こちら死神派遣所です。緊急ですか? 怨霊ですか?

青木晶

第1話


ねえ、知ってる?




 電話で3745って打つとね、死神に繋がるんだって。




「死神派遣所です。怨霊ですか? 緊急ですか?」って。その声は、とっても優しそうで飴玉みたいに落ち着く声なんだって。




 ……今やっても駄目だよ? だって私たちはその人を心の底から求めてないから。




 もしね死神の力が必要になったら、押してみるといいよ。代償に命でも求められるんじゃないかって? うんうん……聞いた限りだとそういうわけじゃないみたい。




 ……本当はどうか分からないけど。




 電話するといつもだったらツゥーツゥーとしか言わないけど、その時だけは繋がるの。怨霊ですか? 緊急ですか? って言うのに答えるの。




 そしたらもう安心。死神が全部解決してくれる。






















「何それ 嘘っぽい」




 そのまま 興味がなくなったというように高羽怜は黒板に目を戻した。今は古典の時間だ。






 友人の話は今やっている話とは共通点を探すのさえ難しい。まじめに耳を傾げた自分が馬鹿だった。そういう感情がため息となって漏れた。




 新任の教師が淡々と板書を書いていく。






『 昔は政略結婚と言って好きでもない人と結婚するのが 普通だった』




 怜もその言葉をノートに写す。




「ねぇ、もっとさあ……『何それ!?』みたいな反応してよ 〜……」


 その都市伝説 を言った少女―― 鈴音は反応が返されないとわかると、得意げ表情から一転頬を膨らませた。




「結婚相手が勝手に決まってるって最悪だよね」




 鈴音は同意を求めるように呟く。 器用に先生には聞こえない程度に抑えられた声は、嫌悪感に溢れていた。




 怜は一旦板書を写し終えて 、シャープペンシルをおいた。




「そう?」 怜が首を傾げると鈴音は信じられないというように目を見開いて、顔を歪めた。




「 自分よりもうーんと 年上かもしれないんだよ?」






 怜は天井に目を向けて、自分の父親や祖父同じくらいの男性と隣にいる自分を考えてみる。……今の怜の倫理観感のせいで具体的な想像がつかない 。




 だがその人たちと何十年も夫婦でいなければならないとなると 抵抗感が湧く。




 しかし 顔を歪めることはなかった。




「その部分だけ考えればね。結婚する代わりになにかくれたんだから、結婚するしかないんじゃない?」




 怜はそれが当たり前でしょ? と言うように告げた。鈴音は、理解できないというように声をあげる。怜にはその返答こそが理解できなかった。




「逃げちゃえばいいじゃん ……家に利益があっても 私たちには関係ないでしょ」




「そしたら家族がひどい目に遭うでしょ 」




 怜がピシャリと言うと 黒板に付け足された文字を移しだした。その事実に罰が悪そうに鈴音は目をそらした。




「でも好きじゃない人とずっと一緒にいたくないじゃん……」




 ポツリと零した鈴音に




「でももらっちゃったら返さないと」




 怜がピシャリと跳ね除ける。鈴音はその言葉を聞いて呆れたように ため息を吐いた 。怜が鈴音を文句あるの? というように鋭い目で見る。




「怜ちゃんってば……真面目だよねー」




  怜が先ほど よりも少し大きい音を立てて シャープペンシルを置く。こんなやりとりは何十回目なので鈴音は、焦りもせずごめんごめんと小声で伝えると前に向き直った。




 怜は、コクリと頷くと目を瞑った。もし、自分がしらない相手と結婚しなければ行けないとき、どうするのだろうと考えて。




 先生の話を遮るように、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る。怜は真っ暗な闇から目を覚ますように、ゆっくりと目を開けた。














 怜は真っ白な包みから、これまた真っ白なお弁当箱を取り出して蓋を開けた。ピーマンの肉巻き 、ブロッコリー ふりかけご飯 ……と変わり映えしない料理を見つめ、頬を内心で緩めて、いただきますと手を合わせて食べ始める。




