第18話

# 異界の日常 — 力の本質


計画会議が終わり、人々が三々五々と散り始めた地下室で、あなたはローガンを探した。彼は角の小さなテーブルで何かの文書を整理していた。若く引き締まった体つきで、短く刈り込んだ茶色の髪と鋭い緑色の瞳が印象的な男性だ。


「ローガン」あなたは近づいて声をかけた。「少しよろしいですか?」


彼は顔を上げ、微笑んだ。「もちろんです、レイン様」


「『様』はやめてください」あなたは苦笑した。「まだ自分がそんな立場だという実感がありません」


ローガンは肩をすくめ、椅子を引いてあなたを座るよう促した。「わかりました。それで、何かご質問があるのですか?」


「はい」あなたは座りながら、ペンダントを取り出した。「この『空の涙』の力について、基本的なことを教えていただけないでしょうか。明日の訓練の前に、少しでも理解しておきたくて」


彼は興味深そうに身を乗り出した。「『空の涙』...王族の血を引く者だけが使える力です。私はその力を使うことはできませんが、理論的な研究は重ねてきました」


「では、この力は具体的にどのようなものなのですか?」


「簡単に言えば」ローガンは説明し始めた。「『空の涙』は世界の根源的なエネルギーと繋がる力です。私たち魔法使いは長年の訓練で魔力を操りますが、王族の血を引く者たちは生まれながらにしてより深い次元と繋がっている」


彼は小さな蝋燭を取り、テーブルの上に置いた。


「一般的な魔法使いなら、この蝋燭に火を灯すために呪文と集中が必要です」彼は指を蝋燭に向け、短い言葉を唱えると、小さな火が灯った。「しかし、『空の涙』の力を持つ者は...」


彼は火を消し、あなたを見た。「思いだけで現実に働きかけることができるのです。願いと現実の間の壁が、著しく薄いと言えるでしょう」


あなたはペンダントを見つめた。「森の中で試した時、青い光の糸のようなものを作り出すことができました。でも、すぐに疲れてしまいました」


「それは自然なことです」ローガンは頷いた。「どんな力も、使いこなすには練習が必要です。肉体を鍛えるように、この力も鍛えることができます」


「この力の限界は...?」


ローガンは少し躊躇った。「伝説によれば...非常に大きなものです。古代の記録には、山を動かし、川の流れを変え、嵐を鎮めた王の話があります」


「そんなことが可能なのですか?」あなたは驚いて尋ねた。


「可能性としては」彼は慎重に言葉を選んだ。「しかし、重要なのは力の大きさではなく、制御する能力です。力が大きいほど、制御も難しくなります」


彼は立ち上がり、小さな木箱を取ってきた。開けると、中には様々な色と形の石が入っていた。


「訓練はこういった小さなものから始めます」彼は赤い石を取り出した。「まずは物体を動かすこと。次に形を変えること。そして最終的には、存在そのものに働きかけること」


「存在そのものに...?」


「例えば」ローガンは赤い石を見つめた。「この石が常に赤いのは、それが石の本質だからではなく、光がそう見せているだけです。『空の涙』の最も深い力は、そうした『本質』に働きかけることができる」


あなたは考え込んだ。「私の世界なら、それは物理法則の操作と言えるかもしれません」


「面白い表現ですね」ローガンは興味深そうに言った。「では、あなたの世界の『物理法則』とは何ですか?」


あなたは説明を試みた。「私たちの世界では、全ての現象は特定の法則に従っています。重力、熱、光...それらは厳密な規則に従って振る舞います。そして、それらを研究し理解することで、技術を発展させてきました」


「それは魔法の研究と似ていますね」ローガンは頷いた。「私たちも魔法の法則を研究し、理解しようとしています。違いは、あなたの世界では誰もが同じ法則に従うのに対し、この世界では一部の者だけが特別な力を持っているということでしょうか」


「そうかもしれません」あなたは同意した。「しかし、もし魔法にも何らかの法則があるなら、それを理解することで...」


「より効率的に使えるかもしれない」ローガンが言葉を継いだ。「それが明日からの訓練の焦点になるでしょう。あなたが持つ二つの世界の視点を融合させること」


あなたはペンダントを再び手に取り、その感触を確かめた。「ペンダントがなぜ必要なのですか?力はこの宝石の中にあるのですか?」


ローガンは首を横に振った。「いいえ、力はあなたの中にあります。ペンダントは...橋のようなものです。あなたの内なる力と世界を繋ぐ通路。集中するための道具であり、同時に制御するための抑制器でもあります」


「抑制器?」


「歴史上、制御を失った『空の涙』の使い手がいました」ローガンの表情が暗くなった。「その結果は...壊滅的でした。ペンダントは力を導くと同時に、安全に使えるよう抑制する役割も果たしています」


「山本健太としての私の意識がこの力にどう影響するのだろう...」あなたは考え込んだ。


「それは興味深い問いですね」ローガンは熱心に言った。「あなたの異なる世界の経験が、力の使い方に新たな視点をもたらすかもしれません。明日の訓練では、それも探っていきましょう」


彼は立ち上がった。「今夜はゆっくり休んでください。明日からは厳しい訓練になります」


あなたも立ち上がり、感謝の意を示した。「ありがとう、ローガン。少し理解が深まりました」


部屋を出る前に、もう一つの疑問が浮かんだ。「ローガン、マリアンナ様は『空の涙』をどのように使っているのですか?」


彼はしばらく黙った後、答えた。「彼女は...特別です。『空の涙』の使い手の中でも、群を抜いています。彼女の力は主に『見る』ことと『繋ぐ』ことに向けられています。未来の断片を見たり、離れた場所を感じたり...」


「だから彼女は私を見つけることができたのですね」


「そうでしょう」ローガンは頷いた。「そして、それはエリネアも同様です。彼女も強力な『空の涙』の使い手。二人は姉妹ですから」


あなたは驚いた。「エリネアとマリアンナは姉妹なのですか?」


「はい」ローガンは深刻な表情で言った。「姉妹でありながら、まったく異なる道を選んだ二人。一人は力を支配のために使い、もう一人は自由のために...明日、あなたはどちらの道を選ぶのか、その第一歩を踏み出すことになります」


彼の言葉が、あなたの心に重く響いた。

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