第6話 メグミと 6

「メグミの愛はね、頭でっかちじゃないんだよ。ちょっとエッチに偏っているかもしれないけど、でも口だけの愛じゃないもん」

「う~ん、エッチへの偏りが八割かもしれないけどね」

「ひどいなあ、八割だって!五割くらいよ、たぶん。でも、それって、悪いこと?」

「悪かないよ。ぼくだって、そういうメグミとつき合っているんだから、メグミのことを笑えないし、笑える話でもない」

「どこの男の子が、メグミと何時間もエッチをするの、え~と・・・」

「昨日の夜の九時から今午前十時だから、合計十三時間、その内寝たのが三時間、喋ったのが一時間だから、九時間だ」

「そう!九時間もできる男の子がいる?そんなのいないよ。よっぽどメグミが好きじゃないと、九時間もエッチしてくれる男の子なんて世界中にいない、明彦だけだよ」

「そりゃあ、そうだ」

「女の子は男の子と違って、誰でも彼でもエッチできるというわけじゃないんだよ。好きじゃなければエッチなんてできないよ」

「おいおい、男の子だって、好きでもない女の子と誰でも彼でもエッチできません」

「でも、しちゃうでしょ?」

「しません!・・・いや、しちゃうこともあったかな?」

「ほらね」

「だけど、それはだね・・・う~ん、しちゃったな・・・泣かれるなら、しちゃった方が気楽だし・・・」


「あら、メグミと最初の時もそうだったの?」

「ぜんぜん違うよ、違うじゃないか?うまく言えないけど、う~ん、普通、女の子としちゃう時って、ぼくらは加害者、女の子は被害者という意識があるかもしれないし、女の子にもあるんだと思う。ぼくらは失わない、女の子は失う、というような・・・」

「うんうん、それで?」

「だけど、メグミは最初から違ったじゃないか?そりゃあ、好きだなんだ、という前にエッチしてしまえばいいのかな?なんて動機で、『メグミとエッチしたって構わないじゃない?』なんて言い出したんだと思う」

「図星!」


「でも、メグミは、なんていうんだろ?う~ん、被害者にならない女の子?とでもいうのかな?対等にエッチできる女の子?」

「そうなの?メグミが?」

「そうだと思う。え~、愛してるとか好きだ、とか言い出すと、クリスチャンかイスラム教徒になってしまうと思うんだよ」

「どういうこと?」

「キリスト教もイスラム教も一神教だろ?この神様しか信じません!他の神様なんて信じません!浮気なんていたしません!神であるあなたと私の契約です!というのが、愛してるとか好きだという、メグミの言う頭でっかちの愛情なんだろうね」


「ふ~ん?で?」

「それで、ぼくは、どうにも仏教徒だからね。教会は他の信者は入りにくいけれど、仏教寺院は、どの宗教でも勝手に入っていただいて結構です!というスタンスがあると思う。ヒンドゥー教も同じようなものなんだそうだ。世界中の多神教はほとんど仏教寺院と同じスタンスみたいだよ。だから、契約したもの以外、私の教会、私のモスクに入るべからず、なんて不自由さはなさそうだ。だから、頭でっかちじゃないメグミの愛は、おおらかで自由なのかもしれないな、と思うんだ」


「でも、メグミだって、明彦がマリとエッチしたら、明彦をメグミは殺すかもしれないんだよ?それがおおらかで自由なの?」

「ぼくの相手が真理子の場合だから、殺すとか、物騒な言葉がこの可愛いメグミの口から飛び出すんだ、きっと。ぼくの相手がメグミの知らない誰かだったら、まずぼくの話を聞くだろうね。それから、殺すとかなんとか言い出すんだろうけど、相手が真理子だったら、生々しすぎるからね、メグミにとって。だから、さすがにおおらかで自由なメグミでも、それは勘弁して、ということになると思う」

「それって・・・」


「メグミの真理子に対する負い目だと思う。この場合、メグミが加害者で、真理子が被害者なんだ。それが、ぼくが真理子とエッチしたら逆転する。つまり、メグミも自分が傷つきたくないと思うリスクヘッジなんだろうなあ・・・メグミの彼氏をぼくが知らないのはラッキーだったのかもしれないね。そうじゃなけりゃあ、ぼくだって、メグミと同じで殺す!なんて物騒なことを口走っていたよ。だから、むしろ、ぼくの責任が重大だということ。後悔はしないけど、ぼくが『メグミとエッチしたって構わないじゃない?』とメグミに言われて、それでも、ぼくが『ダメだ!そんなの!』と言えば、何事もなかっただろうね?」


「明彦に『ダメだ!そんなの!』と言われて、メグミに何事もなかったと思う?」

「そういう意味では、メグミの中で何かが壊れたかもしれないけど、でも、それでも、ぼくと真理子とメグミの間はそれほど変わらなかったと思うよ」

「そうかなあ?明彦に『ダメだ!そんなの!』なんて言われたとしたら、もう二度と明彦には会わない決心をしたと思うけどなあ・・・」

「ぼくはそうは思わないけどね。ぼくが拒絶したとしても、それでもメグミは今まで通り真理子とぼくと一緒の三人デートをしていたと思うね。だって、メグミ、ぼくのこと好きなんだから」

