外にも冷静に、男は現実を受け止めた。

 

 前世でそれほど徳を積んだとは思っていないけれど、落し物はきちんと警察に届けていたし、ゴミのポイ捨てもしていない。

 出されたご飯は残さず綺麗に食べ、食べ物を粗末にもしていない。


 その行動が良かったのだろうか。日頃の行いは大事だなと、ひとりで納得。

 これから、地獄ではなく天国へ行けるのだ。

 有り難いと思いながら、男は天使へ話しかけた。


「バア、ブウ……」


 天使様が直々に迎えにきてくださったのですか?と尋ねたつもりだったのに、口から出てきたのは赤子のような声だった。


(!?)


 嫌な汗が流れた、気がした。

 伸ばした両手が小さいことに、自分が籠の中に入れられていることに今ごろ気づく。

 でも、手を見るかぎり生まれたての赤子ではないようだ。

 数年前の、甥が誕生したときの記憶を無理やり引っ張り出す。

 

 体を動かしてみると首はすわっており、寝返りもおそらくはできそう。

 甥の成長と比較すると、今の自分は生後半年を過ぎたくらいだろうか。

 こんな風に小さかった甥が、今年小学校に入学したことを思い出す。

 真新しいランドセルを背負った姿は、男のスマホの中に保存されている……もう二度と見ることは叶わないけれど。

 

 つい目頭が熱くなったところで、ふと左手に違和感を覚える。

 人差し指に銀色の小さな指輪がはめられていた。


「父上! こちらに赤子が捨てられております!!」


 天使が後ろを振り返りながら叫んだ。


(父上? 捨て子?)


 『父上』とは神様のことか?と思っていたら、やって来たのは生前の男より年下に見える若い男性だった。


「このようなところに捨て子とは……」


 絶句しつつも男性は、優しく男を抱き上げた。

 天使と同じ金髪碧眼。なかなかの美青年だ。

 穏かなまなざしで男を見ていた目線が、左手に注がれる。


「ふむ……『神のはなむけ』持ちか。それにしても、銀の指輪とは珍しい」


「ということは……父上、この赤子は私たちと同じ貴族家の出自でしょうか?」


「おそらく、そうであろうな」


 二人の間で会話がどんどん進んでいるが、男は脳内処理が追いついていなかった。

 前世のことを思い出し感傷的になっていたら、今の自分が赤子で、さらに捨て子であると発覚。

 現れたのが神と天使だと思っていたら、人間の父子らしいこと。しかも、貴族だと言っている。

 男はカミノハナムケ?持ちで、同じく貴族であると。

 

(もしかして……ラノベでお馴染みの異世界に転生したのか?)


 父子の見た目が明らかに異国人なのに、二人の会話が日本語のように難なく理解できる。

 これは、いわゆる転生特典の一つなのだろう。 

 同一世界だったなら、少なくとも赤子の自分に言語を理解することはできないはず。

 自慢ではないが、学生時代の男の英語の成績は非常に悪かった。

 

 二人の服装は、中世ヨーロッパを舞台とした映画の登場人物たちが着ていたものによく似ていた。

 ただし、煌びやかなものではなく、やや落ち着いたものではあるが。

 


「ともかく、衰弱しているようだから念のため『治癒魔法』をかけておこう」


(治癒魔法……やはり、異世界なんだな)


 若い男性は、男を抱き直し左手を向ける。

 男性の左手人差し指にも、男と同じように指輪があった。しかし、色は金。

 そこから、淡い金色の光が溢れてきた。

 光を全身に浴びた男のまぶたが急に重くなる。


「安心して、眠りなさい」


 優しい声を最後に、男は意識を失った。



 ◇



 異世界に転生した男は、すくすくと成長し一歳(推定)になった。

 

 二人に保護された男は孤児院へ預けられると思っていたのだが、面倒をみてくれたのはあの若い男性だった。

 彼はブリトン王国という国のに領地を持つ、ミヒャエル・エンダイバー男爵(二十五歳)。

 男を最初に発見してくれた、天使こと息子のサムエル・エンダイバー(六歳)。


 彼らは墓参りの帰り道に、木の陰に置き去りにされていた赤子を保護してくれたのだった。

 父子の他に家族はいない。屋敷内にいるのは従者と使用人だけだ。

 サムエルの母は産後の肥立ちが悪く、出産から二月後に。祖父母は男が拾われた日の一年前に、流行り病で亡くなっていた。

 つまり、あの日が命日だった。


 

 ◇◇◇



 この世界は、ラノベの設定でよくある『剣と魔法の世界』だ。

 

 魔法の適正は、貴族・平民を問わず皆にある。

 ただし、行使できるのは選ばれた人物のみ。

 『神のはなむけ』と呼ばれる魔道具…指輪を授かって生まれてきた者だけ。

 どういう理由でこのような現象が起こるのか。それは神のみぞ知ることらしい。

 魔法のあるファンタジーの世界だから深く考えてはいけないと、前世の記憶がある男はあっさりと受け入れた。


 生まれながらに指輪を持っている・いないで、魔法が行使できるか否かがはっきりと分かれる。

 そして、平民より貴族のほうが指輪を持つ者が多いという。

 男が拾われたときに貴族ではないかと指摘されたのも、これが理由だった。


 もしかしたら、かどわかされた貴族の子供かもしれない。

 もしかしたら、貴族と平民との間に生まれた庶子かもしれない。

 ミヒャエルは様々な可能性を考え、男を孤児院へは預けずエンダイバー家で保護することにした。


 王宮にも保護したことを伝え、反応を待つ。

 しかし、名乗りも引き取り手もなく三月みつきが経過し、ミヒャエルはそのまま赤子を養子として引き取ることを決めた。

 

 男は、『ダニエル・エンダイバー』と名付けられた。

 この異世界で、エンダイバー家の次男(貴族)として生きていく。



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