第53話

# 異界の日常 — 王位の正統性


王の間に足を踏み入れた瞬間、あなたの視線は周囲を素早く巡った。エリネアが玉座に座り、七つの祭壇が円を描くように配置されている。青い光の渦が部屋の中央から天井に向かって立ち上り、儀式はすでに進行していた。


しかし、あなたは「空の涙」の感覚と、アズライトの記憶を頼りに、もう一つの重要な存在を探していた。


「ラニエル王太子はどこだ?」あなたは声高に問いかけた。


エリネアの表情が一瞬揺らいだ。「兄上の姿を求めるとは...もう遅い。彼はもはや王位継承の資格など—」


「そこだ」あなたは内なる感覚に導かれ、玉座の横に設けられた小さな囲いに目を向けた。魔法の結界に包まれた空間の中に、一人の男性の姿が見えた。


「ラニエル!」マリアンナが叫んだ。


王太子は弱々しく頭を上げた。彼の姿は痩せこけ、長期の幽閉の痕跡が見られた。しかし、その目には依然として威厳と知性の光があった。


あなたは瞬時に判断を下した。「まず王太子を解放しましょう。彼こそが王位の正統な継承者です」


「愚かな...」エリネアが冷笑した。「儀式はすでに始まっている。彼に何ができると?」


「王位の正統性という力です」あなたは毅然と答えた。「『冠の儀式』は本来、正統な継承者を認める儀式。あなたの行為は儀式そのものを冒涜しています」


エリネアの表情が憤怒に歪んだ。「止めなさい!」彼女は手を挙げ、青い光の光線をあなたたちに向けて放った。


あなたはすかさず「防御モジュール」を展開。青い盾が三人を守り、エリネアの攻撃をはじき返した。


「マリアンナ様、ケインさん」あなたは素早く指示を出した。「私がエリネアの注意を引きつけます。二人はラニエル王太子を解放してください」


彼らは無言で頷き、三人は素早く散開した。あなたは前方へと駆け出し、「空の涙」の力を前面に押し出した。ペンダントが強く輝き、青い光のオーラがあなたを包み込む。


「私が相手だ、エリネア!」あなたは声を張り上げた。「『二つの世界の間に立つ者』が、あなたの野望を砕く」


「その言葉...」エリネアの目に驚きの色が浮かんだ。「預言の...」


彼女は表情を引き締め、両手を広げた。七つの祭壇が強く反応し、祭壇上の青い石片から光が溢れ出した。


「預言など意味がない!」彼女は叫んだ。「力こそが全て。そして今、その力は私のものになる」


あなたは「魔法のアルゴリズム」を最大限に活用し、複雑な魔法陣を足元に展開した。それは防御と攻撃、かく乱の三つの機能を持つ高度な魔法システム。あなたの周りには青い光の幾何学模様が浮かび、エリネアの攻撃を受け止めつつ、彼女の儀式の流れを妨げ始めた。


「不可能...」エリネアは困惑の表情を見せた。「そのような魔法は...」


あなたの行動はエリネアの注意を完全に引きつけることに成功していた。横目で見ると、マリアンナとケインがラニエルの幽閉場所に接近している。彼らも「魔法のオープンソース」で共有した技術を駆使し、結界を解析していた。


「これも『二つの世界の間に立つ者』の力だ」あなたは言った。「知識を独占するのではなく、共有する力。共に創造し、改良し、進化させる力」


あなたの言葉とは裏腹に、エリネアの儀式は着実に進行していた。七つの祭壇からの光が中央に集まり、天井に向かって伸びる青い光の柱はさらに強くなっていた。


「間に合わない...」あなたは焦りを感じた。


そのとき、部屋の隅からマリアンナの声が響いた。「成功したわ!」


彼女とケインが、解放されたラニエル王太子を支えていた。王太子は弱々しい様子ながらも、自分の足で立とうと努力している。


「何を...!」エリネアは激しい怒りに顔を歪めた。「やめなさい!儀式は中断できない!」


ラニエル王太子はゆっくりと顔を上げ、妹を見つめた。「エリネア...なぜだ」


その声は弱いながらも、威厳に満ちていた。


「あなたには理解できない」エリネアは冷たく答えた。「力の本質が」


「兄上」マリアンナが言った。「彼女は冠の儀式を偽り、世界の境界を破壊しようとしています。千年前の災厄を再び招こうとしているのです」


ラニエルの顔に悲しみが浮かんだ。「本当なのか、エリネア」


エリネアは答えず、代わりに魔法の力を高めることに集中した。儀式の光はさらに強くなり、部屋の空気そのものが震え始めた。


「彼に『空の涙』を渡しましょう」あなたは突然閃いた。「ラニエル王太子こそが、正統な継承者です」


「ペンダントを外すことはできません」ケインが警告した。「儀式の最中では危険すぎる」


「外す必要はありません」あなたは「魔法のアルゴリズム」の新たな可能性を思いついた。「『空の涙』の力を共有することができます...一時的にでも」


あなたは素早く魔法陣を描き直し、ペンダントからラニエル王太子へと青い光の糸を伸ばし始めた。


「王太子、手を」あなたは呼びかけた。


ラニエルはマリアンナに支えられながら、震える手を差し出した。あなたの作り出した光の糸が彼の指先に触れ、「空の涙」の力が彼の中に流れ込み始めた。


「何を...!」エリネアは恐怖の表情を浮かべた。「やめなさい!彼に力を与えてはいけない!」


彼女は攻撃の手を緩めず、新たな魔法の光をあなたに向けて放った。しかし、あなたの防御魔法はこれを完全に受け止め、ラニエルへの力の移行は続いていた。


王太子の体が徐々に青い光に包まれ始める。彼の弱々しかった姿勢が次第に強さを取り戻し、背筋が伸びていく。彼の瞳が青く輝き始め、「空の涙」の力を受け入れている証だった。


