第34話 沼地の魔女



 フェイワールドの荒野にいたオーガを倒した深山祐介率いるチームは、首飾りの牙が次の子供を示すのを待つ。


 ゴツゴツとした岩が突き出した殺風景な地形は、黄金の草原の甘い香りを消し、乾いた土埃が喉を刺す。


 ねじれた木々が影を揺らし、空の雲が目のような形でじっと見つめる錯覚を与える。陽光は冷たく、風は不協和音のような唸りを帯びる。



「怪我の具合はどうだ?」


 深山が振り返り、チームを見回す。腰の釵がカチャリと鳴り、ハンターレザーの篭手が汗で軋む。オーガの棍棒で吹き飛ばされた雷熊山と園田の傷が気になる。


「美幸のヒールでだいぶ楽になったぜ。ガハハ、肋骨がミシミシ言わねえ!」


 雷熊山が腹をパァンと叩き、汗で光る巨体を揺らす。革のズボンが陽光に輝き、力士の豪快さが戦場の重さを吹き飛ばす。


「クレリックマジックのヒール、助かりました。傷は塞がりましたが、動きはまだ鈍い」


 園田が長巻を肩に担ぎ、示現流の姿勢で答える。刃に残るオーガの血糊が陽光に鈍く光り、戦士の目は次の危険を見据える。


「皆、ポイントに余裕があるならステータスあげた方がよくない?」

「そういえばそんなのがあったな」


美幸の提案を聞いて、深山がクエストカウンターを覗く。オーガ戦で更新されたカウント「25/1000」が淡く輝く。


 深山は耐久、器用、敏捷にポイントを割り振ると、体内に熱い脈動が走る。試しに釵を振ると、空気を切る音がわずかに鋭くなり、動きが滑らかだ。


「気持ちスムーズになった程度か」


 深山はそう呟くと、体に異常がないかストレッチしながら確認する。


「私は魔力と精神を上げたよ! クレリックマジック、もっと安定させたいし!」


美幸がカウンターを弄り、彼女の短杖が軽く光り、星脈の加護が力を帯びる。


「俺も腕力と耐久だ! 次はオーガの首、一撃でポッキリ折ってやるぜ!」

 

雷熊山が拳を握り、カウンターを叩く。園田は敏捷と精神を強化し、長巻を軽く振って刃の軌道を確認。


真島は器用と感知を上げ、クロスボウの弦を点検し、軽く狙いを定めて一人頷く。


 深山達が小休憩を終えると、首飾りの牙が震え、北西の方角を示し、深山達は移動を開始する。


「湿気と腐臭が強くなってきた。地面も沼地のようにぬかるんでるな」


 園田が周囲を見回し汗を拭いながら呟く。チームは首飾り地面が次第に柔らかくなり、靴がドロドロと吸われる


 。腐った植物の匂いが鼻をつき、ねじれた木々が沼から突き出す。霧が視界を曇らせ、遠くでカエルの鳴き声が不規則に響く。不気味な静けさが漂う。


「おとぎ話の魔女の森みたいだね………そういえばグリーンハグの生息地も沼地って設定があった気がする」


 短杖を握り直す。ゲーム知識が不穏な予感を補強し、彼女の呼吸が浅くなる。


 しばらく進むと、沼の奥に苔むした木と骨でできた庵が現れる。おとぎ話の悪い魔女の住処のような歪な建物で、屋根は腐った葦で覆われ、煙突から緑の煙が漂う。首飾りの牙が強く震え、庵の中を示す。


 深山がハンドジェスチャーで『静かに』を指示し、全員で庵へと近づく。


 深山が庵の窓からそっと覗くと、動物用の鉄檻に青いリボンの少女が閉じ込められている。シャマラの話から閉じ込められてる少女がミラと分かる。彼女は膝を抱え、涙で顔を濡らす。


 近くの鳥籠には、身長30センチの妖精の少女が捕らわれ、羽が折れて光を失っている。妖精は深山たちに気づくと、鳥籠の鉄格子を握り、甲高い声で叫ぶ。


「人間! 早く助けなさい! グリーンハグのババアが留守の今よ! この子も私もヤバいんだから!」

「静かにしろ、敵を呼ぶ。真島、俺がカバーにはいるから開けてやってくれ」

「りょっ!」


 深山が妖精に注意しながら、真島の肩を叩いて中に入るハンドサインをする。


 真島は短く了承の言葉を言うと、罠を警戒しながら庵へと足を踏み入れ、鳥籠に近づき、盗賊道具で錠を器用に外す。カチリと音が響き、鳥籠の扉が開く。30センチの妖精が弾けるように飛び出し、羽をバタバタさせて庵中を舞う。


