仮想世界動画配信者伝説バニ夫 ~ニートがVRMMOでバニーガールを召喚して動画配信で金を稼ぐ話~

原明

第1話「その名はバニ夫」


「うわあああ!?」


 絶叫は虚空に消え、ポリゴンの欠片となって砕け散った。


「やめてください、やめてください……」


 荒野に悲痛な叫びが響く。大地は赤茶けた砂塵に覆われ、空は灰色の雲で塞がれていた。


 生命を感じさせない錆び付いた世界で、少女が力なくへたりこんでいる。青と白の法衣を身に付け、白木の杖を握りしめた、典型的なプリーストの――それもレベルの低い、初心者の装いだ。


「ギャハハハハハ!、やめてくださぁーい、だってよ!」

「やめるわけねーだろ、ばーか」


 叫びに答えたのは、嘲笑だった。


 少女を取り囲む、複数の男達。全員が鋲を打ったジャケットを身に付け、ジャラジャラとシルバーアクセサリーを身に付けていた。腕や顔には、毒々しいタトゥーを入れている。

 相手を威圧し、威嚇するためにデザインされたアバター。手には抜き身の刃を持ち、その武器で彼らは少女の仲間をキルした。ただダンジョンに向かって、フィールドを歩いていた少女達を突如として取り囲み、襲いかかってきたのだ。


「な、なんで」


 恐怖で震えた、喉から絞りだすような声で、女が問う。


「何で、こんなことするんですか」


「はぁ?金になるからに決まってんじゃん」


 スキンヘッドにドクロの刺青を入れたリーダー格の男が、そう言って自身の背後に浮かんだ妖精ピクシーを指し示した。


 プレイヤーを導く妖精、という役割を与えられたそれは、システム上においてはサポートツールとしての機能を持つ。


 そのひとつが、撮影機能であった。羽のついた宝玉のような姿のピクシーは、動画の撮影中であるあることを示す、赤い光を称えていた。


「俺たち“マキシマム・マッド・マーダーズ”はぁ、お前らみたいな糞雑魚プレイヤーをキルする様子を専門にぃ、プレイ動画を配信していまぁす!」


「「「チャンネル登録、高評価よろしくぅ!」」」


 皆で声を合わせてから、ゲラゲラと笑う。彼らに良心の呵責などない。だってこれは現実ではないのだから。


 ここは『ストリーマーズ・エデン』。科学によって産み出された仮想世界――つまりはゲームだ。暴漢達は他のプレイヤーを殺す、すなわちPKする様子を撮影して、それを動画投稿サイトに投稿しているのだ。


 現実であれば、到底許されない悪行だ。しかしこれは現実リアルではない。システムが殺人PKを許容している以上、あとは「遊びゲームだから」という一言で、彼らの行為は肯定されてしまう。


 しかし――ゲームであっても、そこに込められた感情はリアルと変わらない。男達の悪意も、少女の恐怖も。


「だからぁ、お前が無様に死ぬところを、リスナー様が心待ちにしてるわけぇ、OK?」


 スキンヘッドは少女の胸ぐらをつかんで、ねじりあげる。額がぶつかるほどに顔を近づけ、乱暴に揺すりながら続ける。


「おら、命ごいしろよ。惨めったらしく泣きわめけよ。その方が再生数が延びるからよぉ!」


「ひっ」


 女は咄嗟に、右手の差し指を円を描くように回した。メニューを開く為の動作だ。


 浮かんだ光を指でタップすることで、メニュー画面が現れる。そしてメニューの一番下には、ログアウトボタンがある。


 フィールドでのログアウトは、アバターがその場に残ってしまう。当然、少女は男たちにキルされるだろう。だけど、心は逃げることができる。


「はいストップ」


 しかし男はそれすら許さない。


 男の一人が、女の手をつかんで押さえる。メニューを操作出来なければ、ログアウトはできない。これでもう、少女が男達から逃れる術はない。


 人形を壊しても面白くない。彼らの望みは、少女が泣き叫ぶ姿をカメラ納めることなのだから。


「逃がしゃあしないぜぇ。お楽しみタイムはこれからなんだからさぁ」


 男が笑いながら、少女の胸元をまさぐった。性的なニュアンスのある触りかただった。


「ストリーマーズ・エデン」において、ハラスメント行為は禁じられている。通報ボタンを押せば、GMがログを確認し、該当するとみなされれば、アカウントをバンするだろう。


