第12話 庭での戦い(2)
何はともあれ。秋が終わるまでの間、虫の被害に困ることはないだろう。
これでようやくハーブ園に手を付けることができる。
ちなみに今日はビーミッツのクイーンであるエリーも遊びに来てくれていた。
「まあ! まさか昨日、そんなことがあったとは思いませんでした」
なんでも昨日、春花の庭から出て行った虫達は森へ殺到し、ビーミッツ達は何事か混乱していたようだ。
「はい……改めてアリュース様の力を思い知りました。まさか昆虫とも意思疎通が図れるなんて」
「あれは神の特権です。私も昆虫と会話ができますが、応じてくれる者は数少ないですし」
エリーがため息交じりにそう言い、テルーも大きく頷く。
「わたくしもです。さすがアリュース様ですよ」
「…………ちなみになんですけど、アリュース様って、地属性の神々の中でどのくらい偉いんですか?」
春花がそう小声で訊ねると、二人は目が零れ落ちそうになるほど大きく見開いた。
「え……ハルカ様?」
「本気で言ってるんです?」
信じられないと小さく震える二人に、春花は慌てる。
「だ、だって、今まで知る機会がなかったんですよ! ましてや他の神様なんて会ったことがないし!」
他の神と繋がりがある存在は、先日に会った玻璃くらいだろう。
彼女の母親は大地の女神。地属性の魔物は女神の子孫と言うくらいなので、少なくとも大地の女神よりは偉くないはず。
テルーとエリーは互いに顔を見合わせたあと、二人でハルカの両肩に手を置いた。
「いいですか、ハルカ様。心して聞いてください。ハルカ様は単なる使徒ではございません」
「アリュース様は地属性で序列第二位。ティアルーズ様に次ぐ……いえ、序列一位のティアルーズ様を叱り飛ばすほど偉い神様です!」
「えっ⁉ えぇええええええええええええええっ⁉」
テルーとエリー曰く。
この世界の神々は柱会議といって、各属性の上位三柱のみが出席を許される会議がある。
アリュースもその柱会議に出席することができる偉い神様なのだ。
それどころか、神々の中でも仕事に忠実で真面目。柱会議では各属性の序列一位達を抑えて議長を務めるほどの神である。
「ま、まさかそんな偉い神様だったなんて……いや、すごい人気がありそうなのは薄々分かっていましたけど……けど……!」
仕事ができる有能な男性イメージが強かったが、まさか上司を叱り飛ばして議長も務めるなんて、めちゃくちゃ過ぎる。
「もしかして、私を札付きにすると他の神から目を付けられるって……」
「もちろん、有能なアリュース様が見込んだ使徒だからですよ。ましてや札付きだなんて、使徒の中でも格が違いますわ」
「まだ神々に公表していないようですし、存在を知られたらきっと天属性達が媚びを売りに来ますよ」
「うっわ……」
親の七光りみたいでなんか嫌である。
ますます彼の恥にならないよう気を引き締めておかなければ。
「それよりもハーブ園の構想はどうですか?」
「ああ……実は大きな噴水とかも置きたいんですけど、今回は種類ごとにきっちりきっちり植えたいんですよね」
地面をしっかり舗装し、種類ごとに区画を作って植えるのだ。イメージはファンタジー世界の植物研究所の花壇である。
さすがに敷地内に温室を建てることは難しいので、普通に花壇にする。
「コール。スキル『空間把握』」
春花はあらかじめ作っていた見取り図を二人に見せると、彼女達は感嘆とした声を漏らした。
「まあ、他のお庭と違って、すっきり整頓されていますのね」
「ラムメリーちゃん達の庭はともかく、他の二つは自然の美しさを生かしてますからね。ただ、地面を舗装するデザインが決まらないんです」
ただ煉瓦を並べていくのではなく、煉瓦の置き方で模様を作りたいのだ。扇状に並べたり、四角に並べてみたり。
基本的に『空間把握』は決められたデザインの物しか置かれていないので、自分でやるとなるとだいぶ時間がかかる。
それに加え、自分はラムメリーの絵を豆大福と間違えられるほどの絵が下手だ。煉瓦を並べようとするとなんかおかしいのである。
「こう波みたいにうねったり、四角に並べてみたりすると模様があっていいと思うんですよ」
「波?」
「模様?」
どうやら二人には伝わらない。この悩みを誰に打ち明けたらいいのだろうか。
「あ~、分かります。煉瓦の色とか、形を変えるだけでもかなり印象変わりますよね」
突如現れた第三者の声に、三人は声のする方を向くと、銀髪の少女が人懐っこい笑顔を浮かべて立っていた。
「ハルカ様、こんにちはー!」
「は、玻璃ちゃん⁉」
おおよそ半月ぶりの再会である。
前回はパーカーにキュロットスカートだったが、今回は丈の短い雨合羽の下にフリル付きの立ち襟シャツと黒いショートパンツというどこかスチームパンクを感じさせる衣装だ。
(今日も可愛いな……いや、なんでここに玻璃ちゃんが?)
