第23話 弾圧と隠された聖域
教会の重いオークの扉を深山祐介が押し開けると、地下へと続く狭い石の階段が現れた。
湿った冷気が漂い、苔と土の微かな匂いが鼻をつく。老ドワーフはランタンを掲げ、琥珀色の光が粗い壁に長い影を投げかけた。
足音が静かに響き、深山、美幸、老ドワーフの三人は階段を下った。隠された部屋の謎が、沈黙の中で重くのしかかる。
深山の手は腰の釵に軽く触れ、金属の冷たさが掌に伝わる。鋭い視線で階段を観察し、年月で滑らかになった段の縁に目を留める。
美幸は短杖を握り、メモ帳を腰帯に挟み、いつものお喋りが抑えられている。地下の重苦しい空気が彼女を黙らせていた。
老ドワーフのランタンの鎖が小さく鳴り、歩調に合わせて揺れる。
階段の底に着くと、細長い廊下が前方に伸び、両側には鉄製の松明掛けが埋め込まれている。老ドワーフは松明に火を灯し、一つずつがシュッと音を立てて燃え上がり、粗い石壁を暖かな光で照らした。
廊下はわずかに曲がり、道は不均等だが意図的に掘られたようだ。
「神父、結婚式を邪魔した連中は何者だ?」
「リーダーはダステン、この町の商人だ。純血主義者で、人間が全てに優ると信じてる。昔から教会に宝が隠されてると言い張って、あれこれと嫌がらせを繰り返してる。先代の神父が何か隠したって噂をどこで聞いたのか知らんが、そいつはそれに取り憑かれてる」
深山が沈黙を破り、低い声で尋ねた。
老ドワーフの皺だらけの顔が引き締まり、ランタンの光がその苦労の跡を深く映す。
「本当に何も知らないのか?」
「実は私は本物の神父ではありません。私は元傭兵でした。かつては戦場を渡り歩き、剣で生来てきました。ある戦争での傷が元で熱病にかかって死にかけた時、この教会の先代の神父に救われました」
そう言って老ドワーフは古傷があると思われる場所を擦る。
「先代の献身的な看病のお陰で助かった私は、傭兵をやめて恩返しで教会の手伝いをいました。先代が急死して、皆に頼まれて神父の代わりを務めてただけです。本当に急なことだったから教会の歴史や秘密なんて、私は何も知らないんてす」
深山は老ドワーフに振り向いて話しかける。
老ドワーフはため息をつき、自分の過去を話して肩を落とした。
「え、じゃあ神父の訓練も受けてないの? どうやって結婚式とかやってるの?」
美幸が首を傾げ、黒い瞳を輝かせて尋ねる。
「先代のやり方をみて覚えました。ここの民は教会を続け、儀式を執り行い、エクシアに祈る誰かを必要としました。私は見よう見まねのうろ覚えですが、精一杯やらせてもらっています」
老ドワーフは乾いた笑いを漏らし、ガラガラとした声で答えた。
「こういう時は神殿とか偉い所から派遣されないの?」
「そんな話も確かにありましたが、帝国の純血主義や、まあ政治的なアレコレで話が止まっています」
美幸が疑問を口にすると、老ドワーフは苦笑しながら上の思惑というのをオブラートに包んで話す。
話を聞いていた深山は異世界でも信仰と政治は絡み合ってるのかとため息をついた。
「最初の話に戻りますが、私は何も聞いていません。ここだって偶然清掃中に見つけただけです」
「まあ、調べてみればわかることだ」
深山は話を聞いて廊下を見渡した。老ドワーフの話に嘘はなさそうだが、ダステンの執着は何か深い秘密か、偏見に歪んだ妄想を暗示していた。彼は一旦考えを胸にしまい、前に進んだ。
廊下はジグザグに曲がり、鋭い角が方向感覚を狂わせる。靴の下で埃が舞い、空気は重く、微かな金属の匂いが混じる。
数分後、廊下が広い低天井の部屋に開けた。ランタンの光が、木製の燭台、星の模様が刺繍された色褪せたタペストリー、簡素な長椅子が壁に沿って並ぶ様子を照らし出す。
部屋の奥には小さな石の祭壇があり、表面は磨耗しているが清潔で、星形のメダリオンが一つ飾られている。
「これだけ? 宝の蔵にしては地味だけど、隠しダンジョンっぽい雰囲気! ゲームの秘密基地みたい!」
美幸の目が輝き、部屋を眺めて一歩進む。
深山は祭壇の上の革装の本に目を留める。彼は息を吹き掛けてほこりをはらい、本を開く。
表紙が軋む音を立てて開く。ページは細かい字で埋まり、時を経て黄ばんでいる。
「これは多分先代神父の日記だな」