「私は...思い出した」ラニエルの声が部屋に響いた。「父上から教わった『冠の儀式』の本当の姿を」


彼はゆっくりと前に進み出た。もはやマリアンナの支えは必要なく、自分の力で立っている。


「エリネア、儀式を止めなさい」ラニエルは命じた。「これは王国の伝統を冒涜する行為だ」


「遅い!」エリネアは叫んだ。「儀式はすでに臨界点に達している。もう止められない!」


確かに、七つの祭壇からの光はより強く、より危険な様相を呈していた。部屋の中央上部には、現実そのものが引き伸ばされるような歪みが生じ始めていた。


「まだ間に合います」あなたは言った。「ラニエル王太子、あなたは王族の嫡男。『冠の儀式』を本来の形に戻すことができます」


「どうすれば...」ラニエルが尋ねた。


「儀式を乗っ取るのです」あなたは説明した。「『七つの天の断片』は強力ですが、それらはあくまで『空の涙』の断片。本体であるペンダントの力の前には従うはずです」


ケインが同意を示した。「その通りです。儀式の流れを変えるのです」


ラニエルは決意を固め、玉座に向かって歩き始めた。エリネアは弟の接近を阻止しようと魔法を放つが、あなたとマリアンナの防御魔法がこれを防いだ。


「やめて!」エリネアは叫んだ。「私の儀式を台無しにしないで!」


しかし、ラニエルは着実に玉座に近づいていった。彼の体から放たれる青い光はますます強くなり、あなたから彼への「空の涙」の力の流れが最大になっていた。


「これが正統な継承者の役割」ラニエルは静かに言った。「王国の秩序を守ること」


彼が玉座に触れた瞬間、儀式の光の流れに変化が生じた。七つの祭壇からの光が、エリネアからラニエルへと向きを変え始めた。


「不可能...!」エリネアは絶望の表情を浮かべた。


「正統な継承者の前には、偽りの儀式は無力なのです」ケインが説明した。「『冠の儀式』は王位の正当性を認める神聖な儀式。その本質に逆らうことはできない」


ラニエルは玉座に座り、両手を広げた。「私はラニエル・セラフィス、ガレノス王の長子にして正統な後継者。この儀式を本来の姿に戻し、王国の秩序を取り戻す」


その言葉と共に、儀式の魔法陣が変化した。危険な渦は徐々に安定し、世界の境界を破る力は和らいでいった。


「やった...!」マリアンナが安堵の声を上げた。


しかし、エリネアはまだ諦めていなかった。「これで終わりだと思わないで!」


彼女は最後の力を振り絞り、玉座に向かって突進した。その手には何かの武器が握られているように見えた。


「エリネア、やめなさい!」マリアンナが叫んだ。


あなたは咄嗟に「空の涙」の力を込めた防御バリアを展開した。青い光の盾がラニエルの前に現れ、エリネアの攻撃を阻止しようとする。


しかし、エリネアの動きは予想外に速く、彼女は部分的にバリアを突破した。彼女の手が弟に届きそうになった瞬間—


儀式の光が爆発的に強まり、部屋全体が青白い閃光に包まれた。


光が収まると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


エリネアは動きを止められ、青い光の束縛に捕らえられていた。ラニエルは玉座に座り、王者としての威厳を放っている。七つの祭壇は静かに輝き、儀式は本来の形—王位継承の儀式—に変わっていた。


「これが『冠の儀式』の本当の姿」ケインが静かに言った。「王の資質を試し、認める神聖な儀式」


ラニエルはゆっくりと立ち上がった。彼の頭上には青い光で形成された王冠が浮かんでいる。


「エリネア、私の妹よ」彼は厳粛な声で言った。「あなたの行動は王国とその民を危険にさらした。しかし、あなたは依然として我が家族だ」


エリネアは束縛されながらも、憎悪と敗北感に満ちた目で兄を見上げた。「いつか...必ず...」


「十分です」マリアンナが言った。「エリネア、あなたは裁きを受けることになります」


儀式の光が完全に収まり、部屋は通常の状態に戻りつつあった。七つの祭壇の上の「天の断片」はもはや危険な輝きを放っておらず、単なる青い石に戻っていた。


ラニエルがあなたに近づいてきた。「あなたが...マリアンナの息子ですね」


「はい、王太子」あなたは深く頭を下げた。


「いや、もう王だ」ラニエルは微笑んだ。「『冠の儀式』が私を認めた。あなたの助けなくしては、これは不可能だった」


あなたは照れくさそうに微笑んだ。「私は使命を果たしただけです。『二つの世界の間に立つ者』として」


ラニエルは深く頷いた。「二つの世界の知恵...それがなければ、今日の勝利はなかった」


彼はマリアンナとケインにも感謝の言葉を述べ、そして再びあなたに向き直った。


「レイン・ファロス...いや、『二つの世界の間に立つ者』よ。願わくば、この王国の再建に力を貸してほしい」


あなたはマリアンナとケインを見た。彼らの顔には誇りと喜びが浮かんでいた。


「喜んで」あなたは答えた。「『魔法のアルゴリズム』の力を、王国の繁栄のために使わせてください」


ラニエルは笑顔で頷いた。「新たな時代の幕開けだ」


王の間の大きな窓から、朝日が差し込み始めていた。新しい日の始まり、そして新しい王国の誕生を告げるかのように。


「さて」あなたは思った。「まだやるべきことがある」

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