第8話 春花が目指す庭造り(2)

「お前は使徒の役目をなんだと考えている?」


 再びアークリウムへ訪れていたアリュースは、このダンジョンの主である青年にそう問うた。

 目の前の彼は、ぽかんとしながらも、落ち着いてこう返した。


「次の転生までの修業期間、ですかね?」

「なんだ、それは?」


 聞いたことのない考え方にアリュースは顔をしかめると、彼は苦笑する。


「オレが望んでこの世界に来たわけじゃないのは、アリュース様もご存知ですよね?」

「ああ、ティアルーズが無理やりお前の魂を食らったんだろう? おかげでオレが使徒を連れて帰る時は、かなり手間を取った」


 向こうの世界の神々に痛くもない腹を探られ、「過労死はさせるな」「虐待したら取り上げる」など散々な物言いをされた。

 せっかく使徒を選んだのに取り上げられては困ると、アリュースはハルカの意思を十分に汲み取り、居心地の良い環境を用意したのだ。


 アリュースの苦労を彼は想像ついたのか、小さく笑っていた。


「ええ。向こうの神々の怒りを買ってくれたおかげで、オレは使徒の役目を全うしたら日本に生まれ変われますけど」


 彼はしみじみ言いながら、紅茶を口に運んでいた。


「それで、なんで修業なんだ?」

「実は前世のオレは、親の言いなりで、鬱屈した人生を送ってまして」

「ほう、ティアルーズを叱り飛ばし、妹の反面教師にした男とは思えんな」


 いつぞや幼い妹達に『ティアルーズみたいに自分で作って来た問題を他人に丸投げして逃げるような人にはなるなよ?』と諭していたことを知っているアリュースがそう口にすると、「茶化さないでください」と苦笑する。


「前世では裕福な家の出だったし、今思えば親に感謝する部分も見えてくるのですが、とても厳しい親だったんです。親が右向け右と言えば、右を向く人生を強制したくせに、褒められることなんて滅多にありません。姉が優秀だった分、かなり比べられ、受験に失敗した時は精神が病むくらいに詰られましたね。『なぜできない?』って」


 アリュースは彼の故郷のことよく知らない。ハルカの記憶を覗いているので、受験が何かまでは知っていても、なぜ親が彼を厳しく育てたのか、なぜ姉と比べられ、精神が止むほど詰られるのかまでは理解ができなかった。


「大学受験に失敗して実家を出された時、ふと思ったんです。オレ何やってんだろうな、とか。この大学に合格して、親はメリットがあっても、オレにはメリットがあるのか、とか……」

「自分の目的意識に疑問を持つようになったと?」

「はい。姉の後押しもあってですが」


 彼はどこか遠いところを見るように、カップの水面を見つめる。


「二度目の受験が失敗した時は、親の言うことなんて大分どうでも良くなってて。前世の心残りは死の直前に頼まれた姉のお使いが果たせなかったことくらい。だから、次に転生した時に、身の振り方を自分で考えられるようにするために、がむしゃらに頑張ってみようとこの時間を自分の修業と考えることにしたんです」


 彼はそう言って笑うと、アリュースに視線を戻す。


「それで、一体どうしたんですか?」

「実は使徒に南部の状況を話したんだ」

「話してなかったんですか?」

「ああ、説明が不要だと思ったんだ。使徒には発展途上の土地を開拓する人間を募集と要点を絞って声をかけた。が、いざ話したら、騙したような気分になってな」


 別に隠したつもりもなかった。ただ説明する必要がなかっただけ。


 実際に南部は未開拓地。天属性に開拓される前に領地を主張できるし、おまけに魔力不足だった。彼女が庭を作り、ガーデニングを通して魔力が広がっていけば御の字。


 彼女にガーデニングを楽しむ環境を用意すると約束をした以上、余計な義務感を与えたくなかったのだ。


「なるほど、説明不足で罪悪感を覚えたわけですね。真面目なアリュース様らしい」

「彼女は趣味を楽しみたかったようだからな。おまけに性根が真っすぐだ。変に使命感を持たせてしまうのは可哀そうだろう。私は自分の使徒を酷使させたいわけじゃないからな」

