「赤いベンチにて。」
*名前 碧生(あおい)、千秋(ちあき)、百花(ももか)、恵美(えみ)
登場人物 碧生(男)、千秋(女)、百花(女)、おじいちゃん(男)、おばあちゃん(女)、中年(男)、係員(男)、恵美(女) 男4 女4
ベンチの前に座ってる碧生。右から千秋が歩いてくる。
碧生 お、千秋。
声をかけて、びくつく千秋。
千秋 びっくりしたぁ。碧生じゃん!久しぶりだね。何年ぶりだろう。
碧生 久しぶりだな。お前も散歩か。一人で?
千秋 まぁ、そんなとこ。碧生も?
碧生 あぁ、俺は付き添い。ほらあそこにいるだろ。
碧生は観客席の方に指をさす。
碧生 あいつの付き添い。
千秋 へぇ、隣いい?
碧生 いいよ。
ベンチの前で二人、あぐらをかく。
碧生 最近顔見せなかったけど、お前何してたの?山にこもってたのか?
千秋 そんな修行みたいなことしないよ。普通に森で暮らしてる。
碧生 あんま変わんねぇな。てかさ、最近秋なくない?
千秋 よく言うよねそれ、確かに夏が終わったかと思ったらすぐに寒くなるもんね。
碧生 そうだよ、俺の家にはエアコンがついてないもんだから、ストーブの前に居座るしか対処ができないわけ。
千秋 それは困りもんだね。うちの施設では...あ。
手で口を押さえる。
碧生 施設?
千秋 あ、いや、ごめん。なんでもない。
碧生 ...まぁいいや、俺いろいろ思うところあるんだけどさ、人間の悩みってちっぽけなもんなんだと思うんだよ。
千秋 急に哲学チックだね。なんでそう思うの?
碧生 いやまぁ、これは言ってもいいか。あいつ、鬱らしいんだ。
碧生は再び観客席に指をさす。
千秋 え、あんな笑顔で木に登ってる人が?
碧生 全然見えないだろ?そういう人が案外抱えたりするんだってな。
千秋 へぇ。
碧生 多分、普通の人は、元気にはしゃいでるただの中年だと思うかもしれない。でも、俺からしてみれば、あんな笑顔で木に登ってることが奇跡に見えるんだよ。
千秋 猿みたいだね。
碧生 そこまで言ってねぇよ。...鬱の原因は失恋だそうだ。人間は恋愛に弱い。
千秋 失恋。
碧生 あいつ、浮気されたらしい。
千秋 あちゃー、それはきついな。
碧生 何やら香水の匂いが忘れられないらしい。
千秋 え、きも。香水の匂いが忘れられない?なんか犬みたいだね。
碧生 あと、その彼女の服装やら音楽に影響を受けて、サブカルにハマって、興味もないバンドのステッカーとかを、パソコンに貼っちゃったから、昨日泣きながらはがしてたな。
千秋 生々しいね。急に具体的なエピソードが出てくるじゃん。え、だからあんな奇抜な服着てんの?
碧生 そう。
千秋 なんか、求愛行動中のキジみたいな服だね。
碧生 千秋...お前例えで、桃太郎完成させようとしてる?
千秋 偶然だって。
碧生 さっきから、犬だの猿だのキジだの、じゃあ人間のあいつが桃太郎か?別れた彼女のサブカル趣味にハマって聞いたこともないようなバンドの失恋ソング聞いてる桃太郎なんて誰も見たくねぇよ。どうせ、あいつの別れた彼女もろくに楽器なんて触ったこともないくせに、ベース弾いてるウルフカットのやつと浮気したんだろ。
千秋 落ちついて落ち着いて、特定できるくらいの恨みが出てるよ。碧生、鬼ヶ島の形相してる。
碧生 鬼の形相だろ!やかましいわ!
百花が、おじいちゃんとおばあちゃんの背中に手を添えて、歩いてくる。
千秋 あれ、百花じゃん!なにしてんの?
碧生 え、噓、なに?もも?
百花 あ、千秋?(千秋に耳打ちしながら)こんなとこいて大丈夫なの?
碧生 どなた?
