第40話

# 異界の日常 — 塔の闇へ


夜空に浮かぶ月は、時折雲に覆われ、王都へ向かう一行を闇の中に隠してくれた。あなたたちは城壁の外側を静かに進み、北塔へと近づいていった。


ヴォルクが先導し、リーナとアシュが周囲を警戒している。ローガンはあなたの横で、時折進路について助言を与えていた。残りのメンバーは、それぞれの役割に応じた位置で動いていた。


「あそこだ」ヴォルクが小声で言い、城壁の一部を指さした。「北塔の西側排水路の入口」


月明かりが雲間から漏れ、一瞬だけ北塔の姿が浮かび上がった。それは巨大な石造りの塔で、城壁に組み込まれ、幾つもの小さな窓と、頂上に監視台を持っていた。


あなたたちは城壁の影に隠れながら、排水路の入口へと近づいた。それは地面近くに開いた、人がやっと這って入れるほどの小さな穴だった。長年使われていない様子で、入口は草や土で一部隠されていた。


「エラ、先行してくれ」ヴォルクが命じた。


若い女性が頷き、小さなナイフで周囲の草を切り落とし、入口をきれいにした。


「魔法の痕跡は?」ヴォルクがジャスパーに尋ねた。


老魔法使いは目を閉じ、手を排水路の入口に向けた。「微弱な監視魔法があるが、長年メンテナンスされていないようだ。簡単に無効化できる」


彼は小さな魔法の詠唱を唱え、入口に何かの粉を振りかけた。「これで一時的に眠らせた。急いで」


アシュとエラが先に入り、その後をあなたたちが続いた。排水路の中は狭く、湿っていて、かび臭い匂いがした。背中を低くして進まなければならなかったが、二人の盗賊は手慣れた様子で前進していた。


「気をつけて」アシュが囁いた。「床は滑りやすい」


ペンダントが温かくなり、アズライトがあなたに語りかけた。「この先に魔力を感じる。北塔の基礎部分に近づいているわ」


あなたは小声でローガンに伝えた。「塔の魔力が近い。警戒を」


約100メートルほど進んだところで、排水路は小さな空間に開けた。そこには金属の格子があり、その向こうには塔の地下室らしき場所が見えた。


「鍵を解除する」エラが言い、小さな道具を取り出した。


しかし、あなたは手を上げて止めた。「ここから先は魔法の警報があるかもしれません。私に調べさせてください」


あなたは「拡張感知」を使い、格子とその先の空間を探った。確かに、薄い魔法のエネルギーの膜が格子全体を覆っているのが感じられた。


「触れると警報が鳴る魔法の膜があります」あなたは報告した。「まず、それを無効化する必要があります」


ジャスパーが感心したように頷いた。「見事な感知能力だ。その魔法障壁はかなり巧妙に隠されている」


あなたはアズライトのアドバイスを受けながら、「共鳴破壊」のモジュールを準備した。


_障壁の周波数を分析..._

_逆位相のエネルギーを生成..._

_共鳴点に集中..._


ペンダントから微かな青い光が漏れ、あなたの指先から細い光の糸が伸び、格子を覆う見えない魔法の膜へと触れた。光の糸は網目状に広がり、魔法の構造を明らかにしていく。


「複雑な警報魔法だ」あなたは集中しながら言った。「でも、弱点が見えてきました」


アズライトの力があなたを導き、光の糸は特定の点に集中していった。「ここだ」


魔法の節目に光が集中すると、魔法の膜全体が微かに震え、やがて音もなく消失した。


「見事だ...」ジャスパーはほとんど息をするのも忘れていたように言った。「正統的な魔法の訓練を受けていないのに、そこまでの技術を」


「今よ」あなたは言った。「魔法は一時的に無効化しました。急いで」


エラが素早く鍵を解除し、格子を開けた。一行は次々と塔の地下室へと入っていった。


内部は薄暗く、冷たい空気が漂っていた。石造りの壁と床、数少ない松明が廊下を照らしている。明らかに塔の貯蔵庫か、あまり使われていない場所のようだった。


「ここからどこへ?」あなたはヴォルクに尋ねた。


「地下牢は二つ下の階層」リーナが答えた。「この階段を下りていく」


彼女が指し示したのは、部屋の隅にある螺旋階段だった。石で作られ、古く見えるが、使用されている形跡があった。


「私が先行し、リーナが後衛」ヴォルクが命じた。「レインとローガン、その後に続け。他のメンバーは状況に応じて動け」


全員が頷き、静かに階段への移動を始めた。


「待って」あなたは小声で言った。「先に『拡張感知』で確認させてください」


あなたはペンダントに手を当て、意識を下の階層へと伸ばした。アズライトの力が増幅され、あなたの感覚は石壁を貫いて下へと広がっていった。


「下の階には...二人の警備員がいます」あなたは目を閉じたまま報告した。「廊下の端で、何かを話しています。その先は...もう一つの階段があり、さらに下に続いています」