しかし、今日は何も宅配を頼んでいないはずだ。
テルーとエリーが緊張した顔で背筋を伸ばし、ハルカの前に立つ。
「『原初の怪物達』とお見受けいたします。一体、何の御用でしょうか?」
エリーが静かにそう言うと、玻璃は気まずそうに耳を下げて笑って頬を掻いた。
「すみません。約束も無しに訪問をして。実はハルカ様にご用事があって……でもその前に、先ほどのお話、ボクにも聞かせてください。ハルカ様のお悩みにきっとお役に立てると思います」
ニコニコと笑う玻璃を警戒しつつ、エリーとテルーが春花に返事を促す。
(二人とも……こんな可愛い子を警戒しすぎじゃない?)
しかし、彼女はティアルーズの娘。アリュースから丁重に扱うよう指示されていたこともあり、春花は二人に向かって頷いた。
「じゃあ、中に入って話そうか。南部まで来たの大変だったでしょ?」
「はい!」
◇
「なるほどなるほど! 新しい庭を舗装したいのに庭のイメージに合うデザインがないのですね!」
玻璃はそういうと、出されたレモネードをちゅーと吸っている。
「美味しい。今日のレモネードの蜂蜜は琥珀姉様のですね!」
「正解。それで、玻璃ちゃんならお役に立てるってどういうこと?」
春花のスキルはアリュースが作ってくれたものなので、『空間把握』にあるデザインは限定されている。
春花の悩みを解決できる策があるなら、ぜひ聞いてみたい。
彼女はニコニコしながら、持っていたレモネードをテーブルに置いた。
「はい。デザインがない、作れないと言うなら専門の者に外注……つまり、ドワーフに依頼すればいいんです!」
「……どわーふ?」
ドワーフといえば、ファンタジーによく登場する鍛冶や物づくりをする小人の妖精のような存在である。
ファンタジー系の物語では主人公の為に武器を作ってくれる心強い仲間だったりするのだが……。
「な、何をおっしゃってますの⁉」
声を荒げたのは、まさかのエリーだった。
「ドワーフって言ったら、天属性ではありませんか!」
「え⁉ そうなの⁉」
天属性は人間だけと思っていたが、まさかドワーフも天属性の仲間とは知らなかった。
「そうですわ! 天属性は人間、獣人、エルフ、ドワーフです! 天属性がこの地に足を踏み入れるなんてご法度もいいところ! アリュース様は絶対に許しませんわ!」
「え……そうかなぁ……」
「エリーの言う通りです! 先月のことなのにもう忘れたんですか⁉ アリュース様がすっごい怒ってたじゃないですか⁉」
言われてみれば、先月にテルルの森が全焼した一件で彼の怒りを目の当たりにしたことがあった。
一時期疲れた顔をしていたが、先日会った時には普段通りにしていたので、喉元過ぎれば熱さを忘れるとやらで、もう怒っていないのではなかろうか。
エリーとテルーが騒いだことで、玻璃が目を白黒させている。まさか怒鳴られるほどとは思っていなかったのだろう。
「え、え? あ、あのう……もしかして、アリュース様に何かが……?」
何度かアリュースがアークリウムへ訪ねに行っているが、どうやら彼女は何も知らないのか、彼女に鋭い視線を投げかけるテルーとエリーに狼狽えていた。
「二人とも落ち着いて! ごめんね、玻璃ちゃん。実は先月、南部にあったテルーの森が天属性のせいで燃やされちゃって……この二人はその森の出身なの」
「なっ……」
さすがの彼女も言葉を失っている。
限界まで見開かれた金色の目に、うっすらと涙が浮かぶ。
「ご、ごめんなさい! まさかそんな事情を抱えているなんて知らなくて! それなら……とんでもなく無神経でした……」
徐々に言葉尻が弱くなり、三角の耳はしゅんとして垂れてしまう。
「でも、なんで庭造りにドワーフなの?」
彼女だって地属性の生まれだ。話を聞く限りでは彼女の母、ティアルーズは天属性を嫌っている印象が強かった。
