縁の村
「ゴミを捨てるなと管板を立てたり、見回り強化実施中なんて大いにアピールするのは逆効果ですよね?」
「結子ちゃんわかってるやん。せやねん。あかん言うたら、するやつが絶対におる」
広美さんが間髪入れずに同意する。人間、禁止されると意地でもやりたくなってしまう。そうして不法投棄をする人とのいたちごっこが続いては元も子もない。
私はツクモ君の背中にしがみついて話を聞くチリくんをチラリと見てから。言葉を放った。
「神ノ郷村はゴミを許さないのではなく、物を大切にするとアピールするのはどうでしょうか?」
「物を大切に?」
広美さんが首を傾げる。チリくんのために何かしたいと考え続けた時間が、形を成して繋がった。私の口が淀みなく動く。
「サスティナブルが注目されるように、古いものを大切にして長く使おうという流れもあります。古民家カフェが流行るのは皆が古いものに惹かれる時流があるからです」
小さなドーナツ屋さんは築百年の古民家だ。私が店をぐるっと見回すと、北川夫妻も私の視線を追ってくれた。
「新しいものは作れますが、古いものはすぐ作れません」
私が右手の翡翠の指輪をするっと撫でると、ツクモ君が自分の頭に手を添える。
「長い時間自体を操ることは誰にもできないからです。物に宿った時間には、抗えない魅力があります」
私は受け継いできた古いものが、大好きだ。古いものが重ねた時間とぬくもり。そこに宿る思い出と情緒を、愛おしいと思う。
やや眉を顰めた広美さんは重そうな口を開いた。
「私も古いもんは好きやで。でもそれをどうやって村のアピールに繋げんねん?物を捨てたらもったいないってか?私が言うのもなんやけど、もったいないなんて古風な響きやで」
視野の広い広美さんは今どきの感覚を持っている。私もそう思う。だから、私はもう一歩先まで、考えた。
「神ノ郷村を『縁の村』だと銘打つのはどうでしょうか?」
「縁の村?」
「神ノ郷村が目指すものはサステナビリティ。『循環』つまり『円』です。四季は巡り、草花は咲いては枯れて種から芽吹くを繰り返す。自然は円の形でできています。その円環を壊す不法投棄の根源は……人間が物を軽く扱う気持ちです」
チリくんの金青の瞳から私へ注がれる視線。痛いくらいに真剣だ。私も真剣に語る。
「物と人間の関係に疑問を投げかけることで不法投棄に対抗するのはどうでしょうか。不法投棄をやめろではなく、もったいないから物を大切に、でもなく……」
私はちらりと、ツクモ君とチリくんを見つめる。
「物との出会いは縁だから」
私は北川夫婦に向き直り、笑みをつくる。私は物であるツクモ君との出会いに、救われたから。そこに縁があると、痛いほど知っている。
「神ノ郷村は、縁を結ぶ村と、言い換えてみたら前向きで響きやすいのではないでしょうか」
広美さんよりも先に、北川さんがカウンターに前のめった。
「ええプレゼンやないか!そこまで言うんや。具体的に何かやりたい案があるんやないか?」
北川さんの鋭い指摘に、私は頷いた。物との関係に一石投じるならやってみたいことがある。
「『蚤の市』をやってみるのはどうですか?使わなくなった古い物との別れと共に、それを欲しいと思う誰かとの出会いの場。まさしく円環と縁の場所です」
北川さんが間髪入れずにバンと手の平でカウンターを叩いた。
「気に入った!企画書持って来い!環境課バックアップで盛大に盛り上げたるわ!」
「え、私が企画に参加ですか?」
北川さんの太鼓判をもらって、後押しするとまで言われて私が目をぱちくりしていると今度は広美さんがぴょんと立ち上がった。
「神ノ郷村の蚤の市、ええやんか!横で一緒に美味しいもんも売って一大イベントにするで!縁の村、神ノ郷や!結子ちゃん、言い出しっぺの法則って言うのがあるんや!言うたんやから最後までやりや!」
「は、はい!」
北川夫婦の大いなる後押しを受けて、私は蚤の市の開催を目指してイベント主宰側として走り回ることになった。
企画書なんて作ったこともないのに作って、北川さんに指摘されて何度もやり直して、新レシピを試作する時と同じくらい寝不足になりながら取り組んだ。
環境安全課の後押しがあるために村人は非常に協力的で、「蚤の市」企画には賛同者も支援者もぞくぞくと集まった。
蚤の市の企画に食いついた和也君が中学校で宣伝した。中学生たちも出店側として参加することになり、役場、小中学校、村の飲食店、婦人会に自治会と村全部を巻き込んだ大イベントの立ち上げだ。
あっちこっち飛び回る私の隣をツクモ君はのんびり歩いていたが、チリくんはずっと私の背中に乗っかっている。蚤の市の準備に勤しむ私の背中にくっつくチリくんの瞳には、光が溢れていた。
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