「その言葉、ティアルーズにも聞かせてやりたいです」

「あの女は聞かせても無駄だ。諦めろ」


 それを聞いて、彼は肩をすくませた後、小さくため息をついた。


「アリュース様。さっきは格好いいことを言いましたが、転生した当初のオレは、そんなことを微塵にも考えてない最低な人間でした」


 唐突な告白にアリュースが目を丸くすると、彼は自嘲する。


「勉強ばかりで対人関係は壊滅的。一度精神を病んだとはいえ、叩き上げで育てられてプライドは人一倍高い。転生後はポテンシャルだけは高いくせに魔法も使えず、偉そうな態度ばかり取り。極めつけは『税金』と称して、ろくに魔力もない配下から魔力を徴収。おかげで当時の配下達の間で『大地の女神に捨てられた悪神説』がまことしやかに流れていました」


 今でこそ、アークリウムの指導者として立派にやっている彼に、そんな過去があったとは知らなかった。


 しかし、配下達もまたおかしなことを言う。


「………………あのティアルーズに捨てられた?」

「ええ。まったく不本意ですが。まあ、そのぐらいひどかったんですよ、当時のオレは」


 彼はさらに言葉を続ける。


「不満が溜まった配下にはダンジョンから出て行かれたり、突然妹ができたりしたこともあって己の態度を改めるようになりましたが……配下とダンジョンの運営方針で揉めて、終いには、新しい指導者を呼ぶと訳の分からない儀式をし出した時はマジで頭にきましたね。本当に、毎日が嵐でしたよ」


 段々語尾が荒くなってきたのを感じるが、彼なりに悪戦苦闘しながらダンジョンを運営してきたのだろう。


「大変だったんだな」

「ええ、本当に。ですが、姉以外の誰かと、腹を据えて話すなんてしたことがありませんでした。配下と喧嘩したり、親の尻ぬぐいに一緒になって頭を抱えて悩んでくれたり、今では代えがたい思い出です。当時の配下の多くは天命を全うしましたが、彼らには感謝しています」


 彼はそう言うと、薄く微笑んだ。


「だから、アリュース様もご自身の使徒と腹を据えてお話するのが良いかと。アリュース様はとても誠実な方です。だから罪悪感を覚えるし、今回はティアルーズのせいで、使徒の扱いに、余計に気を揉んでいるのでしょう。しかし、その誠実さは他の神々にはない美徳です。今のアリュース様のまま、使徒と向き合えば、悪い方向へはいきませんよ」


 彼はまだこの世界に顕現して百年程度しか経っていない。しかし、この百年で多くのことを経験してきたのだろう。それこそ、いい思い出だと思えるくらいには。


「神に教えを説くとは偉くなったな」

「伊達に母親を説教してませんからね」


 互いに軽口を叩きいて笑っていると、応接室のドアをノックされる。


 返事をすると、一人のダークエルフが入って来た。

 確か彼は、アークリウムでも古株の者である。


「おや、とても楽し気な雰囲気ですが、何のお話をされていたんですか?」


 にこにこ笑うダークエルフに向かって、彼は鼻で笑った。



「お前が新しい指導者となる神を呼ぶっつって、エロ本を持ってきた時の話だよ」

「もう! あの時の話はやめてくださいよ! 反省したって言ったでしょう⁉」

「うるせぇ! あと二百年は語り継いでやるからな! 覚悟しとけよ!」



 客人を前に、やいのやいのと騒ぎ合う主従に仲が良いものを感じるが、さすがにハルカとあのようになりたいとは思わなかった。


(仲がいいことだ……しかし、この豆大福とやらは美味いな。塩加減がいい)