千秋 森であった友達。
碧生 クリストファーロビンしか言っちゃだめだからねそんなセリフ。そのうち黄色い熊連れてきそうだな。
百花 ねぇ千秋、早く戻った方がいいよ。あの連中、さっき街中を血眼で探し回ってて、何事かと思ったけど、千秋のことだったんだ。
碧生 連中?やっぱお前なにかあったんだな。
百花 もうじきここまでくるよ。ほら、千秋の足、土がついちゃってるもん。
千秋 あれ、本当だ。
千秋は俯きながら答える。百花と千秋の口喧嘩が始まる。
観客席の方を見つめる、おじいちゃんおばあちゃんの二人。
千秋 もういいか、私、脱走してきちゃって、もう、あんなとこ嫌。いいよね百花は里親が見つかって、施設でも頭よかったもんね。
百花 そんな言い方ないでしょ、私だって頑張ったんだよ。頑張ったから、今こうやって里親が見つかったんじゃない!
千秋 うるさい!あーわかった、どうせ、係員の人に色目使ったんでしょ。そのかわいい声色で騙したんでしょ!
百花 くっ、あんたね。そうだ、あんたが施設でなんて呼ばれてたか知ってる?濡れた野良犬!ずっとめそめそして、どこほっつき歩いてるかわからないからそう言われてたんだよ!
千秋 百花のバカ!もう知らない!あんたもう勝手にすれば!その老人も、どうせ長くはもたないでしょうけどね!
百花 ねぇこの人たちは関係ないでしょ!
千秋 うるさい!
怒りながら泣きそうになる千秋。手で顔を覆う千秋。言い過ぎたと思い、反省する仕草をする百花。
碧生 千秋、そこまでにしとけ、百花さんも。千秋、何があったかは聞かない。だけど、あんまりそういうことは言うな。ほら、百花さんのおじいちゃんおばあちゃんも聞いてるぞ。
木に登っている中年を注意深く見る老人二人。
碧生 いや、聞いてねぇなこれ、絶対木に登ってるやつ見てるわ。今のうちにお前らちゃんと謝れ。
目をこする千秋。
千秋 ...ごめん、言い過ぎた。
百花 いいよ、じゃあ、そろそろ行くから。百花も、その、頑張ってね。
千秋 ...うん、ありがとう。里親に拾ってもらえるように頑張る。
百花は、おじいちゃんおばあちゃんの背中に手を添え、こっちですよーっと言いながら立ち去る。
碧生 やっぱさっきの聞き間違いじゃなかったか、施設。
千秋 ...うん。でも、百花と会って、そろそろ戻った方がいいかなって思えてきた。
碧生 おお、なんというか、それはいいことだな。脱走してるなら戻った方がいい。
千秋 でも、もう少し、ここにいてもいい?
千秋は碧生と目を合わせる。
碧生 べ、べつにいいけど。
わかりやすいくらい動揺する碧生。アナウンスで「ここを通った形跡があるぞ!周辺を探せ!」と、係員と思われる男性の声が流れる。
千秋 まずい、あいつら近くまで来ちゃってる。
碧生 ...そろそろ、いかないとじゃないか。
千秋 まだ、まだここにいたい!
碧生 なんでだよ、戻るって、言ってたじゃないか。
千秋 だって、それは。
数秒の無言。
碧生 なぁ、千秋
千秋 ねぇ、碧生
二人の言葉が重なり、気まずい時間が流れる。
碧生 先どうぞ。
千秋 いやいや、先にどうぞ。
アナウンスで「この道の先にあいつが歩いてきたと思われる土が残っている!この先だ!」と、係員と思われる男性の声が流れる。
千秋 あぁ、もう時間だ。行かなきゃ。
碧生 ...その前に俺、お前に言わなくちゃ...
千秋が遮る。
千秋 また!...また会った時、続きの言葉を言って。お願い。
碧生 ...わかった。
千秋 じゃあ、またね。
碧生 あぁ。
千秋が走り去る。碧生は目で追う。
碧生 神頼み、だな。
碧生が独り言を呟いた数秒後に中年が帰ってくる。常軌を逸した、派手な服装で碧生と会う。中年はぐったりとした様子でベンチに腰掛ける。
中年 いやぁ、楽しかった!!
碧生 それは良かったな。
中年 じゃあ、帰るか。
碧生 ああ。
一人の係員が息を切らして走ってくる。
係員 はぁ、はぁ、すいません。ちょっと捜査のご協力をお願いできますでしょうか。この子を、見ませんでしたか?