 しかしPvP中の肉体的な接触がハラスメントとして認められるかは微妙なところだ。接触全てをハラスメントと見なせば、格闘ができなくなってしまうからだ。極論、女性プレイヤーが男性プレイヤーに自ら「触られに」行くことで、相手をバンすることが出来てしまう。


「なぁなぁ、はやくストリップさせようぜ!」


「急かすなって。おい、ヒーラー!回復の用意しとけ!」


 言って、スキンヘッドが取り出したのは、ノコギリのようにギザギザしたナイフだった。さして切れ味など無さそうな、しかし禍々しい形状をした凶器である。


「ほぉら!」


 男が少女にナイフをつきたてる。少女の視界、その隅に浮かんだ自身のHPバーが減っていく。これがゼロになった時、少女はこの蛮行から解放される。


「ひゃはは、ヒール!」


 逆に言えば、HPがゼロになるまで終わらない。男のひとりが唱えた回復魔術によって、HPが回復する――回復してしまった。


「ほらほらほらぁ!」


 何度も何度も何度もナイフを突き立てる。そのたびに魔法でHPだけが回復させられる。


「やめて、やめて、やめてぇ!」


 これはゲームだ。例え刃を突き立てられようと痛みはない。僅かに痺れるような違和感があるだけだ。


 だが悪意を剥き出しにした相手から、凶器を突き立てられるというのは、それだけで心理的なショックを感じてしまう。


 人は音と映像だけのホラー映画ですら恐怖する。それがVRなら尚更だ。リアルを追求し、空想を現実に近づけたがゆえの弊害だった。


「やりすぎて殺すなよー?こっからが本番なんだからさ」


「わかってるっての」


 魔術でHPは回復しても、元に戻らないものもある。装備の耐久値だ。ついに耐えきれなくなった装備が、ポリゴンの欠片となって砕け散る。


 装備が消え失せて、少女が身に付けているのは、下着のようなインナーだけになった。アバター特有の、シミも産毛もない、すべらかな肌が晒される。


 男達の誰かが、下品な口笛を吹く。ねばついた視線が少女の体をはい回る。仮想世界のアバターとは言え、性的な欲望の視線に晒されるのは、それだけで暴力にも等しい。


「――なぁ、成人認証させて最後までひんむいちゃわね?」


 誰かが呟く。ストリーマーズ·エデンにおいて、プレイヤーには年齢によるフィルターがかかってる。血しぶきの有無や、性的な表現について。そして成人認証をしてしまうと、最後の砦であるインナーの解除すら可能になる――そこから先の行為も。


「ノンノンノォォン。そいつはだめだ」


 仲間の提案に、スキンヘッドは沈痛そうにかぶりを振った。


「せっかくのチャンネルが、アダルトオンリーになっちまうからな」


「あっちゃー、そりゃだめっすねー」


「規約には勝てないっすからねー」


「残念だなー。ウチはケンゼンなチャンネルだからなー」


 ふざける男たちが、ゲラゲラと笑う。女は少しだけ安堵した。VRとはいえ、アバターとはいえ、尊厳を汚されるのは耐え難い。


「でもまぁ――新しくチャンネル作って投稿するって手はあるな」


 しかし少女の安堵は踏みにじられる。


「もっと過激で、センシティィィィブな動画を投稿する、アダルトオンリィィィイなチャンネルなら、もっともっと稼げるかもなぁ?」


「いやっほう! そうこなくっちゃ!」


「それじゃあ早速、お楽しみタイムってことで!」


「続きは成人認証を済ませてからご視聴くださぁい!」


 げらげらげらげら。男達が笑う。


 少女の顔が絶望に歪む。


 タキシードを着たウサギが、手にしたカップを口に運ぶ。


「――うん?」


 視界の端に何か変なものが映った気がして、スキンヘッドは視線を向けた。


 見間違いではなく、確かにそこにはタキシードを着た兎がいた。立ったままカップとソーサーを手に持ち、湯気のたつ紅茶を口に運んでいる。口元の毛が、紅茶でびしょびしょになっていた。


 いつの間に現れたのか、誰にもわからなかった。


 妙に身なりの良い兎だった。ピカピカに磨きあげられた革靴。シワひとつないズボン。ジャケットの襟には薔薇を象ったラペルピンが飾られ、シャツの袖にはカフスボタンが光る。黒いストレートエンドの蝶ネクタイに、手は純白の手袋で覆われていた。


 パーティーに出ても恥ずかしくない、エレガントかつジェントルな装いだが――それだけに首から上だけが異様であった。


 白い毛皮に、少し湿ったような黒い鼻。そこから左右に伸びた髭。つぶらな瞳と長い耳。無駄にリアルな兎の頭部は、フォーマルな服装とのギャップで狂気すら感じさせた。そして唐突に正気を取り戻したかのようにシルクハットを被っているのである。