 ちりーん。


 室内に鈴の音が響き、騒いでいた二人もぴたりと動きを止める。


 ちりーん。


 それは、アリュースが持っていた小さなベル。ハルカに渡したものと同じものだった。


「すまない、急用ができた。ここで失礼する」

「はい、お気をつけてお帰りください」


 そう言った彼に、アリュースはさらに付け足した。


「助言、感謝する」


 彼は少し驚いた顔をすると、小さく頭を下げた。


 アリュースは瞬時にハルカの家へ転移する。

 あのベルはハルカからの呼び出しだ。きっと家で何かがあったのだろう。

 アリュースはすぐさま庭へ駆けつけると、ぎょっと目を剥いた。


「助けてください、アリュース様! この芋虫、庭からどかないんですーっ!」


 そこには大型犬ほどの巨大芋虫が鎮座していた。


 ハルカが涙目になりながら芋虫を転がそうとするが、芋虫は身動きすらしない。

 彼女の身が安全なことに安堵を漏らしたアリュースだったが、ラムメリー達はあの芋虫に敵愾心を露わにしている。


「んめぇ!」

「んめぇんめぇ!」

「み、みんな! 踊っちゃだめだよ! 芋虫さんは何も悪いことしてな……わぁああっ⁉ フレアクレス食べちゃダメーーーーーーーーーっ!」

「んめぇ!」

「んめぇんめぇ! んめぇぇえええええええええええ!」


 ラムメリーの怒りのタップダンスが炸裂し、ビーミッツも出撃する事態となった。


 ◇


「コイツはフレア蝶の幼虫。フレアクレスに生える葉を食べる虫だ」


 アリュースの手によって、フレアクレスから引き離された芋虫は、蝶になる幼虫だったようだ。


「害虫なんですか?」

「なんとも言えんな。ただ、コイツが吐く糸は上質な生地になる。本来はこんなに大きくならないんだが……せっかくだ、アークリウムに送り付けてやろう。あそこは研究好きが多いからな」


 アリュースがガロンを呼びつけて芋虫を回収させると、周囲をぐるりと見回して怪訝な顔をする。


「それで、何をやっているんだ?」

「えーっと……新しい庭の着手を」


 今度の新しい庭は日本庭園風にしようと考え、池を作っている最中だった。庭の真ん中にぽっかりと空いた穴を見た彼は呆れた顔をしている。


「アリュース様、そんな顔をしないでください! この穴はちゃんと有効活用する予定なんです! 川から水を引いて、お魚とか来てくれたら嬉しいな~、みたいな⁉」

「そうじゃない。前に比べてかなり大規模じゃないか。前に話した南部の状況を気にしているのか?」

「え、えーっと……」


 まったく気にしていないと言えば、嘘になる。この庭を作るきっかけとなったのは、間違いなくビーミッツ達が関係しているのだから。


 しかし、なんて答えていいのか分からず、言葉を探しているとアリュースはため息をつく。


「ハルカ、オレはこの大陸の事情をあまり押し付けたくないと思っている」

「え?」


 まさかの言葉に春花はきょとんとした。


「使徒として私を選んだのに、ですか?」

「そうだ。この大陸の、特に南部の状況はそこそこ深刻だが、今日明日にでもという状況ではない。オレは豊穣の神。人々が畑を耕し、その実りを得るまでどれだけの苦労がかかるか、よく分かっているつもりだ。というか、オレは……」


 彼は言いにくそうに口を開閉させた後、小さくため息をつく。


「お前の記憶で見たゲームのように、区画など考えず、草木を地面に植えるだけでもよかったんだが……まさか土を掘り返して砂利を撤去し、芝生に植え替え、通路を舗装するとは思わなくてな」


 どうやら春花のこだわりが彼の想定の斜め上だったらしく、戸惑いを覚えてしまったようだ。今も池を作ると土を掘り返しているので、その戸惑いはさらに大きくなっただろう。


「ハルカ、前世の影響で社畜精神に板がついてしまっているのは分かる。向こうの世界の神々からも『この国の人間は死ぬほど働くが、比喩ではなく本当に死ぬぞ』と厳重に注意された」

(確かに社会問題にもなってますけれども⁉)

「それに……」


 アリュースが少し視線を彷徨わせた。言葉を選んでいるのか、彼はゆっくりと口を開く。


「もっとオレを頼りなさい。スコップ一本で一体、何メートルの池を作るつもりだ?」

(少なくとも小さな橋を架ける程度の広さを考えていました、すみません)