ヴォルクとリーナは驚いたように視線を交わした。


「正確だ」リーナが頷いた。「その配置は私の情報と一致している」


「警備員を避けるには?」ローガンが尋ねた。


「私たちの『隠密移動』モジュールで対応できます」あなたは提案した。「光と音を制御することで、彼らの注意を引かずに通過できるでしょう」


アシュとエラは不思議そうな表情で、あなたを見た。「魔法で姿を隠せるのか?」


「完全には隠せませんが、注意を逸らすことはできます」あなたは説明した。「彼らの視線が私たちに向かないよう、魔法で意識を操作するのです」


ヴォルクは考え込み、頷いた。「やってみろ。だが、失敗したらすぐに行動できるよう準備しておく」


あなたはローガンに頷き、二人で「隠密移動」のモジュールを準備した。ペンダントから青い光が微かに漏れ、やがてあなたたちの周りに薄いヴェールのようなものが形成された。


「これで準備完了です」あなたは言った。「静かについてきてください」


一行は慎重に階段を下り始めた。冷たい空気と、遠くで滴る水の音だけが聞こえる。


階段を降りきると、予想通り長い廊下があり、その端に二人の警備員が立っていた。彼らは鎧を着け、剣を下げている。退屈そうに会話をしているが、明らかに警戒はしている。


「今だ」あなたは小声で言った。「ゆっくりと、急な動きはしないで」


あなたは「隠密移動」の魔法を最大限に強化し、一行全体を包み込んだ。警備員たちの意識から滑り落ちるような感覚を作り出す。彼らの目はあなたたちの方を向いても、何も見ていないかのように焦点が合わない。


一行は壁に沿って、ゆっくりと進んだ。警備員のすぐ横を通り過ぎるとき、あなたは息を止めた。アズライトの力が魔法を安定させ、あなたたちの存在を薄めている。


警備員の一人が突然、あなたたちの方向を向いた。「何か聞こえなかったか?」


もう一人が肩をすくめた。「ネズミだろう。この古い塔は害獣だらけだ」


彼らの視線はあなたたちの上を通り過ぎ、再び元の会話に戻った。


無事に通過し、次の階段へとたどり着いたとき、全員がほっと息をついた。


「驚くべき魔法だ」ヴォルクが小声で言った。「こんな近くを通っても気づかれなかったとは」


「これが『空の涙』の力...」ジャスパーも感嘆の声を上げた。


「まだ終わっていません」あなたは言った。「ケインがいるのは最下層です」


一行はさらに階段を下りていった。空気はより重く、湿っていた。明らかに地下深くに入ってきている。


最下層に到達すると、そこは完全に牢獄だった。鉄格子の独房が並び、松明の光が不気味な影を作り出している。


「『特別監視室』はどこですか?」あなたはリーナに尋ねた。


「最も奥」彼女は指さした。「あの扉の向こうだ」


廊下の端には、普通の独房とは異なる重厚な扉があった。その周囲には明らかな魔法の輝きが見える。


「強力な結界だ」ジャスパーが警告した。「通常の方法では突破できない」


あなたは「拡張感知」でその魔法を探った。複雑に織り込まれたエネルギーの層が、扉全体を覆っていた。これは単純な警報ではなく、侵入者を攻撃する防衛魔法も含まれていた。