そんな彼女がなぜドワーフに頼むことを提案したのだろう。
玻璃はどこか言いにくそうに口を開く。
「大変言いにくいのですが、我がアークリウムではドワーフの職人を採用しているんです」
「「えええええええええええええええええええええええええっ⁉」」
アークリウムはティアルーズの息子が運営する北部最大のダンジョンだ。
そんなところで天属性がいるとは春花だけでなく、テルーとエリーも驚きを隠せず声を上げた。
「なぜ⁉ どうして⁉ アークリウムの主は『原初の怪物達』でティアルーズ様の札付きでしょう⁉」
「ましてや北部は天属性と争っていた時期があったじゃないですか!」
「えーっと……何から説明したらいいのやら……」
玻璃はアークリウム創設に関わる出来事をゆっくり話してくれた。
その昔、彼女の兄は母ティアルーズにゴブリン達を導くように言いつけられ、小さな洞窟の主となった。
ゴブリン達が石を叩いて割った武器を使ったり地べたで寝たりする生活を送っていたのを見て、こう考えたらしい。
『もっと生活水準をあげてぇな……』
ティアルーズから貰った力で、彼ら生活を豊かにすることは可能だ。
しかし、彼らが真に生きていくためには、彼らが自分で考え、行動し、努力する必要である。
そうは言っても、ゴブリン達には技術も知恵もない。そもそも、自分を含めて他属性の生活も知らないのだ。
そこで彼は見聞を広げるため、まだ小さな狼の玻璃を連れて天属性の里へ下りた。
彼は冒険者をする傍ら、依頼中に遭遇した地属性を勧誘したり、天属性の生活を調べたりしながら過ごしたのである。
天属性にはドワーフという優秀な技術職がいる。どうにかして彼らの技術をゴブリン達に継承できないかと悩んでいたところ、冬の山で遭難しているドワーフと出会った。
これ幸いと彼女の兄はドワーフに交渉を持ちかける。
『冬の間、居場所を提供する代わりに、お前の技術と魔力を寄越せ』
ドワーフにとって技術とは人生そのものである。
生涯をかけて身に付けた技術をそう簡単に継承するわけにはいかない。相手が地属性であるならなおさらだ。
しかし、ドワーフは彼女の兄の交渉に乗った。
北部の冬は雪と氷の世界。命には変えられなかったのである。
初めてみるドワーフの技術はゴブリンの若者達に大きな衝撃を与え、技術職を志す若者が増えた。
そして、冬の間ドワーフは彼女の兄と会話を重ねていくことですっかり意気投合し、属性の枠を超えて仲間となったわけである。
このように彼はドワーフのみならず、天属性を次々に仲間に加え、北部最大のダンジョン、アークリウムが出来上がったというわけである。
「というわけで……アークリウムには普通に天属性がいます。あと、アリュース様もご存知です」
(わー……ラノベの主人公みたい)
まるでとんでもないサクセスストーリーの一部を聞かされた気分だ。
自分だったら、彼らに努力させることも技術を与えようとも考えず、なんでもやってあげそうである。
「他属性同士、喧嘩にならないんですか?」
「あー、そこはうまい具合になっていまして……アークリウムの民の敵は、お兄様です」
彼はアークリウム民の不満を一挙に買っているらしく、一部では暴君として有名らしい。
有名な話では、ダークエルフとの間に起きた税金の徴収の話である。
彼は税金と称して配下から魔力を徴収していたらしく、ダークエルフに「ゴブリンと徴収量が違うのは不公平だ」と抗議されたらしい。
当時、種族によって魔力量が違うため一律二割の徴収、前世でいうところの累進課税制度を導入していた。つまり、量から見れば、ダークエルフの方が多く魔力を取られるのである。
『こちらが天属性だから割り増しして取っているんでしょう? おまけに労働までさせられて不公平だ!』
彼はゴブリンの子ども達に読み書き計算の他に魔法のことも教えていた。労働もあるのに魔力まで取られてはかなわないと。
