第5話 ユリの視点
わたしは、まだ、ここにいる。
音もなく、匂いもなく、風のように──
誰の目にも映らないだけで、ちゃんと、この場所にいる。
**
あの日のことは、ちゃんと覚えてる。
「動画、撮ろう」って、カイが言った。
なんとなく、うなずいたのは、わたしのほうだった。
「バズったら、注目されるよ」
「ユリのダンス、ちゃんと見てもらえる」
その言葉が、どうしようもなくうれしかった。
信じたかった。いや──信じたのだ。
自分でも、バカみたいって思うくらいに。
でも、きっと、どこかで気づいていた。
あの瞬間から、わたしが“コンテンツ”にすり替えられていたことを。
足場が、壊れていたことも。
あえて、そこに立たされたことも。
全部、わかってた。
それでも、踊った。笑ってみせた。
あれが、わたしの“最後のジャンプ”。
誰かの「いいね」のための、ただの素材になった瞬間だった。
**
死んだ直後、自分の体を、少し高い場所から見ていた。
「……やば、ガチで死んだ?」
カイの声が聞こえた。
笑っているようで、凍りついたような、その声が。
「ミユ……投稿、する? 一瞬ならバレないかも」
ミユの手は、わずかに震えていた。
「ごめんね」って、何度も言いながら、止めなかった。
わたしは、ストーリーになった。
#RedDressDance
名前のない呪いのタグが、わたしに貼りついて。
**
ネットの中は、想像以上に冷たくて、そして、速かった。
笑われて。
切り取られて。
スタンプにされて。
加工されて。
リミックスされて。
「ユリ」なんて名前は、すぐに消えた。
でも、それでも──たったひとつだけ、残った。
“最後の動画”。
割れた画面の向こう側で、わたしは踊っていた。
止まらない。止められない。
誰かが見てくれる、そのときまで。
**
気づいた人だけが、ここに来る。
踊った人の、心の隙間から。
音楽が流れ出すとき、わたしの声が届く。
「踊って」
「見て」
「わたしを、忘れないで」
**
わたしは怒っている?
復讐がしたい?
たぶん、ほんの少しだけ。
でも、それよりも──
わたしはただ、ちゃんと見てほしいだけだった。
“伝説”になりたいわけじゃない。
“バズりネタ”で終わりたくなんかない。
本当のわたしを、知ってほしい。
痛みも、涙も、悔しさも。
なかったことにしないで。
**
だから、ミユ。
あなただけには、見せるよ。
“あの日の、本当の記録”。
未投稿の、唯一の動画。
フィルターも、音楽もない。
ただ、現実が映っている。
そこには、わたしがいる。
その向こうに、スマホを握る、あなたの手元が──
「もう一度、見て。目を逸らさずに」
「それができたら、わたしは──」
**
──画面がブラックアウトする。
ユリの声が、遠く、やさしく響く。
「やっと、わたしを見てくれたね」
その瞬間、ミユの瞳から、涙がひと粒、静かにこぼれ落ちた。
(つづく)
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