 アリュースがやけに自分を気にかけてくれると思っていたが、まさか前世の世界の神にそんなことを言われていたとは。


 今も問い詰めるような物言いだが、彼が心配しているのは表情から察せられた。

 春花は自分の気持ちが伝わるよう、考えを噛み砕いて言葉を選んだ


「えーっと……アリュース様」

「なんだ」

「確かに南部の状態も気にしていますが……ちょっとやりたいことができまして……」

「やりたいこと?」


 アリュースが少し考えるように視線を逸らしたあと、小さく頷いた。


「話してみなさい」

「はい! 私、オープンガーデンをやってみたいんです!」

「………………なんだ、それは?」


 オープンガーデンとは期間限定で個人の庭を一般公開して、訪問者と交流する活動のこと。


 庭に来てくれた客人にお花を見てもらったり、他所の庭へお邪魔して見聞を広げたりするのである。


「お庭を色んな人に見てもらう活動みたいなものです。お花に興味を持つ地属性の方がいたら、近所に引っ越してもらって開拓も進むし、お庭が増えればうちにいる精霊さんが豊かにしてくれるじゃないですか」


 ビーミッツのクイーンが家に訪ねてきてくれたのは、三日前。


 彼女から庭を造る理由を訊ねられ、春花は自分を見つめ直した。

 友人の優利がきっかけとなったガーデニングだが、もっと客人を呼んで自分の庭を見てもらい、楽しんでいってもらいたいと考えるようになった。


 自分がきっかけでガーデニングを始める人が増えてもいいし、ビーミッツ達のように自分の庭で元気が出る人がいたらもっと嬉しい。


「それにビーミッツのクイーンさんと相談して、一緒にガーデニングを手伝ってくれることになったんです。知り合いにも声をかけてくれるみたいで、そうなればガーデニング仲間も増えます! 私の趣味も充実するし、使徒の役目も果たせます」


 夢は大きく、地属性達の花と緑の街。ガーデニングの枠を飛び越えてしまうが、少なくとも南部は大きく発展する。


「ど、どうでしょう⁉」


 アリュースに目を向けると、彼は大きく天を見上げてしまった。

 一体、何を悩ませてしまったのか分からないが、春花に呆れているのだけは分かる。


 彼は小さくため息をついて、困った子どもを見るような目を向けてきた。


「それが本当にお前のやりたいことか?」

「はい!」


 力強く返事をすると、アリュースは嘆息と共に春花の頭に手を置く。


「頑張りなさい。何かあったらオレに相談をすること」

「は……はい!」


 アリュースから許可も得て、春花は作業を中断し、お茶にすることにした。


 一度泥だらけの服を着替え、アリュースと共にお菓子を食べていた春花は、アリュースに見せたいものがあったことを思い出す。


「アリュース様、ちょっとお待ちくださいね!」


 春花は家の中から先日、押し花で作ったアートを手に取る。


「見てください! お庭のお花で作った押し花と絵のアートです!」


 意気揚々と彼にアートを手渡すと、彼は顎を撫でながら小さく頷いた。


「ほう……よく出来ているではないか」

「はい! ラムメリーちゃん達と作ったんです」

「……うむ、この絵は誰が描いたんだ?」


 アリュースが指さしたのは、春花が描いたラムメリー達。


「あ、それは私です」


 そう口にすると、アリュースは静かに笑みを零した。


「ほう……ハルカも意外と花より団子なところがあるのだな」

「へ?」


 一体、何の話だと声に出そうとした時だった。


「これは日本の菓子……豆大福だろう? 先ほどアークリウムで食べたぞ?」

「まっ⁉」


 豆大福。


 確かに黒と白のコントラストは豆大福に似ている。まさかの言葉に一瞬呆然とするも、春花は我に返った。


(いや、そんなことよりも!)

「ん? なんだ、ラムメリー? は? これは自分達? ………………ああ。すまない、ハルカ。先ほど食べたばかりで、この絵とフォルムがあまりにも完璧だったんだ」


 豆大福と。


「ま、ままま……」

「ハルカ?」


「豆大福がこの世界にあるんですかぁあああああああああああああ⁉」

 

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