「やった! 自由! やっとこの窮屈な檻から出られた!」


 彼女は天井近くをクルクル飛び回り、子供が遊び場で騒ぐような笑い声を上げる。羽のキラキラした光が、腐臭漂う庵に一瞬の輝きを撒き散らす。


「ねえ、あんたたち誰? めっちゃ強そうな装備! 人間だよね? なんでこんなキモい庵に? ミラのこと知ってる? グリーンハグのババアに何か用? ねえねえ、早く教えてよ!」


 妖精は深山の鼻先まで飛んで来て、両手を腰に当て、矢継ぎ早に質問を浴びせる。彼女の金色の瞳は好奇心でキラキラ輝き、折れた羽がそれでも元気に震える。


「うわ、めっちゃ喋る! てか、めっちゃ子供っぽいね、この子!」


 美幸が目を丸くし、メモ帳に「妖精:超おしゃべり」と書き込む。


「子供っぽい!? 失礼な! 私、リルナ! マジックフェアリーよ! アーケインマジックなら誰にも負けないんだから! 見た目はこうでも、数百年生きてるんだからね! あんたこそ、メモ帳持ってるけど何? 冒険者? 魔法使い? ねえ、どんな魔法使えるの?」


リルナが頬を膨らませ、美幸にグイグイ詰め寄る。彼女の羽がバタバタと動き、庵の埃が舞う。


「数百年!? うそ、マジ!? このちっちゃい子が!?」


 真島がクロスボウを肩に担ぎ、ニヤニヤしながらリルナを指さす。


「見た目、10歳くらいじゃね? 数百年いきてこんな子供のままなんてありえねぇよ」

「ちっちゃい子じゃない! 私はリルナ様よ! フェアリーの時間は人間と違うの! ふん、クロスボウ持ってるあんたの方が怪しいよ! 盗賊? トレジャーハンター? ねえ、何狙ってるの?  の庵に宝でもあんの?」


 リルナが真島の顔の前でクルリと回転し、指を突きつける。彼女の軽快な口調に、庵の重い空気が少し和む。


「はは、こいつ、口だけは達者だな!」


  真島が笑い、革のポーチを叩く。


「質問は後だ、リルナ。ミラを助ける。状況を話せ」


 深山がリルナを制し、鉄檻のミラに近づく。釵で錠を壊し、ミラを解放する。


「ありがとう……怖かった」


 彼女は震える手で深山の腕を握り、嗚咽する。青いリボンが汗で貼り付き、頬に涙が光る。


「ふーん、ボスっぽいね、あんた! よし、話すよ! グリーンハグのババアがね、ミラの若さを吸う儀式を企んでたの! あいつムカつくから私が邪魔して逃がそうとしたけど、ババアに捕まちゃった。せっかく逃げ出したミラも私を助けようとしてまた捕まったのよ。今、ババアは儀式の材料集めに沼の奥に行ってる。早く逃げないと超ヤバい!」


 リルナが羽を震わせ、早口でまくしたてる。彼女の声は切実だが、どこか楽しげで、状況の緊迫感を軽く跳ね返す。


「若さを吸う儀式? おとぎ話と言うよりはグリム童話だな」


 話を聞いていた雷熊山が腹をボリボリとかきながら口を開く。



「よし、ミラを村に返す。リルナ、ついてこい」


深山がポーチから光る砂の瓶を取り出し、ミラ に振りかける。黄金の光が少女を包み、テレポートで消えると首飾りの牙が再び震え、次の子供を示す。


 チームが庵を出ると、周囲の木々に大量のカラスが止まり、赤い目で深山たちを見下ろす。カァカァという鳴き声が沼地に響き、霧が不気味に揺れる。


「ババアが帰ってきた! やばいよ!」


リルナが羽を震わせ、深山の肩に飛び乗る。


「この糞妖精! あたしの獲物をよくも! 人間ども、皆生きたまま肝を食らってやる!」


 カラスの一匹が人間の言葉で喚く。


 カラスが群れをなし、渦を巻くように集合し、地面に落ちていくと、緑色の肌をした醜い老婆が烏の中から現れる。歯はギザギザ、目は血のように赤く、髪は枯れ草のようにボサボサだ。骨と皮のローブが風に揺れ、爪がナイフのように鋭い。グリーンハグの腐臭が沼の霧に混じる。