『なるほど、確かにお前の意見は最もだ』
アークリウムの主は、じっくり彼の意見を聞いた後、こういった。
『では、オレと同じ量の魔力をお前から徴収しよう』
彼は亜神。一律二割となれば、この場にいる誰よりも魔力を支払っている。
『そして、オレと同様に週の労働時間を一四四時間にしよう。これで公平だ』
彼は誰よりも強靭な肉体を持ち、誰よりも配下の為に身を粉にして働いている。
『それが出来なきゃ、今すぐ銀の世界に飛び込んでもらおうか?』
外の世界は猛吹雪。どんなに着込んで魔法で寒さを緩和させても活動限界というものが存在する。それに加えて吹雪で視界は最悪だ。入念な準備も無しに飛び込めば、麓には辿りつけない。
『こっちは入念な準備をして冬ごもりしている。食料、燃料、薬、衣服、毛皮。外敵の駆除もだ。もちろん、冬の女神の気まぐれで春が遅れた時の備えもしている。オレ達が頑張って用意した保険分をお前に当てているわけだ。つ、ま、り、こっちも慈善事業じゃねぇんだよ!』
(鬼かな?)
話の筋は通っているのだが、相手を言いくるめるにしたって言葉が乱暴すぎる。
ハルカの中でアークリウムの主の印象がシスコンのやり手から、暴君へと変わっていく。本当に玻璃が慕っている兄なのだろうか。
「こんな感じではありますが、兄を通して我がアークリウムのドワーフに依頼すれば、ハルカ様の望む舗装ができると思います。いかがでしょう?」
可愛らしく首を傾げる玻璃に、春花はすぐに頷けない。
「その感じからすると、とんでもない対価を要求されそうなんだけど」
「はい、もちろんです! でも、ご安心ください。お兄様は相手が支払えないような対価は要求いたしません」
玻璃の言葉に春花は「ああ、やっぱり」と苦笑してしまう。
アリュースは『ショップ』の為に彼女の兄に相当な対価を払ったと言っていた。
今、自分がアークリウムの主に対価として差し出せるのは、せいぜい手作りのポプリやラベンダースティックくらいだった。
(どうしよう……アークリウムのドワーフでも、エリーさんやテルーさんは天属性がこの庭を出入りするのは気分が良くないだろうし。デザインは私が時間をかけて頑張って作れば……)
「ハルカ様」
隣にいる二人が心配そうな顔をして、こちらを見下ろしていた。
「ハルカ様はこの地で庭造りを楽しむようアリュース様から役目を与えられた身です。先ほどは感情が先走ってしまいましたが、私達のことはひとまず置いて、自分のしたいように決めてください」
「エリーさん……でも……」
「天属性だけど、アークリウムのドワーフが森を焼いたわけでもないですし……ハルカ様が作りたいものが作れなくなっちゃうのは、嫌です」
「テルーさんも……」
二人とも春花がオープンガーデンを開く夢を応援してくれている。その気持ちはとても嬉しい。アークリウムのドワーフといえど、気持ちは複雑だろうに。
「あの~」
玻璃が小さく手を上げながら、ハルカ達の様子を窺い、小さく小首を傾げる。
「すぐにお返事をというのは難しいと思うので、良ければ判断材料にこちらをどうぞ」
そういって彼女が出してきたのは、厚さ五センチはあろう装飾の見本帳だった。
「⁉」
一体、この分厚さのものをどこから出したんだと、この場にいる三人は口に出すことはできなかった。
「それからですね。今日、ハルカ様を訊ねた理由は、お兄様がハルカ様にお願いしたいことがあって、ボクはその伝達係としてきたんです。もし、お兄様のお願いを聞いてくださったら、ドワーフへの仕事依頼の対価はチャラとなると思います」
えへへっと笑いながら尻尾を振る彼女の背後に、春花は何か底知れぬものを感じ取った。
(もしかしてだけど、玻璃ちゃんのお兄さんは頼みごとのために、ドワーフを売り込みに来たんじゃない?)