「う~ん、ちょっと複雑。メグミ、わかんないや。でも、最初から明彦のことが好き!というのはわかる。図星」

「ぼくだって、よくわからないよ。ぼくだって、メグミのことが気になっていたからね、最初から」


「それって、好き、ということだったの?」

「エッチとか何とかの前に、この子好きだなあ、というのはありました」

「浮気性なヤツ!」

「メグミに言われたくないよ、どっちが浮気性なんだかね」

「だって、さっきの明彦の一神教じゃないけど、メグミ、彼と契約したわけじゃないもん。彼がメグミはぼくのもの、だなんて思っていても、メグミはそう思っていない」

「だから、メグミはぼくのもの、なんて思わないぼくを好きになったんだよ、きっと」

「でも?」

「でも、ぼくはメグミのもの、なんて考え出したから、こういうことになっちゃんたんだよ」

「そうね、メグミは明彦のもの、なんて思いだしたから、こうなったのよね?」

「こんなニュアンス、ぼくらじゃないとわからないかもしれない。真理子は絶対に理解しないよ」

「私の彼氏も絶対に理解しないでしょうね」

「さて、どうしようかな・・・」

「だって、まだ、十時半だよ」

「だから?」

「まだ、チェックアウトまで一時間半もあるよ、やろうよ、明彦?」

「まだ、やるの?」

「ギリギリまでやるの!」

「ギリギリまでって、メグミ、シャワーとかさ・・・」

「別に、シャワーしないでもいいじゃない?そのまま服着て、チェックアウトすればいいじゃない?」

「まったく、メグミって・・・まあ、わかりました。ちょっと、フロントに電話していい?」

「なんで?」

「黙って聞いていればいいよ」


 ぼくはフロントに電話した。「え~、1005号室の宮部ですが、チェックアウトを一時にしていただいてよろしいでしょうか?いいえ、レイトチェックアウトというわけではありません。一時以降にはなりませんよ。え?二時でも構わないって?ああ、ありがとうございます。それじゃあ、二時にフロントに行きますから」


「ほら?」

「どうやったの?」

「簡単な話。別に、それほど部屋が立て込んでいなければ、フロントはチェックアウトが規定通りの十二時でも二時でもいいんだよ。あとは、部屋の掃除と次のお客がいつ来るか?というだけでね。ちゃんと、チェックアウトの時間を連絡しておけば、よほど忙しくない限り、支払いが問題ない限り、午後二時のチェックアウトでもいいということ。ぼくはここでバイトしているんだからね」

「すごい!ということは?」

「まだぼくらは三時間半の手持ちの札を持ってます、ということだ、お姫様」

「もちろん、まだ、できるよね?明彦?」

「できなければ、二時にチェックアウトなんていうものですか」

「じゃあ、やって、明彦」

「なんと、ぼくのお姫様は即物的なんでしょうか?『やって』だってさ」

「だったら、なんて言えばいいわけ?」

「『メイクラブしましょ』なんて言ってもいいんじゃないか?昨日の夜からは」

「回りくどいなあ・・・明彦、メグミを愛してよ!さっさとやって!」

「まったく・・・」


 一時半。これは際限がないな。いったい、ぼくらは飽きるということがないんだろうか?「メグミ、一時半だ、一時半。タイムオーバーだ。シャワーを浴びて、身繕いをしよう」「まだ、三十分あるじゃない?」と、メグミが言う。


「こんなお互いの体液が体にくっついて、ベトベトしている状態でだね、メグミ、シャワーも浴びずに服を着て、チェックアウトするってのは問題だろ?」とぼくが言ったら、「ギリギリまでやりたいのになあ・・・」とメグミが言う。「しょうがないわね?シャワー浴びよう」

「じゃあ、二人で浴びよう」

「あ!そういうのいい!」

「メグミ、また別のこと考えているだろ?」

「何を考えているというの?」

「バスルームでもやりたい!なんて考えているだろ?」

「あれ?わかった?図星!したことないもの・・・」

「髪の毛が濡れちゃうよ」

「ショートヘアだからすぐ乾くもん。真理子のロングヘアだったら大変なんだろうけどさ」

「まったく、そういう比較って問題だと思う」

「ほら、気にしないで、シャワー浴びよ」


 ぼくらはシャワーを浴びて、きれいになった。(きれいになる前にちょっとあったけど)メグミが昨日買った下着をつけている。「ほら?新しいブラとパンティー!見てみて!きれい?」

「ちょっと精神年齢が上がったような気がするね」

「ひどい言い方」

「きれいだよ、また脱がしたくなる」

「ええ?またやるの?」

「冗談だって」ぼくはスカートのジッパーを引き上げるメグミに言った。


「なあんだ、つまんないの」と、メグミがポロネックのセーターを着ながら言った。


 ぼくがチノパンツのジッパーを引き上げたとたん、メグミはぼくの脚に抱きついてきて、「ねえねえ、みんなこんなことしているのかなあ?」と、ぼくを見上げながら訊いた。


「ぼくは『みんな』じゃないから、わからないよ。でも、男の子で経験がない人間には想像もつかないのだろうね。女の子がメグミみたいなことを考えている、しちゃう、ということが。でも、もちろん、メグミのエッチ大好き!は普通じゃないな」

「だって、赤ちゃんが欲しい!と体が要求しているんでしょ?明彦説によると。仕方ないのよ」

「それは生理前のお話でしょ?メグミ、生理は二週間前に終わったでしょ?」

「あ?あれ?そうだったけ?」

「また、とぼける。さあ、チェックアウトして、旅行代理店に行こうよ」

「つまんないなあ・・・もっといたいのに」

「また、同じような夜と朝があるよ」

「何度あるかな?」

「ぼくが死なない限りあるんじゃないか?でも、もうクタクタだよ」

「すぐ、回復するわよ」


 ぼくらはチェックアウトして、銀座の旅行代理店を探し回った。面倒な話はそのあとにしようね、と言って。こんな関係なのに、脳天気に旅行代理店に行こうなどというアホウなコンビだった。

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