「グリーンハグ! ブラッドマジック使いの魔法型! 聖属性と銀の武器が有効! 呪文詠唱に注意!」


 美幸が叫び、短杖を構える。ゲーム知識が戦術を補強するが、声は震える。


「泥よ、肉を纏え! 骨よ、命を宿せ!」


 グリーンハグが動物の骨を沼に投げ、呪文を唱える。沼から泥の狼、熊、鹿達が這い出し、目が赤く光る。骨が泥に埋まり、腐った肉の匂いが漂う。


「ゾンビみたいなやつらよ! 貴方、クレリックマジックで援護しなさい!」


 リルナが叫び、羽を光らせて宙を舞う。


「聖星の加護!」


 美幸が短杖を掲げ、園田に光の加護を付与。園田の長巻が聖なる輝きを帯び、刃が空気を切り裂く。深山はシルバーコーティングされた釵を両手に握り、爪先で地面を五回蹴ってスイッチを入れる。


「虎爪!」


 園田が長巻を閃かせ、泥の狼を斬る。示現流の技が泥を切り裂き、骨が砕ける。狼が吠え、泥が飛び散るが、すぐに再生し、爪を振り上げる。園田が刃を返し、頭蓋を叩き割る。泥が崩れ、狼が動かなくなる。


 深山は泥の熊に突進。釵のシルバーが光り、熊の胸を突く。銀の効果で泥が溶け、骨が露出。熊が咆哮し、爪を振り下ろすが、深山は紙一重で避けると釵で目を抉る。泥が崩れ、熊が沼に沈む。深山の呼吸は乱れず、氷の目が次の敵を捉える。


「どすこーい!」


 雷熊山が泥の鹿に張り手。巨体が鹿を吹き飛ばし、骨が砕ける。だが、周囲の泥が集まるとまた鹿の形となり、その角で雷熊山を突こうと突進するか、雷熊山は角を掴んで突進を受け止めると首をへし折る。


 真島がクロスボウでグリーンハグを狙う。ボルトが肩に刺さる。


「人間の鉄など、効かぬわ! ストーンバレット!!」


 だが老婆は笑い、傷が霧となって消える。 彼女が手を振ると、石の礫が弾丸のように飛び、雷熊山と真島を直撃。雷熊山の肩が抉れ、真島の腕が裂ける。血が沼に滴り、二人が膝をつく。


「茨の戒め!」


 さらに追い討ちをかけるようにグリーンハグが呪文を唱え、沼から茨の蔓が這う。雷熊山と真島の足を絡め、動きを封じる。茨が皮膚を切り、血が蔓を赤く染める。


「くそ、動けねえ!」


 真島がダガーで蔓を切ろうとするが、再生が速い。


「美幸、援護を!」

「茨の牢獄!」


 園田が叫ぶが、グリーンハグの詠唱が速い。


「きゃああああっ!?」


美幸の足元から全身へと茨が巻き付き、短杖を握る手を封じる。美幸が叫び、恐怖で顔が青くなる。


 深山と園田は泥の動物の群れを殲滅。沼が血と泥で濁り、砕けた骨が散乱する。


 狼、熊、鹿の姿は溶けるように崩れ、腐臭が霧に混じる。深山のシルバーコーティングされた釵には泥と血が滴り、園田の長巻は聖なる輝きを帯びたまま次の標的を睨む。


「次はお前だ!」


深山が釵を構え直し、グリーンハグに鋭い視線を向ける。ハ彼は沼の霧を切り裂くように前進し、グリーンハグとの距離を詰める。


「虎爪!」


 園田も深山に合わせるように突進し、長巻を閃かせ、示現流の技でグリーンハグに斬りかかる。刃が空気を切り、聖なる光が霧を裂く。グリーンハグが目を見開き、ギザギザの歯を剥く。


「人間、生意気な!」


 彼女が手を振ると、身体が黒い霧に溶け、無数のカラスに分裂。園田の長巻と深山の釵はカラスの群れを切り裂くが、刃は空を切り、羽が沼に散る。


「ちっ、逃げやがった!」


 園田が舌打ちし、長巻を構え直す。カラスがカァカァと鳴き、沼の木々に飛び移る。赤い目がチームを嘲笑うように光り、グリーンハグの声が霧に響く。


「愚かな人間ども! 私のブラッドマジックを甘く見るな! 枯れ木の巨人よ、奴らを殴れ!!」



 グリーンハグが呪文を詠唱すると、沼地に生えたねじれた木が絡み合い、巨人のような腕になると、園田を吹き飛ばす。


「ごあっ!?」


 園田が吹き飛んで水しぶきをあげて沼に沈み、長巻が泥に刺さる。


「園田!」


 深山が叫ぶが、巨人の腕が深山を狙う。間一髪深山は後ろに飛んで巨人の腕を回避するが、泥が飛び散り、視界が濁る。


「人間、生きながら肝を食らってやる!」


 グリーンハグが笑い、カラスとなって深山を包囲。 爪が空気を切り、腐臭が喉を刺す。深山は釵でカラスを払うが、数が多すぎる。烏の嘴や爪によって傷が増え、茨が足元に迫り、動きが鈍る。