「日記なんて知らなかった。何て書いてある?」
老ドワーフが肩越しに覗き、目を細める。
「『先代皇帝の治世下、獣人やエルフが鎖で繋がれ蔑まれた時代、この部屋は聖域だった。ここで、帝国の法で愛を禁じられた者たちを密かに祝った。人間と獣人、エルフとドワーフ、彼らの絆はエクシアの星の下で結ばれ、純血の狂信者の鞭から隠された。ここは金の蔵ではなく、愛と抵抗の場である。』」
深山は丁重にページをめくり、日記の内容を読み上げる。
「秘密の結婚式場… 公に結婚できなかった人たちのために? なんて美しい… でも、切ないね。」
先代神父の日記の内容を聞いた美幸の息が止まり、手を胸に当てる。
「ああ、先代らしい。先代はいつも帝国に踏み潰された者を助けてた。この重荷を一人で背負ってたなんて、知らなかった」
老ドワーフの目が潤み、声が震え、祈りを捧げる。
深山は日記を閉じ、顎を締める。部屋の目的は明らかだが、ダステンの執着は噂が何か暗いものに歪められた可能性を示していた。
深山が口を開く前に、廊下の奥から重い足音が響き、聞き覚えのある嘲る声が割り込んだ。
「見つけたぞ、汚ねえ石食いに蛮族のプレイヤー! 一緒に金を隠してるな!」
ダステンが部屋に踏み込み、金糸のコートが松明の光でキラリと光る。その背後には、棍棒や錆びた剣を握る六人の荒くれ者が続く。ダステンの目は狂気じみた熱を帯び、銀の指輪が指で光りながら老ドワーフを指す。
「やっぱりな! 教会の財を隠してる! あのガラクタに偽装したあ金だろ? さっさと渡せ!」」
彼は燭台やタペストリーを乱暴に示す。
「ダステン、ここに宝はない。ここは先代が守り続けた愛と祈りの場だ。日記に書いてある。自分で読め」
老ドワーフが一歩進み、声を張る。
「嘘だ! ドワーフや星落ちのクズの言葉を信じると思うか? 俺のものを盗もうとしてる! やれ!」
ダステンの笑いは鋭く、ほとんど正気を失っている。
荒くれ者たちが武器を構えて突進する。祐介の手が太ももを叩き、鋭い動作で戦闘スイッチを入れる。目が氷のように冷たくなり、身体がバネのように縮こまる。
「美幸、今だ!」
「うん! 深山さん、ピカッと行くよ!」
美幸は頷き、手が震えながらも短杖を握り締める。彼女の叫びに、深山はクレリックマジックの「星光」を察し、目を閉じて構える。
「星光よ!」
美幸の詠唱が響き、短杖から白い閃光が爆発し、部屋を眩く照らす。荒くれ者たちが悲鳴を上げ、目を押さえてよろける。
棍棒が空を切り、二人同士がぶつかり、剣が石に当たってキンキンと鳴る。
目を保護していた深山は影のように動く。最初の荒くれ者に瞬時に近づき、釵の柄頭で喉を砕く。ゴキッと骨が鳴り、男が泡を吹いて倒れる。
二人目が剣を振り上げるが、祐介は釵の先で破落戸の握り手を叩き、指の骨を折る。指を叩かれた破落戸は悲鳴を上げて剣を落とし、折れた指を庇うようにうずくまる。
三人目がナイフで突くが、深山は釵で横凪にナイフを叩く。ナイフは粗悪品だったのか釵で叩かれるとバキッと折れ、さらに深山は反対の手で持っていた釵で折れたナイフを持った破落戸の額を叩き割る。
残りの荒くれ者は、目が眩んだままパニックに陥る。
一人が老ドワーフに棍棒を振り上げるが、深山が割り込み、釵の翼で棍棒を絡め取って壁に叩きつける。衝撃で男の腕が震え、祐介の肘がこめかみに命中し、意識を刈り取る。
「汚ねえ蛮族! 俺のものを奪うな!」
ダステンは部下が倒れるのを見て、絶望的に叫ぶ。彼は宝石付きの短剣を抜き、乱暴に突進する。
祐介は一歩踏み込み、ダステンの懐に潜り込むと腕を掴んで体を捻る。一本背負いでダステンを背中から石畳に叩きつけ、息を詰まらせる。短剣が床を滑り、カランと音を立てる。
部屋が静まり、倒れた荒くれ者の呻き声だけが響く。祐介はダステンの上に立ち、釵を握ったまま息を整えて太ももを叩く。
美幸は短杖を下げ、顔を青ざめさせながらも毅然と立つ。
老ドワーフはランタンを震わせ、呆然と見つめる。
深山はダステンの頬を叩き、目を覚まさせる。商人の目がぼんやりと開き、恐怖と反抗が混じる。
「話を聞け」
「ダステン、これが真実だ。金も宝もない。愛のための場所だ。もうやめろ」
老ドワーフが日記を手に進む。
「違う! あれは金だ! 絶対に金だ!」
