第2話 下宿のお稲荷さん
乗っている人もまばらな電車は、10分もしないうちに目的の駅へ到着。
駅から出ると近くにあった桜はすでに満開で、すぐ隣には大きな図書館とその前にスーパーマーケット。駅前のロータリーにはバス停もある。
乗って来た駅の近くにも商店はあったが、どちらが栄えているかなど言うまでも無かった。
「毛玉、はぐれないようにな」
「うん、わかった!」
元気に返事する幼女の手を取り歩き出す。真新しいブレザーの制服に身を包んだ彼がそうしていると、傍目には仲の良い兄妹にしか見えないだろう。昔は幼馴染の女児の世話をしていたので、子守はお手の物だ。
その子は5年前、彼女が小学校低学年の頃、街の方へ引っ越してしまったのでそれ以来会っていないが、こちらで再会することもあるかもしれない。
しかし、自分の仕事を手伝わせるために仲間にした式の毛玉を、子守のように面倒を見ているのは本末転倒な気がしないでもない。あるいは子守の経験が毛玉を今の姿にしてしまった可能性もあるが、結局考えても無駄なので気にしないことにする。
これから暮らす街並みを見ながら目的の下宿先を探す。駅前通りはそこまで活気があるわけではないものの、何年か前に整備されたおかげで外観はずいぶん綺麗だった。
そこを抜けて大きな川の方へ向かう。その川には車道のある橋が掛かっており、橋の手前を曲がれば河畔公園もある。公園の方は市営プールもあるし、川遊びも出来るが、今は春なので時期的には早すぎるか。
時期と言えば丁度花見時なので公園の桜並木には明かりが飾られており、夜になるとライトアップされるようだった。
永嗣の実家の周りでも桜は沢山咲いていたが、こういった人の手が入った様子を見ると彼にとっては都会だと思えてしまう。そもそもこの街も結構な田舎ではあるのだが、春からの高校生活に胸躍らせる彼には些細なことであった。
「えっと……、ここか?」
住宅地を抜けた田畑の奥にある小さな林。そこに生垣があり、広めの庭と大きな建物が見える。民家というよりは小さ目の旅館のようだ。
その庭先を掃いている若い女性が居る。中背ながら立派な胸をお持ちだ。それだけではなく顔も美人。大人の女性故、彼女候補からは外したがさすがに緊張は免れない。
彼女がこちらに気づいて顔を上げたため、意を決して話かける。
「こんにちは。すみません、下宿ってこちらで合ってますか?」
「ええ、そうですよ。もしかして永嗣君かしら?」
「はい。今日からお世話になる
「うん!おいら毛玉!よろしくな!」
毛玉に促しつつ一緒にお辞儀する。
「あらあら、元気ね。ふふ、私はこの下宿の大家で管理人もしている
珠貴さんは目を細めて嬉しそうに言う。さすがに赤ん坊の頃のことなど覚えているハズもないが、珠貴さんが見た目ほど若くはなさそうだと見当がつく。
「そうですか。父や母もこちらに来た事があるんですね」
「ええ。あなたのお父さんやおばあちゃんやおじいちゃん、そのまたおじいちゃんもこの下宿から学校に通っていたのよ」
さすがに祖父母や曾祖父が通っていた頃に彼女が居たとは考えにくいので話に聞いているということだろうか。ちなみに祖父も曾祖父もすでに他界している。祖父は永嗣が物心つく前に、曾祖父に至っては産まれるずっと前にだ。
「歴史ある建物なんですね」
「ふふ、そんな大げさな物じゃないけれどね。お家からここまで大変だったでしょう。お部屋に案内するからまずはお荷物を置いちゃいましょうか」
「はい!よろしくお願いします」
珠貴さんに案内されて下宿の玄関をくぐる。
「靴はそこに入れてちょうだいな。スリッパはこれね」
言われた通り、木製の大きな下駄箱へ自分の靴と、毛玉のも脱がせてやり入れる。しかしこれだけ大きな下駄箱なのに今は永嗣と毛玉二人だけの靴しか入っておらずガランとしていた。
それから正面に階段、右手にはドアの並んだ廊下。左手の廊下は手前にドアがありその向こうが奥へと曲がって続いていた。
「右手側のドアは全部1部屋ずつ個室で2階にも部屋があるから、好きな部屋を使ってね。毛玉ちゃんも1部屋使っていいわよ」
「おいら、エイジと一緒がいい!」