「ここからは私とローガンで行きます」あなたは決断した。「他の皆さんは、少し下がってください。魔法が暴走した場合に備えて」


ヴォルクは躊躇ったが、最終的に同意した。「気をつけろ。我々は退路を確保しておく」


あなたとローガンは扉に近づき、対策を練った。


「アズライト、この魔法の構造は?」あなたは心の中で尋ねた。


「複雑ね」彼女の声が応えた。「多層構造の防衛魔法。一点を突破しても、別の層が発動する仕組みよ」


「すべてを一度に無効化する必要がある」あなたは結論づけた。


ローガンにも状況を説明し、二人で作戦を立てた。あなたが「共鳴破壊」で魔法の構造を弱体化させ、同時にローガンが特殊な魔法消去の呪文を唱える。二つの手法が組み合わさることで、複雑な結界も突破できるはずだ。


「準備はいい?」あなたはローガンに確認した。


彼は頷き、魔法の詠唱を始めた。あなたもペンダントを手に取り、「共鳴破壊」のより高度なバージョンを構築した。


_多層構造の分析..._

_各層の共鳴周波数を特定..._

_連鎖的崩壊の経路を設計..._


アズライトの力が全面的にあなたを支え、意識の中で魔法の構造が完全に見えるようになった。あなたの指先から青い光の網が広がり、扉の魔法結界全体を包み込んでいく。


同時に、ローガンの詠唱が高まり、彼の手から紫がかった光が放たれた。二つの魔法が交わる瞬間、あなたは最後の力を込めた。


「今だ!」


結界全体が震え、まるでガラスのように亀裂が広がっていった。一瞬の閃光の後、魔法のエネルギーが霧のように散り、消えていった。


「成功した...」ローガンは驚きと安堵の表情を見せた。


扉の魔法は解除されたが、まだ物理的な鍵が残っている。あなたはシィラから受け取った「開錠の鍵」を取り出した。銀色に輝くそれを鍵穴に近づけると、形が変化し、鍵穴にぴったりと合うようになった。