でなければ、彼女がこんな見本帳を持ち歩いているわけがない。
春花が庭の舗装に困っていたのは単なる偶然だが、何かを作ることに置いてマンネリは必ずぶつかる壁。
前世でゲームしていた時も、既存のデザインに飽きて、他のプレイヤーが公開しているデザインを使わせてもらったことだってあった。これが自分でデザインができたらどれだけ良かったか。
そして、このタイミングは玻璃にとって渡りに船だったに違いない。
(う~ん。さすがダンジョン主さんだな……玻璃ちゃんを交渉役にしたのも、きっと何か考えがあってのことなんだろうな)
彼女は明るく気立てがいいが、その背後には暴君と民から恐れられるアークリウムの主の姿がある。頭の中でそれを意識しておいた方がいいだろう。
「まず、お兄さんは私に何をお願いしたいのか、聞いてもいい?」
春花が緊張交じりにそう訊ねると、玻璃は嬉しそうに笑う。
「はい! 我が兄、アークリウムの主はアリュース様の使徒ハルカ様と同盟を結びたいとお考えです」
「………………どーめい?」
これはまた仰々しい頼み事だ。
同じ地属性の使徒で相手は北部でダンジョンを作り上げたやり手。
普通の権力者であれば、彼が仲良くしようと手を伸ばしてくるなら、すぐに握り返すだろう。
しかし……。
「メリットがない……」
「はい?」
「アークリウム側にメリットがないんだよ。同盟というからには、アークリウムは何か目的があって私と手を繋ぎたいんでしょ? でも、私達は同属性の使徒同士である以前に、お店とお客の関係じゃない? 今の関係の方がアークリウムは利益があると思うな」
スキル『ショップ』はアリュースがアークリウムに対価を支払って使えるもの。アリュースがどんな対価を支払ったのかは知らないが、商売相手が神ならアークリウムは手放したくないはず。
「それに、私はアリュース様からお庭造りに関する能力しか与えられてないの。玻璃ちゃんのお兄さんは、どうして私と同盟を組みたいの?」
玻璃は春花の言葉に目をぱちくりさせ、傍にしたテルーとエリーを交互に見やる。
「あ、あの~……もしかして、ハルカ様はご自身の力に無自覚でいらっしゃる?」
「はい」
「己の力に溺れることなく、鼻にかけない人格者ですわ」
(え? 何の話?)