「いや、毛玉も自分の服とかあるだろ。ありがたく貸してもらえ。寝るときは一緒でもいいから」
「うー。わかった、そうする」
しぶしぶ頷く毛玉。まぁ彼女が出来たとき毛玉と同室だと困るというのもある。それがいつになるかはまだ分からないが。
とりあえず一番近い部屋へ決めて荷物を置く。毛玉は隣の部屋だ。
そうしたらすぐ部屋を出て、また珠貴さんについて案内を受ける。
今度は玄関から見て左のドアを開く。中は大き目のテーブルに椅子が何脚か並んでいて奥にカウンターがあり、その向こうは台所が見える。
「ここは食堂ね。朝、夕はここで食べるから呼んだら来てちょうだい。お弁当も作るし、お休みの日はお昼も作るわ。いらない時があったら先に言っておいてね」
返事をして食堂を後にし、今度は廊下の先へ案内される。突き当りはトイレで、曲がったその先のドアは風呂場だ。
脱衣所は洗面台が2つに大きな洗濯機があり結構な広さ。洗い場も風呂場もかなり広い。4~5人は一緒に入れそうだ。
「お風呂広いですね」
「ふふ、そうでしょう。昔は何人も下宿生が居たから一辺に入れるようにね。その頃は時間で男女分けてたのよ。7時に入れるようにしておくから冷めないうちに入っちゃってね」
返事をして風呂場を後にする。
それから風呂場のドアの先に2つドアがある。
「ここは私と巻太の部屋よ」
「巻太さんって確か退魔師組合の?」
「ええ。この辺りの仕事の斡旋は巻太がやってるわ。あの子は私の双子の弟ね。今は裏手の神社に居るわ」
ニコニコと笑顔で言う珠貴さん。なにか妙な感じがするがさすがに会ったばかりで詮索するのも悪い気がする。
「建物の中はこんなところね。何かわからないところはあるかしら?」
言われて考える。自分の部屋、食事、風呂。あとは何があるか。
「門限とか消灯時間ってありますか?」
「どっちも得に無いけれど、あまり遅くなっちゃだめよ。夕飯は6時くらいだからそれより帰りが遅いときは連絡をちょうだいね。それから夜に私や巻太に用がある時は10時までにしてくれるかしら。あと、周りに民家は無いけれどあまり騒いだりしないように」
「わかりました」
常識の範囲というところか。今は永嗣以外の下宿人は居ないがそれでも大家である珠貴や巻太にあまり迷惑をかけるものではないだろう。
「洗濯は脱衣所の洗濯機をお借りしてもいいですか?」
「ええ、もちろんいいわよ。脱衣所のカゴに入れて置いてくれれば私が昼間に洗濯して置くから、自分で洗濯したいものがあったらカゴに入れっぱなしにしないようにね」
「はい。ありがとうございます」
だいたい聞きたいことは聞けただろうか。少し考える永嗣の横で、毛玉が元気に声を上げる。
「おいらは何すればいい?」
「あ、そうだ。珠貴さん、すみませんが俺が学校行ってる間、毛玉の面倒見てもらえませんか?もちろん手伝いとかさせていいんで」
「ええ、おやすい御用よ。よろしくね、毛玉ちゃん」
しゃがんで目線を合わせ、にこやかに言う珠貴。しかし毛玉は不服そう。
「エイジと一緒にいちゃダメ?」
そう言った彼女に、永嗣もしゃがんで目線を合わせると神妙な面持ちで告げる。
「毛玉、お前に重要な任務を与える。俺が昼間学校に行ってる間は、珠貴の言うことを聞いてお手伝いするんだ。出来るか?」
「わかった!おいらに任せて!」
目をキラキラさせながら永嗣の言葉に頷く毛玉。
「というわけでお願いします」
「ふふ、分かったわ。じゃあ明日から沢山お手伝いしてもらおうかしら」
「おう!なんでも頑張るぞ!」
元気よく言いつつぴょんぴょん跳ねる毛玉。とりあえず永嗣の懸念事項はこれで片付いたはずだ。
「そうだ、巻太さんにも挨拶してこようと思います。裏の神社にいるんですよね?」
「ええ。今境内を掃除しているわ。神社はすぐ裏手に鳥居があるからすぐ分かるわよ」
「ありがとうございます。よし、毛玉行こう」
「わかった!またな、タマキ!」
「ええ、また後でね」
永嗣は、手を振って見送る珠貴にお辞儀をして、建物の外へ向かった。
§
静寂。
風は凪、鳥の声も止んでいる。
鳥居から続く玉石の細い参道は綺麗に慣らされ、枯葉の1つも落ちていない。
