稜 第四十二話
「EXZのYumaの子ねぇ、…ろくでもなく遊ばれたってことか」
ゆいと悠馬の関係が週刊紙にスクープされた。
ゆいの周りは俄然騒々しくなって、マンションも病院も翔の保育園さえ、常にマスコミ関係者に見張られていた。
「遊ばれた、…って訳じゃないと思う」
2人がどんなつき合い方をしていたのか分からないけれど、悠馬は恐らく、今もゆいを想ってる。
悠馬は翔のことを知らないのかもしれない。
「海外でレコーディング中だっけ? 面倒くさくて逃げてるんじゃないの?」
湊人がイライラしたようにグラスを傾ける。
ちゃんと紹介する前に、俺とゆいの姿は全国ネットで放映された。
ゆいと翔が苦境に立たされていると知ったら、悠馬はすぐにでも飛んでくると思ったが、海外から戻る気配はない。
まだ、知らないのか、あるいは。
「俺が新しい父親だって、言っても良いんだけどな」
ゆいにはさらさら、そんな気はないだろうけれど。
「お前…っ」
湊人が一気に酔いが覚めたような目を向ける。
「いや、…確かに庇護欲くすぐられる子だけどさ、…」
湊人の言いたいことも分かる。
端から見たら、俺は恋に狂った間抜けで、報われる当てもない相手に夢中になっている。
「どうやって守ったらいいか分からない…」
マスコミに終始見張られて、有る事無い事吹聴されて、ゆいは傷つき消耗している。
北野はともかく、職場でゆいに向けられる空気も決して穏やかではないし、敏感な翔は内にこもり始めている。
「充分じゃねえの? マスコミの盾になって、マンションに一緒に住んで、…お前までイケメン外科医とか騒がれてさあ」
湊人が吐き出すように言うが、騒がれているのは別にゆいのせいじゃない。
ゆいは他に誰にも頼れない。
『あまり過熱するようなら、地方に移すわ』
北野の言葉が刺さる。
ゆいが東京を離れるなら、俺も…
「稜。あんまり悩むなよ。Yumaは既に結婚してるんだし、ゆいちゃんだっけ?には、お前がいる。それぞれ過去のことなんだから、そのうち世間の関心も薄れるさ」
湊人の言うとおりなんだろう。
このまま悠馬が動かなければ。
わざわざゆいを連れ出してキスしてたヤツが、このまま放っておくとは思えないが、悠馬が今の奥さんや世間体を優先させるなら、…
飲んでも酔えない。
そんなはずはない。
悠馬はゆいをさらいに来るだろう。
俺は本当に最低だな。
ゆいには幸せになってほしいと思っているのに、俺の腕の中から居なくなるのが怖い。
なくしたくない。
あんなに傷ついて、疲れ果てているのに、まだこの腕に抱いていたい。
ゆいと一緒に地方に移った方が良いのかもしれない。
ひっそりと、3人だけで。
悠馬から離れて。
「稜、…お前、重症だなあ」
俺は心底勝手な人間で。
まだゆいを抱いて眠りたいんだ。
悠馬が現れたのは、それから間もなくだった。
「どうしても会いたいんです。お願いします!」
既に日が沈み、ひと気もまばらになったとはいえ、今をときめく話題のトップアーティストが病院の夜間窓口で土下座していたら、嫌でも目立つ。
入口付近に、マスコミ関係者らしき数名がうろついているのも見える。
来た、か。
頑固で誠実な守衛の槙田さんは、話題のトップアーティスト相手でも容赦しない。
それでも。
悠馬の必死な姿は胸を打つ。
近づきながら槙田さんに目で合図を送ると、何もかも分かっているように、うなずいてくれた。
「遅かったな」
危うく、ゆいを連れて逃げるところだった。
「着いて来い。…ゆいは、俺の家にいる」
悠馬の表情を見る前に踵を返した。
どれだけゆいを想って、ゆいだけを想って、ここに飛んできたのかなんて見たくない。
ゆいを捨てたくせに。
悠馬に親近感なんて抱いてたまるか。
「…ゆいと結婚、してないんですよね?」
俺の仕事が終わるまで、櫻井悠馬はおとなしく待っていた。
甘い顔立ち。均整のとれた身体。
若くて、まっすぐな瞳。
ゆいが世界中でただ一人だけ、想っている男。
俺からゆいを奪う男。
「俺はいつしてもいいと思ってる」
ゆいの待つマンションまで、悠馬を乗せた車で向かう途中、堪り兼ねたように聞いてきた悠馬をはぐらかすと、ヤツはわかりやすくふてくされた。
そんなに大事なら、置いていくんじゃねえよ。
他の女と結婚して、ゆいを泣かせるなよ。
…馬鹿なヤツ 。
「でも、ゆいはしないだろうな」
つぶやきは、悠馬に言っているのか、自分に言っているのか、分からなくなった。
「ゆいは、お前でいっぱいだから」
夜の街にテールライトが流れる。
俺のマンションに居ても、俺の腕の中に居ても、ゆいは悠馬だけを待っている。
ゆい。
一人で必死に頑張ってきた、ゆい。
今、連れていくから。
お前が一番会いたい人を。
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