第26話 それから、どうなったのか

 窓辺に立ち、北の冷たい風を感じる。透き通った空気が肌を冷やし、遠くに広がる山々の稜線が夕日に照らされて輝いていた。


 ガーランド様が無事に王都を奪還されて一ヶ月が経った。届いたばかりの父からの手紙には、王都の様子が細かく記されていた。政治の立て直し、混乱の収束、そして民衆の喜びの声。それから、ザインの公開処刑についても。


「結局、そんなことになってしまったのね」


 私は静かに呟いた。あれから随分と時が過ぎた。私がザイン王子との婚約を破棄されてから。思えば、あれが全ての始まり。私の人生を変えたのも、彼の運命を決めたのも、あの婚約破棄だった。


 今思えば、あの婚約破棄は、私にとって大きなキッカケだった。彼にとっても。それで彼は、取り返しのつかない道を進んでしまった。私は、それを止められたかもしれない。でも、あの時の彼は、自分がこのような結末に至るなんて考えもしなかったでしょう。だから、仕方のないこと。




 ザインの処刑のことは、すでに終わった後に知った。私はレナードと共に、この北部地域の鉱山と村々の管理に忙しく、王都の出来事を知るのはいつも遅れる。手紙が届いたとき、私の心には奇妙な静けさだけがあった。


「フローレンス、資料の確認ができたよ」


 レナードが書斎に入ってきた。彼は手に厚い帳簿を抱え、いつもの温かい笑顔を浮かべている。


「ありがとう。私の方でも確認するわね」


 私は手紙をテーブルの上に置き、彼の隣に並んで帳簿に目を通す。鉱山からの収益は予想以上に好調だ。レナードが提案した新しい採掘方法が成功している。また、彼が指導した農民たちの新しい農法も、少しずつ実を結び始めていた。


「こんなに良い結果が出るなんて」

「君の判断が正しかったんだよ」


 レナードは優しく微笑んだ。


「投資を決めたのは君だから。資金を適切に配分して、リスクを計算したのは全て君の功績だ」


 私たちは互いを見つめ、少し照れながら微笑みあう。かつて王宮で過ごしていた頃の私には、こんな穏やかな幸せがあるとは想像もできなかった。


 テーブルに置いていた手紙を再び手に取る。リーオン様から届いた正式な招聘状も同封されていた。側近として王都に戻り、共に王国を立て直してほしいという内容。


 王都では、リーオン様の即位に向けた準備が進んでいる。ガーランド王の隠居と、リーオン王子の即位の儀式が近々行われるという。王子から、私たち二人に近くで支えてほしいとお願いされた。私たちを評価してくれているみたい。


「リーオン様からの招聘状、どうする?」


 レナードが尋ねた。


「返信を送ったわ。丁重にお断りしたの」

「そうか」


 レナードは納得した表情を浮かべた。彼と話し合って出した結論を、そのまま返信した。私たちの居場所は、北の地だから。


 この土地で、私たちにしかできないことがある。まだまだ発展の余地がある北部の地域を、より豊かにしていくこと。遠くの地から、新たな王となるリーオン様を支えること。それが私たちの役目。王都には、助けてくれる人たちが多くいる。各地の有能な貴族たち。その人達に任せておけば大丈夫でしょう。


 リーオン様は、私たちの判断を支持してくれた。返信には、「あなた方の働きこそが、王国の真の力となる」と記されていた。そんな彼だから、きっと良い王になってくれるでしょう。聡明で思慮深い。ガーランド王の遺志を継ぎ、良い統治ができるはず。私は安心していた。


 レナードと二人で窓の外を眺める。雪解けで現れた茶色い大地に、うっすらと緑が見え始めていた。私たちが最初にここに来たときは、全てが厳しく冷たく感じられた場所だ。だが今では、この風景が私の心を平和で満たしてくれる。


「この村の建設が終われば、次は東の谷の灌漑設備に取りかかりましょう」


 私は新しい計画を口にした。レナードは頷き、私の手を優しく握った。彼の手の温もりが、心地よい。


 何か始まりがあれば、終わりもある。そして新たな始まりが訪れる。私の人生も、王国も、同じなのだろう。


 おそらくもう、私は王都に戻ることは二度とないでしょう。確信があった。選んだ道を歩む確信。この北の地で、レナードと共に、新しい未来を築いていく。


 かつて私は「どうなるのか見てみたかった」と思っていた。婚約破棄された後の王国が、あの人がどうなるのかを。そして今、その答えを知った。


 窓辺に立ち、夕日が山の向こうに沈むのを見つめながら思う。これから先も、遠く離れた場所から見守っていくつもりだ。王国の、この先を。そして、その一部として生きていく自分自身の未来も。

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