雑草も1つ残らず取り除かれ、灰色の真っ直ぐな道に赤い鳥居が映える。入口と境内前と2つ。
境内前から横道が伸び、そちらは林の影になっているが小さな池があるようだった。
「ここだな。行こう毛玉」
「あい!」
鳥居へお辞儀をして参道へ入る。キンと清浄な空気が身を包む。
「なんか山みたい」
「そうだな。聖域だからな」
毛玉の住んでいた寺の裏山も、修行の場として聖域になっていた。寺と神社の違いはあれど、清浄な空気という意味では同じだろう。
玉石を踏みしめ、じゃりじゃりと音を立てつつ進む。玉石の音が煩悩を払うとか邪気を払うとか言われるが、ようは人が来たことを知らせるのだ。もっとも聞いているのが神社の関係者か神様かは分からないが。
参道の脇は杉林だが、池のある右手側は木がまばらで、下は地面に草が生えていた。ただ目を凝らすと、その草の中に紫の涙滴型の葉に包まれるように黄色の芯が生えている植物がまぎれている。
「なんか変なの生えてる」
「ありゃザゼンソウだな。この辺にも生えるのか。時期的にはもう終わりの頃かな」
「ふーん」
聞いてきたわりに興味の無さそうな返事。永嗣も植物に特別興味があるわけではないが、その奇妙な姿は覚えている。田んぼの近くの林などに生えていて、自ら発熱して雪を溶かして花を咲かすとか、変なにおいとか見た目通りヘンテコな植物だった。
ただ、永嗣の生家が寺であるため、見た目から座禅を組む僧侶や、達磨大師になぞらえて達磨草などという別名もあるそれを粗末に扱うなとは言われた記憶がある。
まぁ神社に座禅とはちぐはぐな気もするが、植物に場所をわきまえろと言うほうが酷であろう。
参道はさほど長くなく、すぐに境内へ付く。山と違って階段ではないのも良い。
もっとも毎日山道を歩いてきた永嗣にとって多少の階段など気にならないが。
境内への鳥居を潜ると、装束を纏った
「こんにちは。もしかして巻太さんですか?」
声をかけると箒で掃く手を止め、こちらへ顔を向ける。
「そうだ」
短く返事をした顔は確かに珠貴に似ているが、無表情で怒っているようにも見える。美形ゆえより怖く見える気がする。
「今日から下宿させてもらうことになりました、虎地永嗣と言います。こっちは毛海玉藻。これからよろしくお願いします」
「ます!」
永嗣のお辞儀に合わせて、毛玉も声をあげ頭を下げる。
「聞いている」
頷いてこちらへ来る。やはり表情は変わらない。
「ええと、退魔師組合の組合員さんなんですよね?アルバイトの件もお願いしたく……」
気圧されながらもおずおずと要件を伝える。巻太は品定めでもするかのように永嗣と毛玉をじろりと見やると、少し考えてから言葉を発する。
「正確には『日本退魔師払い師連絡組合』だ。俺はこの辺りの連絡員を任されている。ある程度だが仕事の差配の権限もある。永嗣は仕事の経験は無いのだったな」
「はい。初めてです」
言うと巻太は頷く。
「見習いとして組合には登録してある。主に頼むのは日頃の情報収集と依頼があった場合に先んじて確認をすることだ。些細な事でも報告しろ。前者は有益な情報に、後者は1つの案件毎に報酬が出る。調査と報告だけで良い。危険な事には手をだすな」
「わ、わかりました」
返事をすると巻太は無表情のまま頷く。
「質問はあるか?」
眼光鋭く短く言われると少し委縮してしまうが、確認はできるうちにしておきたい。
「ええと、情報収集って噂話とかでも良いんですか?」
「かまわない。真偽不明でも何かの兆しである可能性もある。無論捏造はご法度だ。出来れば誰に、どこで、何があったのかが分かると良い」
「わかりました。あと仕事が無いか聞いても?」
聞くと巻太はまた少し考えるように上を見てから口を開く。
「お前が行く高校の通学路で、巨大な影を見たという噂がある。学校で情報を聞いたら報告しろ。内容に応じて報酬が出る」
「わかりました」
「他にあるか?」
「えーっと……、今の所、特には」
「そうか。ならば以上だ」
そう言うとまた掃除に戻る巻太。
礼を言って早々に境内を後にする。
「なんか怖い人だったな」
「そう?優しそうだったよ」
「マジかよ……」