写真を持って、中年の顔の前に見せつける。
中年 すごい可愛いですねこの子。でもこんな子見てないですねぇ、なにぶん、わたくし、木に登っていたもんですから。
係員 え、え、木に?それにしてもすごい服装ですね。
中年 いや、それほどでもないですよ。
と満更でもなさそうに照れる様子。
係員 別に褒めてないですけど。...あれ?
地面を凝視する係員。
係員 あ!
中年 びっくりした、どうしたんですか?
係員 土の跡がこの先に続いている!
係員はトランシーバーで、他の係員に伝える。
係員 こちら、五橋。この先にいると思われる。応援を頼む!
走り去ろうとする係員を中年が止める。
中年 ちょっと待ってください。あなたたちは何ですか?警察ですか?
係員 いいえ、僕らは動物保護団体です。今脱走した犬を捜索中でして、もしこの犬を見かけたら通報をお願いします。
中年 わかりました。頑張ってください。
係員 はい、ありがとうございます。では。
走り去る係員。
中年 すごいなぁ、脱走する犬なんているんだ。まぁいいや、疲れたし帰ろう碧生。いい脚本が書けそうな気がする。
碧生 ワン!
中年がベンチに繋がれたリードを外すような仕草をする。
碧生は歩くときに四つん這いになって中年と歩く。
中年はリードを持ったような仕草で、四つん這いになった碧生と歩き去り、
劇場が暗転する。
〇
シーンは変わり、ベンチの前で座り込む碧生。
そこに、里親と散歩している千秋が歩いてくる。
碧生 あ、千秋。
千秋 碧生、久しぶり。
碧生 その人、新しい里親?
千秋 うん、里親の恵美さんって人。すごい優しいの。
恵美 あら、二人とも挨拶しているの?かわいいわんちゃんね。千秋ちゃんとも相性よさそうじゃない。歩き疲れたし、ちょっと休憩しようかしら。
恵美はベンチに座る。千秋はベンチの前、碧生の隣に座る。座ったあと、少し碧生の方に身を寄せる。
碧生 良かった。
千秋 ねぇ、覚えてる?
碧生 え?なんのこと?
千秋 なんだ、覚えてないんだぁ。
と、わざとらしく、そっぽを向く。
碧生 噓うそ、覚えてるよ。
派手な格好をした中年が戻ってくる。ベンチに座る。
千秋 まだこの人派手な格好してるの?
と、半笑いで。
碧生 あぁ、まだ、忘れられないらしい。
恵美はぎょっとして、話しかける。
恵美 え、もしかしてこの服、ギルティマックスの服ですか?
中年 え、あ、はい、そうですが。あなたギルティマックス知ってるんですか?
恵美 知ってるも何も大ファンなんですよ!周りの友達は全然知らなくて、ええ、こんな身近にギルティマックス好きな人いるんだ!
中年 いや、僕の周りにもいないので、意外ですよ。
と数秒間二人で笑いあう。
中年 うわ寒っ!、ここ最近冷えますよねぇ。
恵美 ですねぇ、最近秋なくなりましたもんね。
中年 それよく言うよくやつですよ。確かに夏が終わったかと思ったらすぐに寒くなりますもんね。
恵美 ですよねぇ。
中年 そう言えば...そのワンちゃん、どこかで見たような。
恵美 え、あー、なんか前に保護施設から脱走したとかで、ここら辺にチラシ貼られてましたから、おそらくそれで見たんでしょう。
中年 あぁ、きっとそれですね。
恵美 あのぉ。
中年 はい?
恵美 もしよろしければ、私の家で、お茶しません?家五橋にあって、すぐ近くなんですよ。ギルティマックスについてもっと語りたいですし。外は寒いですし。ほら、ワンちゃんたちだって、もうこんなに仲良しですし。...どうですか?
中年 い、いいですよ。行きましょう。その前に少しだけ歩いてもいいですか?
恵美 もちろん。私も付き合いますよ。そうだ、二人で歩きましょうよ。
立ち上がり、歩き去る二人。場面はベンチの前の二人だけ。
碧生 ...寒いな今日。
千秋 ...寒いね今日。
碧生 なぁ、千秋。
千秋 ん?なに?
碧生 千秋の家、エアコン付いてる?
暗転して劇が終わる。
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