「これで最後だ」あなたは小声で言った。


鍵を回すと、重い扉がゆっくりと開いた。そこは小さな部屋で、中央に一つだけ鉄格子の独房があった。薄暗い松明の光の中、一人の人影が壁に寄りかかって座っていた。


「父...?」あなたは震える声で呼びかけた。


人影が顔を上げ、疲れた目があなたを見つめた。長い白髪交じりの髪と髭、痩せこけた体。しかし、その目には鋭い知性の光が残っていた。


「レイン...?」彼の声はかすれていたが、明らかな驚きと希望が混じっていた。「本当にお前か...?」


「はい、父さん」あなたは独房に駆け寄った。「助けに来たんです」


ケイン・ファロスの目に涙が浮かんだ。「来ると信じていたよ...」


ローガンも近づき、独房の鍵を調べた。「これも魔法で守られている」


あなたは再び「開錠の鍵」を使おうとしたが、シィラの言葉を思い出した—「一度だけ使える」。すでに使ってしまったのだ。


「私の魔法で」あなたは言った。「『共鳴破壊』をより小さく、精密に使えば」


ペンダントから再び青い光が漏れ、鍵に集中した。瞬く間に鍵は壊れ、独房の扉が開いた。


あなたは急いでケインの元へ駆け寄った。彼の体は冷たく、弱っていた。腕や足には拷問の痕跡が見える。


「父さん、大丈夫ですか?」


「生きてはいる...」彼は微笑もうとしたが、痛みに顔をゆがめた。「でも...すぐには歩けないだろう」


あなたは「治癒」の魔法を準備した。「少し楽にします」


青い光があなたの手から広がり、ケインの体を包み込んだ。「生命力活性化」のモジュールが作用し、彼の最も深刻な傷から治癒していく。


「なんという...力だ」ケインは驚きの表情を見せた。「お前は成長した...」


「後でゆっくり話しましょう」あなたは言った。「今は脱出が先決です」


治癒の魔法を終えると、ケインは力を取り戻したように見えた。完全ではないが、ローガンの助けを借りれば歩けるだろう。


「皆さん、見つけました!」あなたは部屋の入口で待つ仲間たちに呼びかけた。


ヴォルクと他のメンバーが急いで入ってきた。サラはすぐにケインの状態を確認し、簡単な治療を始めた。


「予想より良い状態ね」彼女は言った。「あなたの魔法のおかげでしょう」


「急いで」ヴォルクが促した。「警備の交代時間が近い。それまでに脱出しなければ」


一行はケインを支えながら、来た道を戻り始めた。あなたは「隠密移動」の魔法を再び展開し、一行全体を包み込んだ。


ケインはあなたの横で、小声で言った。「レイン...ペンダントは?」


「ここです」あなたはペンダントを見せた。


彼の目に安堵の色が広がった。「よかった...それが鍵だ」


「鍵?」


「後で説明する」彼は言った。「今は...逃げることに集中しよう」


一行は慎重に階段を上り、再び二人の警備員がいる階層に到達した。先ほどと同じように「隠密移動」の魔法で彼らの注意をそらし、無事に通過しようとしていた。


しかし、ケインの足が弱り、わずかにつまずいた音が響いた。


「誰だ!」警備員の一人が叫び、剣を抜いた。


「逃げろ!」ヴォルクが命じた。「アシュ、エラ、煙幕を!」


二人の盗賊が何かの小さな球を投げると、廊下全体が濃い煙に包まれた。混乱の中、一行は急いで階段を駆け上がり、排水路の入口を目指した。


後ろから叫び声と足音が聞こえてきた。警報が鳴り響き、北塔全体が騒然となっていく。


「急いで!」ローガンがケインを支えながら言った。


一行は排水路の入口に到達し、次々と潜り込んでいった。あなたとローガンがケインと共に最後尾につき、他のメンバーが先行する。


「来るぞ!」リーナが振り返って警告した。


足音が近づいていた。あなたは最後の手段として、「環境操作」のモジュールを使い、入口付近に濃い霧を生成した。視界が遮られ、追手の速度が落ちるだろう。


全員が排水路に入り、必死の思いで這って進む。ケインは弱っているが、生存本能からか驚くべき力を振り絞っていた。


「あと少しだ」ヴォルクが前方から声をかけた。


ようやく排水路の外側の出口に到達したとき、全員が安堵の息をついた。しかし、遠くから角笛の音が聞こえてきた。


「警報だ」リーナが言った。「北門が封鎖される前に、森に逃げなければ」


一行は夜の闇に紛れ、北の森を目指して走り始めた。ケインはあなたとローガンに支えられ、懸命についてきていた。


「あとどれくらい?」あなたはヴォルクに尋ねた。


「森の端まであと500メートル」彼は答えた。「そこからさらに隠れ家までは1キロほど」


城壁の上で松明が次々と灯され、追手たちの声が聞こえてきた。彼らはまだ方向を特定できていないようだが、時間の問題だろう。


「最後の力を」あなたは言った。「『隠密移動』を最大限に」


あなたはペンダントから最大限の力を引き出し、一行全体を包み込むより強力な隠蔽魔法を展開した。アズライトの力が全面的にあなたを支え、通常なら限界を超える魔法の維持を可能にしていた。


「凄い力だ...」ケインが驚いたように呟いた。「お前は本当に目覚めたんだな」


「父さん?」


「その力の真の源...『空の涙』の精霊と対話しているだろう?」


あなたは驚いてケインを見た。「知っていたんですか?」


「もちろんだ」彼は小さく微笑んだ。「『空の守人』として、私はその秘密を守ってきた。そして...お前がその絆を結ぶ日を待っていた」


「アズライト...」


「そう、彼女の名前はアズライト」ケインは頷いた。「古の守護者...」


会話の続きは後回しにせざるを得なかった。一行は森の縁に到達し、木々の影に隠れていった。追手の声はまだ聞こえるが、距離は開いている。


「このまま隠れ家へ」ヴォルクが言った。「マリアンナ様が待っておられる」


あなたは最後に振り返り、北塔を見た。塔の上層では松明が動き回り、兵士たちが必死に逃亡者を探している。エリネアの計画を一時的に挫いたことは確かだが、戦いはまだ始まったばかりだった。


「行こう」あなたはケインに言った。「母...マリアンナ様があなたを待っています」


ケインの目に涙が浮かび、頷いた。「久しぶりだ...彼女に会うのは」


森の中へと進みながら、あなたは今夜の成功を噛みしめていた。父ケインの救出、そして「空の涙」の秘密に一歩近づいたこと。しかし、これは長い旅の始まりに過ぎない。


「よくやった」アズライトの声があなたの心に響いた。「最初の試練を乗り越えたわ」


「ありがとう」あなたは心の中で応えた。「君の力があってこそだよ」


「これからよ」彼女は言った。「本当の戦いは、これから始まるの」


ペンダントが胸元で温かく脈打ち、あなたの決意を強めた。次なる挑戦に向けて、準備は整いつつあった。

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