永嗣は自分と正反対の答えを言う毛玉に、信じられないものを見たという顔になったのだった。
§
神社から戻った永嗣は、自分の部屋で荷物整理を始めた。
勉強机や椅子、箪笥といった家具は備え付けで、年期が入っていたが手入れされていて使うには問題ない。手荷物は数日分の着替えと勉強道具が主であり、その他は宅配で後日届く手はずになっている。当面は問題ないだろう。
あとは生活雑貨を買いに毛玉と近くのディスカウントショップへ行く。
この辺りはスーパーマーケットにドラッグストアにホームセンターととにかくいろいろな店があって迷ったものの、結局買いたい物毎に店を変えるのが面倒という理由で、全て揃うディスカウントストアにしたのだ。
初めて見る店の中にはしゃぐ毛玉をなんとか宥め、目的の物だけ買って戻る。ある程度祖母にお金を持たされているとはいえ、無駄遣い出来るほどではない。早いところバイト代で懐を潤したいところだが、学校が始まってもいないのに気を急いても仕方ないと気持ちを落ち着ける。
昼も夜も食事は珠貴と巻太と一緒に4人だったが、神社故黙食――つまり話さずに食事をした。自宅でも食事中は静かにと教えられて育った永嗣にとってそれはいつも通りだったのだが、結局巻太とは打ち解けられず気まずいままであった。もっとも、まだ出会って初日。そのうち慣れるだろうとさして気にはしていない。
反対に珠貴の方は食事時以外はお喋りで、毛玉もすっかり懐いたようだ。これなら永嗣が学校に行っている間も問題は無いだろう。
「さて、毛玉。風呂入るぞ」
「おお、お風呂!」
珠貴から準備が出来たと聞いた永嗣は、必要なものを持って毛玉を連れ風呂場へ行く。
昨日は祖母が毛玉を洗ってやっていたが、永嗣も面倒を見ていた妹分を風呂に入れてやった経験があったので問題はない。
一応女子ではあるが、永嗣にとって幼児は女子のカテゴリーに入っていなかった。
服を脱いで風呂場に行き、まずは頭を洗ってやることにする。
しかし、「毛玉」なんてあだ名をつけていただけあって、人の姿となってもその毛量はすさまじい。毛海と名付けた自分を誉めてやりたくなったが、同時に最初の式を毛玉にしたことを少し後悔した。
幼児とはいえ彼女の身体をすっぽり覆いつくしても余る毛は、今は全て髪の毛となっていて、洗っても洗っても終わる気がしない。幸い毛玉は良く言うことを聞くので大人しいが、それでもこの洗髪地獄を毎日やるのは気が萎える。
風呂は毎日入れるにしても洗髪は二日に一辺か、三日に一辺か、いっそ週一にでもしようかと心が揺れる。しかし同時に幼児とはいえ女の子の髪を清潔にしてもやれないやつに彼女が出来るかと意味不明な叱責をしてくる自分も居る。
永嗣が実利と理想の間で悩みつつも、手だけはひたすら髪を洗い続けていると、不意に風呂場のドアが開いた。
「御湯加減はいかがかしら?ってあら、大変ね」
「あぁ、はい。髪が長いもんで。珠貴さ……ん!?」
声に返事しつつ風呂場の入口を見て慌てて顔を反らす。てっきり服のまま確認しに来たと思った彼女は、なんと全裸であった。
「せっかくだから一緒に入りましょう。大変そうだし毛玉ちゃんの髪は私が洗ってあげるわ」
まるでこちらを気にした様子もなく近づいてくる珠貴に、そちらを見ないようにしつつ思わず飛びのく永嗣。
「た、珠貴さん、さすがに一緒に風呂はまずいですって。俺、高校生だし!」
「あら、こんなおばさんに気を使わなくていいのよ?さ、毛玉ちゃん。後は私が洗ってあげるわね」
「あい!」
美人で豊満な体つき。話した感じからしてそれなりの年齢ではあるだろうが、外見は20代くらいに見える。いくら大人すぎて守備範囲外とはいえ、健全な男子高校生には目の毒だ。
「いや、あの。さすがに恥ずかしいんで、俺出ます」
「だめよ。ちゃんと身体を洗って湯舟につからないと。清潔にしないと女の子に嫌われちゃうわよ?」
「は、はい……」
退路を断たれ、仕方なく頭を洗い始める。とりあえず目を瞑ってしまえば視界には入らない。問題はその後どうするかだが、すでに頭は真っ白だ。
「それにしてもすごい毛の量ね。小っちゃいのにこんなに長いなんて珍しいわ」
「うん!だっておいら毛羽毛現だし」