ダステンの視線が燭台に飛び、声がヒステリックに高まる。彼はよろけながら燭台に飛びつき、祭壇に叩きつける。
木が砕け、埃と安っぽい塗料が舞うだけ。ダステンはその残骸を見つめ、手が震える。
「そんな…… ありえない……」
砕けた燭台の欠片をもったダステンの目から狂気が消え、肩が落ちる。
一瞬で老け込んだように見え、膝をつく。荒くれ者たちは傷を押さえ、呆然とリーダーの崩壊を見る。
「何もないのに人を傷つけた。この場所は神聖なのに。恥ずかしくないの? それがあなたの言う純血のやり方?」
美幸は短杖を握り、声を低くする。
ダステンは答えず、砕けた燭台を見つめる。
「帝国軍に引き渡す。もう終わりだ」
老ドワーフはため息をつき、憐れみと決意が混じる。
その瞬間、深山のクエストカウンターが淡く光り、「17/1000」に更新される。
「カウント増えたけど、めっちゃドキドキした! 心臓バクバク!」
「ああエクシアの兄星よ、あなたの使者がここを試練をやりとげ守ってくれました」
同じく美幸のカウンターも「59/1000」に上がり、彼女は震える笑いを漏らし、老ドワーフが深山と美幸に祈りを捧げる。
深山は釵を鞘に収め、表情を崩さない。日記の言葉、抑圧に抗う愛と抵抗が脳裏に響く。
「この場所… …守る価値がある」
「ああ。私が生きてる限り、守り続けます」
老ドワーフが日記を祭壇に戻すのを見ながら、深山は呟く。深山の呟きを聞いた老ドワーフは頷き、声に重みが宿る。
帝国軍が間もなく到着し、鋼の鎧がガチャガチャと鳴る。ダステンと荒くれ者は縄で縛られ、連行される。
ダステンは狂気と共に若さも抜け落ちたのか一気に老け込んだ顔になっていた。
帝国軍は老ドワーフに簡単な質問をし、日記と部屋の内容が証言を裏付ける。教会の疑惑は晴れ、隠された聖域は歴史の記録として残される。
後始末を帝国軍に任せた深山と美幸は駅に戻り、昼下がりの陽が鉄の線路に影を落とす。
ホームは静かで、風が石灰岩の匂いを運ぶ。美幸はメモ帳に書き込み、眉を寄せる。
「ダステン、宝があるって本気で信じてた。誰かがその噂を流したにしても、ちょっとあれはおかしくない?」
「かもな。純血主義者は憎しみに火をつける理由なら何でもいい。だが、誰かが裏で動いてるなら、突き止める」
深山は唸り、遠くの山脈を見る。
帝国主催の武道大会、一筋縄では行かない予感が深山にはあった。
ミドルラインの列車が駅に滑り込み、黒と銀の車体が輝く。二人は冒険者車両に乗り、硬い革の席に座る。
アイアンブリッジへの帰路は静かで、車輪のガタゴトが思考を揺らす。帝国の偏見、教会の秘密、ダステンの狂気、黒蛇団やジャネル、ザグランの囁きと考えることや気を付けないと行けないことが増えていく。
アイアンブリッジの冒険者ギルドに戻ると、ホールは夕方の喧騒に包まれる。ソフィアはカウンターで落ち着いた佇まいを見せ、美幸のメモ帳を含めた報告書を受け取る。日記の説明に目を留め、声を柔らかくする。
「禁じられた愛の聖域… …素晴らしい発見です。ギルドの記録に残します。深山様、足立様、あなた方の行動は歴史を守りました」
彼女クエスト終了の手続きを終えて報酬を渡す。銀クローナ3枚と銅貨の小袋だ。
報酬を受けとると、深山のクエストカウンターが再び光り、「18/1000」に更新される。
美幸は自分のカウンターを確認し、「59/1000」のままに小さく唇を尖らせる。
「うーん、やっぱり戦闘クエストとして換算しないかあ……? ちぇ。でも、いいことしたよね?」
「ああ。やった甲斐はあった」
祐介は頷き、貨幣をポーチにしまう。
「帝国の影は長いですが、今日の行動は一つの光をもたらしました。エクシアの星が二人を導きますように」
ソフィアの笑みが温まる。
ギルドを後にし、シルバーリーフ川が夕空に輝く。川面に最初の星が映り、祐介は腰の釵の重さを感じる。
日記の言葉が胸に残り、武道大会と飛鳥の父親への道が続く。だが、純血主義者の影と隠された悪の気配は近づいていた。帝国の中心に何が待つのか、祐介は一つずつカウントを重ねて挑むつもりだった。
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