第6話:もしもわたしが立ち上がらなければ

 アルマとニュクスはしばらくの間、日中は冒険者協会で訓練をするよう指示された。いつ敵が来るかわからないので二人はは夜も一緒にいるようにということで、ニュクスはアルマの家に居候していた。


 研究者であるアルマの両親は『心核礼装』の改良や、技術の応用等様々な対応のため、ほとんど研究所で缶詰状態になっている。その代わりというわけではないが、冒険者協会からの連絡や、何かあったときのサポートや護衛も兼ねて、セオドアとルキナが定期的に家を訪れていた。


「セオドアさん、ルキナさん、ごはん、食べていく? これから作るけど」


「いやぁさすがにお暇――」


「あ、いただきまーす、ありがとー。セオドア君も食べるでしょ?」


 ルキナがセオドアの言葉を遮る。


「いや、さすがに僕は帰りますよ。女性ばかりですし……」


「なに、私のごはんが嫌だっての?」


 アルマはじろりとセオドアを睨む。


「いや、そうじゃなくて……」


「私、あの、みんなでご飯食べたことあんまりなくて、楽しみなので、良かったら……」


 ニュクスもニコニコと食器を並べ始める。セオドアは観念したように頷いた。アルマもそうだが、ニュクスは年上の親しい人が本当に少なかったらしく、二人にとにかく懐いていた。


「今日のご飯はー、ハンバーグでーす」


 アルマはエプロンをつけ、ダイニングテーブルに食事を並べていく。料理はそれなりに経験していたが、他人に作ったことはほとんどないので内心緊張していた。


『いただきます』


 みんな姿勢よく食事をとる。ニュクスは直近の暮らしが荒んでいたから誤解していたが、しっかりと礼儀も含めて訓練を受けていたらしく、食事の所作は綺麗だ。


「おいしい! アルマちゃん料理上手ー!」


「いやぁ、へへへ」


「本当だ、おいしい。自炊してたのか、えらいな」


「うちは両親ほぼいなかったんで、たまに」


 外食や総菜だとどうしてもメニューが偏ってしまうのだ。


「本当においしい……。私にも教えて、アルマ」


「いいよ。次は一緒に作ろ」


 和やかなムードで食事は終わった。アルマは主にセオドアやルキナを質問攻めにしていたが、プライベートなことはうまくかわされてしまった。今度また話そう。


 四人で食後にコーヒーを飲みながらくつろいでいるとき、アルマはリビングにある大型ディスプレイを起動させた。


「何か見るの?」


「あ、うん。好きな配信者さんがライブやるんだよねー今日」


 アルマは家に一人でいることが多いため、動画配信を見る機会が多い。ここコペルフェリアにおいては魔導技術がかなり高い水準にあり、多くの家庭が視聴用デバイスを保有していた。


「お。天乃月子てんのつきこさんじゃん」


「えっ、ルキナさん知ってるの?」


「そりゃもちろん。異世界から来た『Vtuber』の第一人者にして事務所も経営する超人気配信者だし」


 Vtuber、というのは、魔力によって構成された『別の自分』を用いた配信者のことだ。自分の分身を作ってそれを操作するやり方と、自身を魔力で変化させるやり方があるらしい。アルマは技術的なところまで詳しくはないが、雑談などは前者、ライブなどは後者を用いるのだとか。


「わたし、Vtuberはよくわかんないけど、歌もダンスも素敵だし、雑談も面白いから見てるんだよね。セオドアさんは知ってる?」


 ニュクスは不思議そうな顔で見ているからまず知らないだろう、と踏んでアルマは問う。


「ん? あぁ。僕の場合は仕事絡みでだけどね」


「仕事? 冒険者? 案件とか、あった気がするけどそういうの?」


 配信者は企業の宣伝などでお金を稼いでいる。その一環で冒険者協会の宣伝にかかわっていたのを見たことがあるのだ。


「いや。彼女――天乃月子さんは、配信の視聴者から魔力を貰うことができる魔法『Magic Words』を生み出した人だからね。その兼ね合いで関わったことがあるんだ」