「あ、こら毛玉……」
あっさり自分の正体をばらす毛玉。そういえば人に話すなとは言っていなかった気がする。
「あら、そうなのね。それじゃあ永嗣君の式なのかしら?」
「知ってたんですか?その、家の事」
「ええ。あなたのおばあちゃんもお父さんも式と一緒だったもの。巻太も組合員だし、下宿に居る間はそういうの隠したり気にしなくていいわ」
何でもないという風に言う彼女。そう言われれば確かに知っていても不思議はないのだが、それと同時に朝感じた違和感もまた頭を
「珠貴さんは……、!?あ、いや」
髪についたシャンプーを洗い流し、話かけようとそちらを向こうとして慌てて目をそらす。一瞬全裸だったことを忘れてしまった。珠貴は毛玉の頭を洗っているが、タオル等で隠す様子はまったくない。しっかりと見てしまったら前かがみから動けなくなること請け合いだ。
「どうかした永嗣君?」
「い、いや。さすがに隠して下さい。ヤバイし……」
「あらあら。こんなおばさんでも気になっちゃうかしら。ふふ、永嗣君のお母さんと見た目の歳はそんなに変わらないでしょう。私も見られても気にしないから大丈夫よ?」
「うち、お袋も親父も滅多に帰ってこないし。一緒に風呂なんて入らないし。珠貴さん美人ででっかいからその、困るっす」
「あら、ありがとう。美人だなんて嬉しいわ。なんなら触ってみる?」
「揶揄わないで下さい!」
笑う珠貴に、このままではいろいろとまずい永嗣は、とにかくさっさと身体を洗って湯舟へ逃げ込んだ。
さすがに毛玉の髪を洗うのはそれなりに時間がかかり、珠貴自身も肩にかかる程度は髪の長さがあるので、二人がすっかり洗い終わるころには永嗣も十分風呂につかって落ち着いていた。
「さ、ちゃんとお風呂に浸かりましょうね」
「うん、わかった!」
珠貴が毛玉を連れて湯舟へ入ってくる。二人供髪をまとめて頭の上にしているが、毛玉は量が多すぎて頭の2倍くらいの塊が乗ってアンバランスだ。珠貴が手を取って支えて居なければ転んでしまいそう。二人供羞恥心がまったくないのか隠そうともせず自然体で永嗣の方へくるが、ちんちくりんの毛玉はともかく珠貴の方はやはり目の毒だ。
「それじゃ俺は十分浸かったんで出ます」
「あら、もういいの?」
「はい。珠貴さんはその、人間じゃないですよね?お稲荷さんの眷属ですか」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。話の内容といい、見た目よりずっと歳を重ねている雰囲気。それに人間ではない気配がずっとしていた。違和感の正体はそれだろう。
「そうよ。やっぱり永嗣君には分かるのね。私と巻太は稲荷の眷属。正確には駒狐の化身ね。私は玉の方で珠貴。巻太君は巻物の方ね。もう何百年もここで人々を見守ってきたのよ。ほら」
何でもない事のように笑う珠貴。狐の尻尾と耳が身体に現れるが、永嗣に直視は出来ない。
「珠貴さんにとっちゃ、俺も小さい子供と同じかもしれないけど……その。やっぱり珠貴さんの身体は刺激的すぎるんで、勘弁してください」
目を反らしたまま頭を下げる永嗣。
「あら、そうなのね。ごめんなさい。年頃の男の子ですものね」
「しげき?おいらはいいの?」
少し困ったような珠貴に、毛玉は不思議そうに聞く。
「毛玉はいいんだよ。小っちゃいし、まだ女って体つきじゃないだろ」
「そうなんだ。おいらもそのうちタマキみたいになる?」
「それは……どうだろう?わからん」
「ふふ、なれるかもしれないわね。人や動物みたいに年月で成長したりはしないけれど、力が増したり、そういう姿になりたいって強く思ったりすれば姿が変わることはあるから」
「おお。じゃあおいら頑張ってでっかくなる!そんでエイジの役にたつぞ」
「ふふ、そうね。頑張りましょうね」
「まぁその、ほどほどでいいぞ。珠貴さんみたいな身体で引っ付かれたらヤバイし」
ぼそりと言って湯舟から立ち上がる。
親子のように微笑ましく会話する二人の傍をそっと抜け出し、永嗣は風呂場から退散したのだった。
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