無自覚とか、鼻にかけない人格者だとか。一体誰の話だろうか。
玻璃はうーんと頭を悩ませた後、ぽんと手を叩いた。
「以前、ボクにバスボムなるものをお土産にくださったじゃないですか?」
「ああ、あれね!」
庭の薔薇で作ったバスボムだ。春花もお風呂に使ってみたが、とても香りが良くて全身の疲れた取れる気分だった。
自画自賛だが、あれはとても出来が良かったと思う。
「どうだった? お姉さん達も喜んでくれた?」
「それが……紅玉姉様がとんでもなく対抗心を燃やしていました」
「なんで⁉」
「紅玉姉様はユグドラシアなので、あんな香り豊か植物を育てられるハルカ様を羨んでいるようです」
「あれはそういう品種なんだよ⁉」
そう前世の世界で品種改良を重ねて生まれたそういう種類なのである。決して春花が育てたから生まれた香りではない。
「前世の世界で長い時間をかけて生まれた品種の一つなの。私が生まれるずっと前からあるし、私はただ植えただけ!」
「うーん……あのお花がそういう種類なのであれば、ちょっと説明がつかないことがいくつもありまして……」
玻璃が耳をぴょこぴょこ動かしながら、低く唸る。
「入浴後に疲労を回復する効果や魅了などの効果があったんですよね。ボクは詳しくありませんが、前世でもそういう効果があるんですか?」
「リラックス効果はあると思うけど……魅了?」
香水などの力で体臭を消し、人にいい印象を与えるという話は聞いたことがある。
春花はあまり香水を使ったことがないが、同期には嗜み程度に香水を使用する子がいて、日に使う香水で雰囲気が変わるのは確かだ。
「えーっと、なんかお話が噛み合ってないですね。そうだなぁ……」
玻璃は言葉を選んでいるのか、唸りながら首を捻ったあと、ぽんと手を叩く。
「あ、そうだ! お兄様のお言葉を借りるなら、ゲームのような『バフがかかる』だそうです! これなら伝わりますか?」
「バフ⁉ そんな効果はないよ!」
それはゲーム内での話で、現実世界ではまず起きるはずがない。そんなことがあれば、世界中が混乱する。
春花が全力で首を横に振ると、玻璃はホッとした様子で「ようやく伝わった~」と笑った。
「つまり『いい匂いがするな』で少し印象がよくなるところを、引き寄せられるくらい魅力が上がるんです。お兄様の調べでは、作ったものというよりも、使った花びらに効果が付与されているみたいです」
「え、えぇ~……」
まさか庭の花にそんな効果があるとは思わなかった。
しかし、驚いている春花とは違い、エリーとテルーが「ああ、やっぱり」と小さく呟いていた。
「以前、頂いたラベンダースティックのおかげで、最近の夜は寝入りも早くて快眠でしたわ」
「庭の薔薇を食べてたら、肌が良くなった気もします」
「「めぇ~」」
話を聞いていたラムメリー達が、着ていたセーターと薄くなった毛を触ってみてと言わんばかりに春花に詰め寄った。
たぶん、このセーターは以前から使用しているものだろう。それでもラムメリーの特徴的なふわふわ感はあるのだが……。
「………………嘘、全然違う⁉」
まったく質感が違う。経年劣化もあるだろうが、それにしても毛の弾力もキューティクルも違っていた。
まだこの土地に来て二か月が経った程度だが、こんなに早く効果が出るものなのだろうか。
「とまあ、そんな感じで。お兄様は春花様のお庭に大変興味を持ちまして。ぜひとも研究材料、もしくは商品として植物を卸してくれると嬉しいそうです。あと、バスボムの作り方とかも。お兄様は美容関係にあまり興味がなくて、作り方を知らないそうで」
「なるほど~…………」
つまり、彼は春花とビジネスパートナーとして仲良くなりたいというわけだ。
最近、天属性との争いの話ばかりしか聞かなかったので、何か政略目的があるわけでもないようでほっとする。
「良かった。じゃあ、戦争とかになったら手を組みましょうとかだったらどうしようと思ったよ」
「あはは。確かに兄は売られた喧嘩は買う人ですが、進んで売りにいく人ではありません。兄は他属性の文化にとても興味関心があり、争うよりも文化を共有し、互いをよく知ることでより良い発展ができると考えています。北と南では文化も生態もことなりますし、新たな文化や技術の向上、発展のためにも春花様にご協力いただきたいのです!」
玻璃は目をキラキラさせながら語る。
争うのではなく、文化を共有し、互いを理解する。それは簡単なようで難しいことであるのを春花は知っている。
しかし、彼女はそうやって実現してきた兄の姿を見てきた。他属性との交流し、共生し、発展してきた彼のアークリウムを。
同盟を結び、春花の庭の花がアークリウムへ渡れば、花に興味を持った人が増え、ガーデニングを始める人やこちらに引っ越して来る人もいるだろう。ガーデン仲間が増えれば嬉しいし、ドワーフの協力があれば、春花の庭造りに幅が広がる。
悪いことではない。むしろ、メリットしかない。
「というわけで、すぐにお返事は無理だと思うので、あとでアリュース様含めた皆さまで考えていただき、後日お返事を……」
「あの、玻璃ちゃん」
春花は静かに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「………………へ?」
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