「怜ちゃんって食べてて 全く表情 変わんないよね 」






 焼きそばパン! 焼きそばパン! と独特なリズムを刻みながら包みをはがした 鈴音 は「うまあ〜」と ジタバタ 手を動かしつつ正気に返ったように言った。






「 私は焼きそばパンだけでそんなになる鈴音の方がおかしいと思うけど」






 怜は、表情を変えずに答えお弁当箱から卵焼きを口に運ぶ 。甘さと卵の絶妙な トロトロ 具合に内心で身悶える。 今日は一段と 玉子焼きが美味しい。






「そういえば ささっきの都市伝説って誰から聞いたの


 ?」


「んーえっとねぇ、お姉ちゃんだよ」




「汚いから口は隠して」


「聞いてきたのはそっちでしょうに……」




 焼きそばパンを食べる 口を止めないせいでなんて言ってるのかは すっごい聞き取りづらい。




 不平を訴えるような目に反して、鈴音は口元を隠して頬を赤くしていた。








「で、それかどうしたの?」






「情報の出所がだいぶ 信用できないとこだったから」


「言うねえ〜」




 令は、だいぶ自分が失礼なことを言ってる自覚があったが謝罪することもせずに毅然とした態度で確認した。








「それではオカルト研究会のお姉ちゃんから聞いたのね


 」




「なんか悪い 意味 入ってない?」




 怜は悪意を隠すつもりはなかったので チラッと湿度の高い視線に全く湿度も温度も 伴わない 視線を返す。




「 前にこっくりさんをやろうとして10円玉で窓割った人たちよ?」




「う゛」




「風に流されたタオルを一反木綿 って言った人たちよ?」




「う゛」




「こう言う人が妖怪を形作ったのね」






 憂うように頬に手を当てて チラリと 横目で見つめられた鈴音は視線から逃れるようにうなだれた。






「私が間違ってました亅


「よろしい」






 この空気を振り払うように鈴音が声を張り上げる。




「怜ちゃんだったら怨霊と緊急のどっちでかける!?」






 その手には 焼きそばパンの袋、机にはパンクスがボロボロとこぼれている。ここまでしまらない 話題 転換は はないだろう。




   しかし流石に指摘するのは可哀想だったため、怜は


 宙を見上げて考え




「なら私が相談するのは 怨霊かな」




「え、怜ちゃんって人殺したことあるの」




「あるわけないでしょ」




 さすがに冗談だったのだろう 。鈴音は「だよね 」とカラカラ笑う。






「なんかずっと前から見られてるとも違うけど変な感じがするのよね。 縛られているみたいな……?」






 ゴフッと、鈴音は口元 いっぱいに含んでいた焼きそばパンを吹き出した。














 帰宅中 怜は死神について考えていた。あのオカルト研究会が言っているのだから デタラメ しかないだろう。しかし思考とは反対に、どこか胸騒ぎする。




 そんな心臓が自分とかけ離れた生物のように感じた。 そのままスマホの電話アプリの数字を睨んで考えてみる。




 しかし、自身の悩みは死神には解決できることだろうか? と考えて スマートフォンを下ろした。




「何してるんだろう……」




 怜は今までの考えを振り切りのように頭を振った。髪がパサパサ と 顔にぶつかる。もう春だし切ろうかな、 怜はの髪を手で梳く。適当に伸ばした髪の毛は少しばかり 痛み 指通りが悪い。




 プツンと小さい音がして髪が1本抜けた。






 その瞬間 その毛が誰かに引っ張られたように不自然に指から抜ける。




 その不自然さを理解するよりもゾワリと背筋が冷たくなり肌が泡だった 。それは 怜の意識化ではなく人間としての本能だった。






 怜は 反射的に踵を返し、今まで歩いてきた道を折り返す。「逃げなくてはいけない」 その言葉が意識を阻害し 理性は働かない。




  この胸の苦しさは全力で走ったからか膨らみすぎた嫌悪感からかわからなかった。




 怜は気づくとスマートフォンで 5473 と打っていた。




 何をしているんだろうと冷静な自分が責めるように囁く。




 髪が風で飛ばされただけだ 逃げる必要もない。こんな都市伝説 なんて信じても意味ない 。そう思いながら 指先 は発信ボタンを押していた。




 地面を速く蹴る音、 苦しげな 呼吸と痛いほどに跳ねる 心臓の音……音楽でならったあの曲みたいだと思った。あのあと、男の子はどうなったっけ。




 理性が足を止めろという。そうだよ、このまま走ってたら死んじゃう、そう思うと本能が薄れ、 段々とスピードが落ちていく 。






 そうやって足を止めかけた時に何かが手を伸ばすのを幻視した。自分の後ろから手と言っていいのかわからない何かが 自身を捕まえようとする。






 助けて 怜の口から言葉がこぼれ落ちる。 本当に言えていたのか怜にはわからない。落とした スピードのせいで何かがもうすぐそこまで来ている。








 ……そうだ、男の子は死んじゃったんだ。お父さんが馬のスピードを上げても男の子は死んじゃったんだ。






 私も結局死んでしまうの?




 真っ暗闇の中を走っているようだった。何が潜んでいるのか分からない。見えない、聞こえない、だけど確かに居る。




 どんどん近づいてきてる。どこに逃げても出口はない。走ってもいつかは追いつかれる。




 怜は絶望した。もう、あとちょっとで走れない。心臓が破裂しちゃう。腕は近づいてきてる。ドロドロしたナニかは近づいてきてる。
























 スマートフォンを強く握った。電話の先の不明瞭な都市伝説に心から願った、出てくれと。




























































 助けてくれと。




























































 ツゥー、ツゥー、と機械音を漏らすばかりだった 電話がガチャリと鳴る。


























 声が聞こえた。






















「死神派遣所です。怨霊ですか? 緊急ですか ?」




 と。






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