 ストリーマーズ・エデンにはエルフやドワーフ、そして獣人といった異種族は実装されていないので、兎の頭はあくまで装備品――つまり被り物ということになるが、何故兎の被り物をしているかは不明であった。


「――いけませんね」


 かちゃり、と小さな音を立てて、カップがソーサーに戻される。無駄に渋くて良い声で、兎は続ける。


「哀れな子兎を囲む、悪い狼の群れ――これは、いけません」


「あ、あんだぁ?テメェ!?」


 男の恫喝は少し上ずっていた。仕方あるまい。動揺するなという方が無理だ。


「ふざけた格好しやがって!」

「テメェも切り刻んでやろうか!?ああ!?」


 武器を手に、暴漢達が取り囲む。暴漢に囲まれても、兎男は表情ひとつ変えなかった。いや、被り物なので表情は見えないのだが、動じた様子は見せなかった。


「アイツ、確か……」


 スキンヘッドは思案する。何処かで見た覚えがあった。知り合いではない。まして友達である筈もない。だが確実に何処かで見た覚えがある。


「仕方ありませんね。お相手しましょう」

 

 まるで手品のように、ウサギの手からカップとソーサーが消えた。そして代わりと言わんばかりにカードの束が現れた。熟練のカジノ·ディーラーのような手つきで、カードが扇状に広げられる。


「そうだ、こいつは――」


 カードを見て、男は思い出した。むしろ何故忘れていたのか。あまりにも特徴的で、あまりにも印象的で、あまりにも有名な、ストリーマーズ・エデンでもとびきりのイカレポンチのことを。


「――『バニ夫』だぁぁぁぁぁ!?」


「バニィイイイイ・オォォン!」


 叫び声は同時だった。兎頭の怪人、『バニ夫』が手にしたカードが輝き、虚空に魔法陣が浮かぶ。そこから飛び出してきたのは、針のように細いピンヒール。肩から胸元まで露になった黒い衣装。美脚を覆う網タイツ。そして頭から伸びる、ウサギの耳。唯一不釣り合いなのは、両手に銀色に輝く曲刀が握られている事だった。


 魔法陣が消えたとき、広野には余多のバニーガールが並んでいた。あまりにも非現実的な光景だった――ここは仮想世界なのだから当然なのだが。付け加えるなら、彼女たちは人間、つまりアバターを纏ったプレイヤーですらない。


 AIによって制御された召喚モンスター、その中でも現在確認されている最高ランクであるランク5を誇る怪物、ヴォーパルバニーだ。


 それが、36体。


 1つのパーティーにおいて、メンバーの上限は6名。つまり実に6パーティー分の戦力が、瞬く間に出現したということになる。


「嘘だろ、おい……」


 悪い冗談のような光景だった。しかし相手はまさに、タチの悪い冗談のような存在だった。


 ストリーマーズ・エデンでもごく数名しか居ない、スキル熟練度を最大まで到達させたスキルマスター。しかもその過程で得られたスキルポイントを、全て『召喚数増加』に注ぎ込んだ酔狂者。そして、その枠すべてを同じモンスターで埋めた狂人。


「バニ夫」「バニーガールの人」「バニー狂い」「兎男」「ウサギマスク」「キ○ガイ兎」「変態兎野郎」


 ――あるいは"マッドラビット"マーチ。


「イッツ、ショウ、タァーイム!!」

 

 狂人が指を弾くと、同時に音楽が響く。荒野に不似合いな、軽快なジャズナンバーだった。見ればウォーパルバニーのうち6体が、手にした楽器を掻き鳴らしている。


 そして12体が一列に並び、一糸乱れぬ動きで踊り出した。


「レッツ、ダンス、ベイビィーズ」


 バックダンサーを従えて、兎頭の怪人が踊る。ステッキを回し、ステップを踏みならす。キレのある見事な動きだった。問題は踊っているのがステージ上ではなく、敵の前だということだが。


「ふざけやがって……!!」


 彼らはとっくに気づいていた。自分達が動画のネタにされていることを。目の前にいる変態ウサギ野郎が次に投稿する動画の、哀れで滑稽なやられ役にされていることを。


「ぶっころせ!!」


 スキンヘッドが叫ぶ。このふざけたPKKを返り討ちにするためにだ。変態とはいえ、スキルマスターを討ち取ったとなれば自分たちの名も上がる。これまで上げてきた動画の再生数も爆発的に増えるだろう。


