透明な私が、見えますか?
浅野じゅんぺい
第1話 わたしの居場所
最初に異常を感じたのは、カメラ越しだった。
ミユと一緒に踊っているはずだった。だけど、再生された映像の中心には、いつもミユだけが映っていた。
明るくて、可愛くて、笑顔の似合う、誰もが注目する子。
私の姿は、画面の隅に小さく、ぼやけて揺れているだけだった。
──主役は、最初から決まっていた。
「ユリ、今日もあの教室でやろうよ」
放課後の旧校舎、ひと気のない空き教室。
埃っぽくて、古びた窓から差し込む光は儚く、まるで日が暮れかけたような寂しさを漂わせていた。
でも、ユリにとって、この場所だけが息をすることを許された空間だった。
「うん、いいよ」
短く答えると、ミユはパッと笑った。
その笑顔は、いつも私の胸を痛める。
それでも見ていたかった。
ミユは悪気なんてない。
ただ、「見られること」こそが、彼女が生きる理由のような子だった。
**
教室に入ると、ミユはBluetoothスピーカーをセットし、ユリはスマホを三脚に取り付ける。
振り付けは、いつもユリの仕事だった。今日も、彼女が作ったダンス。心の奥に締めつけるような切なさとともに、でもその中に光を感じさせる希望が、静かに忍ばせてあった。
「ユリって、ほんとこういうの得意だよね」
軽く響くミユの声が、どこか遠くから聞こえる。
(……ミユ、本当はこういう振付、好きじゃないよね)
それでも、踊り続けた。
誰かに見せたくて踊っているわけじゃない。ただ、ミユの隣にいたくて。
──それだけだったはずなのに。
その夜、スマホに届いた通知が、胸をえぐるように刺さった。
TikTokの「おすすめ」に、私たちの動画が載っていた。
「……え?」
キラキラしたフィルターの中で、ミユは楽しそうに笑っている。
その隣で、ユリの姿はただ、輪郭を失っていた。
《この子、超可愛い!》
《なんか振付泣ける》
《右の子(ユリ)地味すぎw》
《左の子だけでよくない?》
スクロールするたびに、何かが、静かに、でも確実に削れていく。
「ミユが……勝手に……?」
怒りが先に湧く前に、冷たい恐怖が胸をぎゅっと締め付けた。
問い詰める勇気なんて、最初から持っていなかった。
──「気にしすぎだよ」なんて言われたら、
きっと私は、もう立っていられなくなる。
**
数日後。
ミユのSNSに、新しい動画がアップされた。
隣にいたのは、知らない男の子だった。
《神カップル!》
《ビジュ最強すぎ》
《もうこの2人しか勝たん》
(……カイ?)
フォロワー数十万のプロフィール。
まるで、別の世界に住んでいる人のようだった。
(ああ……わたしじゃ、足りなかったんだ)
ユリはスマホを伏せ、鏡の前に立つ。
踊れるはずだった。誰にも見られなくても。
でも──
涙で滲んだ視界に、振り付けの形は浮かばなかった。
(つづく)
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