 絶体絶命の瞬間、リルナが深山の肩に飛び乗り、羽を光らせる。


「貴方! 私の宿り木になりなさい! 仲間を救えるよ!」

「宿り木? 何だそれ!」


 深山が叫ぶ。釵を握る手に汗が滲み、グリーンハグのカラスが迫る。


「貴方が私の宿り木として契約してくれたら、私のアーケインマジックで皆を助けられる! 早く!」

「糞妖精、黙れ!」


 リルナの声が切実だ。グリーンハグが焦ったように叫び、ファイヤーボルトを放つ。炎がリルナを狙う。


「仲間を救えるなら何にでもなってやる!」


 深山が吠え、釵を構える。


「古の言霊よ、我この者と宿り木の盟約を結ばん。光と影、魂と羽、永久に共鳴せよ!」


 リルナが両手を広げ、悠然と祝詞を唱える。彼女の金色の瞳が輝き、折れた羽が一瞬だけ完全な形で光る。


 リルナが深山の額にキスすると、黄金の光が二人を包み、結界が炎を弾く。アーケインマジックの脈動が沼を震わせ、霧が一瞬晴れる。


「茨よ、戒めとなれ!」



 リルナが唱えると、美幸、雷熊山、真島を拘束していた茨が解け、逆流無数の烏に変身していたグリーンハグに巻き付く。


「この、糞妖精! 貴様の力など!」


 老婆が叫び、逃げようと翼を羽ばたかせるが、茨が烏達をまとめて縛り上げ、烏から緑色の老婆の姿に戻っていく。


「今よ、私の宿り木!」


 リルナが深山に合図。深山は無言で影を縫うように疾走し、グリーンハグに肉薄。


 シルバーコーティングされた釵を閃かせ、顎下と臍穴に突き刺す。


「ギャアアアアアッ! ぎっ、銀だっ! 焼けるうううう!!!」


 銀の効果で皮膚が酸を浴びたように溶け、骨が露出。グリーンハグが絶叫し、血と腐臭が噴き出す。


「終わりだ!」


 深山が釵を振り、グリーンハグの頭蓋骨を叩き割ると、グリーンハグの体は緑色の液体となって沼の泥と混じって消えていく。


 深山は爪先で地面を五回蹴り、殺戮のスイッチを切る。氷の表情に息が戻り、息を吐く。


「やったわ! 私の宿り木、最高!」

「耳元で騒ぐな、うるさい」


 リルナが羽をバタつかせて深山の頭に抱きつく。


「み、皆大丈夫? ヒールいる?」


 美幸が茨から解放されると、怪我をした真島達にヒールをかけていく。


「くそ、肝食われるかと思ったぜ……」


 真島が腕の傷を押さえ、沼から這う。クロスボウを拾い、土埃を払う。


「肋骨、またミシミシだ……だが、いい戦いだったぜ!」


 雷熊山が笑い、汗と血で光る巨体を揺らす。


 園田が無言で沼から立ち上がり、長巻を拾い、刃の泥を払う。


 その瞬間クエストカウンターが輝く。深山のカウントが「26/1000」、美幸が「65/10000」に更新。雷熊山、真島、園田のカウンターも光り、エクシアの祝福が試練を認める。


「リルナ、宿り木って何だ?」


深山が肩に乗るリルナに視線を向け、釵を鞘に収め、額の汗を拭う。


「ふふん! 宿り木は私の力を引き出すパートナーよ! アーケインマジックを一緒に使えるの! これからずーっと一緒だから、よろしくね!」


 リルナが羽を光らせ、深山の肩でクルリと回る。純真無垢な笑顔に、数百年分の知恵がチラリと覗く。


「ずっとは困る。子供を助けたら契約は終わりだ」

「えー! そんなのつまんなーい!」


 深山が低く言うが、リルナはと笑う。


「でも妖精と契約とかすごくメルヘン! 深山さんはおとぎ話に出てくる王子様だね」


 リルナと契約した深山を見て、美幸が目を輝かせてはしゃぐ。


「そんな良い身分じゃねぇよ」


 深山が今日見なさそうに呟くと、首飾りの牙が震え、ソフィとテオの居場所を示す。


「全員傷を癒したら残りの子供を助けるぞ」


 深山は首飾りを手に仲間達に激を飛ばした。


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