しかし――。


「う、うわぁぁぁ!?」


「は、速ぇぇぇ!?」


 演奏スキルと舞踏スキルのバフを受けた、残りの18体のヴォーパルバニーが走り出す。張り付けたような、無機質な微笑を浮かべながら、両手の曲刀をふりかざす。

まるで砂糖に蟻が集るように、男達に殺到する。


 ヴォーパルバニーは素早さだけが圧倒的に高いステータスをしている。その速度で両手の武器を振るい、しかも執拗に首を狙ってくる。それは刃の暴風だった。男たちは首を庇うのに精一杯。庇う腕や開いた胴体。足を切り刻まれる。


「待て、待て、タンマ、待てって!!!」


 NPCが止まるわけもない。踊るように振るわれる刃。PK達が全身を切り刻まれ、次々に討ち取られていく。


 それは喜劇だった。男達が作ろうとしていた残虐なショーは、あまりも馬鹿馬鹿しく、滑稽な演目になりさがっていた。


「ぐぉぉ!?」


 スキンヘッドの男も、既にHPは残り僅かになっていた。刃の嵐の向こう、飛び散るダメージエフェクトの向こうに、兎頭の怪人が居る。男の視線と、兎頭の、黒い感情の見えない瞳がぶつかる。


 躍りが止まる。タンッ、と革靴の踵とステッキの石突が同時に大地を叩く。何を言う気だ。正義を語るか。悪を非難するか。それともただ勝ち誇るのか。


 せめて悪態のひとつでも返してやろうと、スキンヘッドは相手を睨み付ける。


 しかし。


「――バニィ!」


投げ掛けられたのは、言葉ですらない奇っ怪な鳴き声だった。


「ふざけんな――!?」


 憤りは無慈悲に途切れた。背後からヴォーパルバニーに首を跳ねられたからだ。最後の最後まで、シリアスは帰って来なかった。


 男がポリゴン欠片となって散ると同時――演奏が終わり、踊りが終わる。武器を振るっていたヴォーパルバニー達も、主の元へと戻っていく。AIによって制御された人形は、感情のない微笑を浮かべながら、静かに男の側に侍り、次の指示を待った。


 少女は呆然としていた。状況が目まぐるしく変わりすぎてて頭が追い付かない。かろうじて自分が助かった、助けられたのはわかるが、現れた助けのインパクトが大きすぎた。


 ズラリと並んだバニーガールを従えて、兎頭の怪人が、ゆっくりと少女に近づく。見事な一礼をしてから、口を――被り物で見えないが――開いた。


「大丈夫ですか、お嬢さん」


 落ち着いた渋い声だった。無駄に良い声だった。本当に何もかもがチグハグな男であった。


「あ、ありがとうございます?」


 礼を言って、頭を下げて――少女は自分があられもない格好であることを思い出し、慌てて手で自分の体を隠す。


「おっと、失礼。気が利かずに申し訳ない」


  言って、ウサギ男は指を振り、インベントリを開いた。


「レディにそのような格好をさせたままにはできません。こちらの服を差し上げますので、どうぞお召しになってください」


「いえ、そんな――」


 悪いです、と断ろうとして、男が取り出した装備を見て絶句した。


 それは、ヴォーパルバニーが身につけているのと同じ衣装――つまりバニースーツだった。しかもウサ耳のカチューシャまでついている。


「あなたの愛らしさを引き立てる、最高の衣装だと確信しています」


 誇らしげな声で、ウサギが言う。感情の見えない、黒いつぶらな瞳が怖かった。


「さあ、どうぞ。遠慮なぞなさらずに、さあさあさあさあ!」


「ヒッィイッッィイ!?」


 ウサギの被り物をした怪人に、バニースーツを持って迫られる。あまりの恐怖に、少女は今日一番の悲鳴を上げて、駆け出した。


「おおおおおおおお嬢さあああああああああん。おおおおおお待ちなさぁぁぁぁい!」


 逃げる少女。シャカシャカと奇怪な動きで追いかけてくる兎頭の怪人。後に続く36体のバニーガール。


 喜劇はまだ終わっていなかった。その様子を、淡々とピクシーが撮していた。


 後に「マーチ☆ちゃんねる」において投稿された動画は、僅か24時間で再生回数20万回を突破した。


 PK動画専門チャンネル“マキシマム・マッド・マーダーズ”は一時的に再生数を伸ばしたものの、「変態兎野郎に負けた情けないPK」として嘲笑の的になり、やがて解散した。


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