「まじっくわーず?」


 なんとなく聞いたことがあるような気はする。アルマは首を傾げた。


「ほら、これ。色付きのコメントが流れてるだろ?」


 セオドアは歌って踊る天乃月子さんの配信画面の横、コメント欄を指さした。確かに、色付きの文字が流れていく様が見える。普段あまり気にしたことがなかったが、これが、魔法なのか。アルマは先ほどとは逆側に首を傾げる。


「これで、魔力を渡せる、ってこと?」


「そう。Vtuberの肉体は魔力消費が非常に多いらしくてね。こんな風に歌って踊ったりすると、個人の魔力じゃ簡単に枯渇してしまう。それを補助するために、視聴者から魔力を集める仕組みなんだ」


「へー、知らなかった。じゃあ、たくさん見てもらえないVtuberさんって、活動すらできないの?」


 肉体が維持できないなら、Vtuberとしての活動は不可能だろう。


「自分の魔力だけでも雑談くらいはできるし、あとは動画とかを事前にとって流すとかなら、できると思う。こうして『ライブ』をするためには応援が必要、ってことさ」


「ふぅん。……でもこれ、冒険者の仕事と何か関係ある?」


 配信と、冒険。何かつながる要素があるんだろうか。


「あぁ。こうして魔力を視聴者から集める仕組みは、やりようによっては戦術兵器になりうるからね。極端な話、戦争の様子を生中継して、その配信者に莫大な魔力を集め、それを用いた大魔術でも使えば、戦況を覆すことも不可能じゃない」


「――そんなこと、できるんだ」


「実際に、魔族との戦争の際、冒険者の肩書を持つVtuberが『Magic Words』を用いて大軍を倒し、人々を救ったこともあるんだ」


「あ、なんかその話は聞いたことある。レオンっていう、伝説のVtuberさんがいたって。なるほどねぇ」


「もちろん、『魔法』だから、使うには色々制約もあるんだ。人間同士の戦争では使えない、とかね」


 アルマは少し考える。……だったら、今みたいな機械人形に襲われている場面では使いようがあるんじゃないか? そこまで考えて、思い至る。


「あーそうか。魔力じゃあ、あの機械人形を倒せないんだ」


「そう。だと、現状の打開には至らないんだ。残念だけどね」


「――でも、配信者になれば、魔力を使えるのか……」


 アルマが呟く。彼女自身とニュクスは魔力がない。そのため色々な苦労を強いられてきた。もしかしたらこれは、彼女たちの生活を変える仕組みかもしれない。けど……。


「配信者、楽しそうだけど、大変そう」


 少なくともアルマはこんな風に大きな舞台で歌って踊ってしゃべって、観客を魅了できる自信はない。


「ニュクスも向いてなさそうだしなぁ」


 目を輝かせて画面を見ている彼女はとてもかわいらしいが、それとこれとは話が別だ。魔族だし。魔族系Vtuberっているんだろうか。アルマがそんなことを考えていると。――突然、室内に警報が鳴り響いた。


「はい、こちらセオドア。何かありましたか?」


 警報はセオドアとルキナの端末から鳴っていた。緊急通信のようだ。


『セオドア君。ルキナ君も一緒ですか? アルマ君の家に? それは都合が良い。――敵襲です。例の機械人形が、機械兵士を率いてこの街へ向かって攻めてきます。その数――およそ千』


「千……って」


 前に戦った相手とは文字通り数の桁が違う。逃げ出したくなる気持ちを抑えながら、アルマはニュクスのほうを見る。


「わかりました。二人を連れて、現場へ向かいます。――二人とも、いけるか?」


 セオドアの声に、震えそうになる声を抑えながら、アルマは頷く。


「はい。もちろん」


 ニュクスも頷き、立ち上がった。――前回のようになし崩しではない。本当に、自分の意志で戦いに行くのだ。アルマは立ち上がり、強く拳を握る。


「――この街を、守る」




 




 





 


 


 



 

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