12.お母様の容態

「イザベルの容態が良くないとは、一体どういうことだ?」

「病気の進行は進んではいないのですが……」

「どうして、病気が進行していないのに悪化していっているんだ!?」


 医者の言葉にお父様は声を荒げた。そうだよ、意味が分からない。病気が進行していないということは悪化していない、ということになるんじゃないの?


「問題なのは体力です。日に日に起きている時間が少なくなっていっています。その理由は体力が衰えているからです」

「体力がそこまで重要なのか?」

「はい、とても重要です。その体力を得るには、ちゃんとした食事が必要でしょう。ですが、食べる量が少しずつ減っていっていて、必要な栄養を取れていません。だから、体力が落ちていっているのです」


 それは、私も実感していたことだ。お母様の食べる量が日に日に減っていっている。もっと食べてもらいけど、お母様はすぐに限界が来てしまう。もしかして、私がお母様を甘やかして食事を早めに切り上げたせい?


 だったら、私はお母様に無理やりにでも食事を取ってもらった方が良かった? ……でも、そうするとお母様はむせてしまう。その衝撃でお母様の体が痛む。だから、私は無理をさせないように食べさせていた。


 もしかして、私が原因? 私が無理にでもお母様に食べさせなかったから、お母様の体力が衰えていっているの?


 お母様の体力減退の原因は自分かもしれない。そう思うと、胸が苦しくなってくる。そして、自分を傷つけたくなる衝動が湧き起って来る。ダメ、もう自分を傷つけて周りに心配かけないって決めたんだから!


 自分の中で激しい葛藤が巻き起こる。そんな時、医者が言葉を続けた。


「このまま体力が衰えていけば、本当に危険な状態になります」

「なっ……そこまで悪化しているのか!?」

「そんな、お母様!」

「何か手を打てないのか!」


 お母様が危険な状態? その言葉を聞いて、また血の気が引いた。やっぱり、私のせい? 私が無理やりにでも食事を取らせなかったから、お母様の体力がなくなっていって……。


「数年、堪える体力もないでしょう」


 その言葉に絶望した。そして、耐え切れずに私は勢いよく部屋に入った。


「なっ、ルイ!?」


 突然、私が入ってきたことにみんなが驚いている。だけど、それに構ってなんていられない。


「お母様の体力がなくなったのは、私のせい!? 私がお母様に食事を与えるのを途中で止めたせいなの!?」

「それは……ルイ様のせいじゃありません。イザベル様が食事を召し上がらないことが問題なのです」

「違うの! 私がお母様に無理をさせたくなくて、食事を途中で止めさせていたの! だから、私のせいなの!」


 耐え切れずに声を上げた。お母様が危険な状態になったのは、食事を与えている私のせいだ。なんで、もう少し頑張ろうとか言えなかったのか。中途半端な優しさのせいで、お母様は!


「私のせいだ! 私が生まれなきゃ、こんなことにはならなかった! 私が生まれたから、お母様は!」

「そんなことないわ! ルイが生まれてきて、とっても嬉しかったのよ!」

「そんなことない! お母様が元気なのが、みんなにとっての幸せなんだ! だから、だから……私なんて!」


 抑えていた気持ちが久しぶりに爆発した。私が生まれたせいで、お母様は寝たきりになってしまった。私が生まれなきゃ、今頃私以外のみんなで楽しい日々を過ごせていたのに。


「私なんて! 私なんて!」


 拳を作って、自分の頭を叩く。すると、その手が掴まれた。顔を上げると、そこにはお兄様がいた。


「以前と同じように自分を責めて傷つけたらダメだよ。ルイは全然悪くないんだ」

「でも、でも!」

「悪くない。ルイは全然悪くない」


 そういって、私の体を優しく抱きしめてくれた。


「うぅ……本当は心の中では私を責めているのにっ」

「全然、責めたりしてないよ。だって、ルイは悪い子じゃないって分かっているから」

「私が生まれなきゃ良かったって」

「僕はこんなに可愛い妹が出来て、とても幸せだよ。ルイだって、生まれてきて幸せだろう?」


 お兄様は優しい声で私を慰めてくれる。すると、私の荒れた心が次第に収まっていく。


「私もルイが生まれてきて、とっても幸せなの。神様からの贈り物だって思っているわ」

「お姉様……」

「みんな、ルイのことを宝物だと思っている。それは、イザベルも同じさ」

「お母様も同じことを?」


 お姉様とお父様も近づいてきて、私を抱きしめてくれた。そうだ、私を愛してくれる人達がいる。その事を思い出すと、心が段々と落ち着いてくる。


「ルイはみんなの宝物さ。だから、無暗に責めたり傷つけたりしたらいけないよ」

「……うん。ごめんなさい。また、責めて傷つけちゃった」

「いいんだよ。そのままのルイが素敵なんだから」


 また、みんなに迷惑をかけちゃったな。素直に謝ると、お兄様が頭を撫でてくれる。みんなの愛を感じて、私は嬉しくなった。


 でも、こうしちゃいられない。お母様の体が衰弱しているのであれば、私の薬でそれを解決しないと。そうだ、私はお母様の事は諦めたくないのだ。


「お母様の体は弱くなっているだけなの?」

「えぇ、そうですよ。もっと食事が取れれば、体力が付くと思うのですが……」

「そう、分かった。じゃあ、私がお母様に食事を食べさせるだけの体力を付ける薬を作る」

「ルイ様がですか? 普通の薬師でも無理だったことを?」

「大丈夫、私は錬金術師だから!」


 錬金術師、それは色んな人を助ける事が出来る職業。ゲームの中でも、色んなアイテムを作って色んな人たちを助けてきた。だから、ここでも同じような事をする。


「先生、ルイに薬を作らせても?」

「……可能性があるなら、賭けてみてもいいでしょう。今まで色んなアイテムを作り出してきたんです、もしかしたらイザベル様の体調を戻す薬を作れるかもしれません」

「お願い、私に任せて! 絶対にお母様の体力を付ける薬を作ってみせるから!」

「ルイ……」


 お父様は難しい顔をして考えた。しばらく、目を瞑って腕組をしている。色々考えているけれど、どんなことを言われても私は薬を作ることを止めないよ。


 すると、お父様が真剣な顔をして口を開く。


「ルイ、イザベルの事……頼めるか?」


 待ってました、その言葉! 私は自信満々に頷くと、ドンと自分の胸を叩いた。


「私に任せて!」

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