机上(ボード)で済まない現実

坂倉蘭

第1話

 ショートホームルームの最中、僕と31人のクラスメイトは突然現れた魔法陣に飲み込まれ、どこかへと飛ばされた。最初は真っ暗闇に包まれ、周囲からはクラスメイトたちの荒い息遣いが聞こえるだけ。身体を動かそうとしても微動だにせず、何が起こっているのかわからないまま、皆がパニックに陥りそうだった。その時、ブォーーンという重低音と共に、上から眩しい光が僕たちを照らし出した。


 驚きを隠せなかった――目に映ったのは、白を基調とした全身鎧に身を包み、手に一振りの剣を握る僕自身の姿だった。周りを見渡すと、形は違えど同じく白い鎧と武器を手に持つクラスメイトたち。そして遠くには、黒く塗りつぶされた鎧と武器を纏った別の集団が視界に入った。状況が飲み込めないまま、僕は思案する。


「白と黒で、たぶん同一人数に分けられてるのか!?」そう考えた瞬間、馬の嘶きが聞こえ、騎士や馬の配置が目に飛び込んできた。「これはチェスの駒と同じだ!」と心の中で叫んだ。


 その瞬間、「はい!経過時間37分、状況を理解した人物が現れたので説明に移りまーす」と、場にそぐわない軽い声が響き渡った。

「まあ、一人だけしかわかってないけど、ここは神様達が息抜きの為に作った神の遊び場です。私はここの統括天使のアグレシアスです。覚えても覚えなくてもいいですよ、そんなに長く付き合う仲でもありませんからね」と、アグレシアスと名乗る存在が咳払いを一つ。


「あなた達はここで、あ、初期のマス内のみ移動を解除しますね」と言うと同時に、金縛りが解けた。やはり、これはチェス盤だ。馬に騎乗した姿も確認できる。


「どうなってるんだ!」「私たちを返して!」「誘拐かよこれ!」と、盤面中央に浮かぶアグレシアスへ非難の声が集中した。


 しかし、「黙りなさい!!」と威圧的な怒声が響き、喧騒がピタリと止む。「確認しなさいと言いましたが、喋れとは言いませんでしたよね?」と首を傾げながら軽い調子で続けるアグレシアス。


「はい、また話を進めますよ。天界には娯楽が少なくてですね、たまーに女神様や男神様の趣味で人を召喚してその動向で一喜一憂してるんです。現在の世の中だとラノベって物語形式の文書がありますよね。あんな感じで、他の世界の担当神から生命体を借り受けて別の世界へ転移させたり転生させたりしてるんです。今回はたまたま神の遊び場への転移ということになります。みなさん、ここまではおわかりですか?頭の中を覗かせてもらう限りは大丈夫ですね」


 そして、ここまでの話を聞いて、僕は新たな疑問を抱いた。「操作は誰がするんだ?」すると、アグレシアスが「おっ!また同じ君ですね。着眼点がずば抜けて良いようですね」と僕を指差す。

「操作するのは神様達ではありませんよ。あなた達の中から王を決め、王が駒をどう動かすのか決めるんです。ボードの中にいますが、操作はあなた達の誰かに委ねられるということですね」と説明した。


 うんうんと頷きながら、女生徒の方を見たアグレシアスが続ける。


「駒を倒されたらどうなるか?ですか。勿論、元の世界に戻らず、手に持った相手の武器で殺されます」と、ニッコリ微笑む。その言葉に、クラスメイトたちの顔から血の気が引いていくのがわかった。


「ふむふむ、生き残る方法はないのか?ですか」と男子生徒を見ながら言うアグレシアス。「ありますよ。自分達の陣営じゃない王を討つことです。とりあえず、今から考える時間を与えます。両陣営とも一度だけ王を入れ替えるチャンスを与えますので、考えてみましょう!はい!」と、パンと手を叩いてスタートを告げた。「あ、今からはしゃべっても良いですよ」と付け加える。


 デス・ゲームが確定したことを理解した僕は、白陣営の仲間たちと話し合いを始めた。陣営ごとに声の大きさが分かれているようで、白陣営の13人がざわつきながら意見を交わす中、僕を嫌う女子が「あんたが王をやればいいじゃない」と冷たく言い放った。


 僕はクラスの中で5人から、イジメとまではいかないものの、たがが外れればイジメに発展しそうな嫌がらせを受けていた。


「誰もいないなら…」と他の13人が賛同しかけた時、1人の女子生徒が「もっと考えようよ。何かあるかもしれない」と提案してくれた。

 僕は素直にその意見に賛同することにした。一方、黒陣営を見ると、早々に嫌がらせの主犯だった男子生徒が王の配置へと移っているのが見えた。


 その時、僕の耳元で悪魔のささやきが聞こえた。

「この状態を利用して5人を亡き者にしてしまえば、いいんじゃないか」と。

 頭の中でその声が反響し、僕の心は揺れ動いた。白陣営の王を決める話し合いが続く中、僕はその誘惑と向き合うことになったのだ。

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