第3話 第一人の子

 私は服に結び付けてあった袋から、透明な玉を取り出した。


 手のひらに収まる程度のそれは、私が三つしか持っていない『神宝かんだから』だった。神宝は霊気が込められた道具であり、この地でも、すでに込められた霊気分は問題なく使えるはずだった。


 名を『萃玉すいぎょく』。その効果は単純明快で、望んだものを使用者のもとに集める、というものである。


 そしてこの地は中津国。人の子がうじゃうじゃいると噂の地であった。


 私は、萃玉を高く掲げて、言った。


「私の代わりに働く労働力よ! 来たれ!」


 神力の代わりに、人の子に働いてもらおう、と思っての行動だった。


 果たして、人が集まったところで、大人しく私の言うことを聞くのか、という懸念はあったが、あまり問題はないと考えた。


 人の子は、神の姿を見ただけで膝をついて頭を下げ、平伏するような習性を持っていると聞いたことがある。直々に頼み事をしようものなら感動でむせび泣き、もろ手をあげて仕事をこなすことだろう。


 私はその間、のんびりと釣りでもしながら、成果を待っていればよい。


 そんな舐め腐ったことを考えていたのがよくなかったのか。


 ピシリ、と音が鳴った。


「……うん?」


 嫌な予感を抱きながら、私は頭上に掲げた萃玉を見た。


 表面に、ヒビが入っていた。見る間にも、ヒビはどんどん全体へと広がっていく。


「ええ、ちょっと、ま――」


 私の制止の声もむなしく、パキーン、という小気味のいい音を立てて、萃玉は砕けた。手のひらから無残にも落ちていく破片が、陽の光を反射して、雪のようにキラキラと綺麗に光るのが、なんだか皮肉だった。


 私は破片をいくつか拾いあげた。ためつすがめつするが、どう見ても破片だった。これでは完全に使い物にならない。頭の中の冷静な部分が、この地に落下した衝撃でもろくなっていたのかもしれないな、という判断を下す。が、そんなことはなんの慰めにもならない。


 貴重な神宝の一つを失ってしまったことは、けっこう心にクルものがある。


 私は肩を落とし、額に手を当てた。


「まいったな……まさか木を伐るところから始めろというのか……? 私は神だぞ……?」


 言いながら、手のひらの上の萃玉の成れの果てを、しずしずと袋の中にしまった。


 砕ける前に萃玉が効力を発揮していたならば、今頃労働力になりそうな屈強な男たちが十人ほど集まっているはずなのだが、誰か来る様子はまったくなかった。


「せめて、ひとりぐらいは、来てくれてもいいだろうに」


 私の嘆きに答える者も、もちろんいない。拠点とした平地には、私と巨樹ぐらいしかいない。

 

 いないはずなのだが、答えが返ってきた。


『ひと、いる』


 顔を上げ、あたりを見まわす。


 やはり、誰かがいる様子はなかった。気のせいか、と思ったそのとき、今度ははっきり聞こえた。


『このやまに、はいってきてる』


 私は、声の聞こえた方を注視した。


 そこには、蔦を絡ませ地衣を生やした幹の、古木だけがある。


「おまえか?」


『うん』


 その古木が語りかけてきていたのだ。直接頭の中へと。


 私は、納得した。


 長い年月を経た樹や猫や道具のたぐいが、言葉を操るようになることは、そう不思議な話ではなかった。実際、道具が勝手に動き出さないように、使い物にならなくなった道具は散々に打ち壊してお焚き上げする風習が、神々の間にはある。


 おそらくはこの樹も、注いだ神力の作用で、言語能力を獲得したのだろう。


 そうとわかれば、さほど驚くようなことではない。


 それよりも、この古木は気になることを言っていた。


「それで、人がいるって?」


 尋ねると、答えが返ってくる。

 

『かわしも。ひとり』


「マジ?」


『まじまじ』


 それが壊れた萃玉が絞り出した最後の力かどうかははっきりとしないが、ともかくそれは朗報だった。


 私は思わず、古木の樹皮をポンと撫でた。


「いや助かる。よく教えてくれた」


『……』


 私はくるりと振り返り、逸る足を押さえながら沢へと向かった。


 ともかく貴重な労働力だ。


 背後では、風に吹かれでもしたか、古木の枝が揺れていた。



 想定より早く、古木の言う『ひと』の姿を見つけることはできた。


 川の流れを伝ってしばらく行けば、河原に倒れ込むようにして人の子がうつ伏せていたのだ。


 が、私は早くも少しだけがっかりしていた。


 近づいてみれば、彼女は見るからにやせ衰えていた。河原に転がる石の一つでも持ち上げればすぐに膝が震えるような、線の細い、子どもだった。泥にまみれてかつての色合いの失われた衣を纏い、靴も履いていない足はくるぶしから膝にかけて、草かなにかで切ったような傷が数多くできていた。その足裏では、豆が潰れている。


「どうしたもんか」


 私はその場で少し考えこんだ。


 労働力としては、期待するべくもない。むしろ、かように貧弱そうな身体では、足を引っ張るまである。見なかったことにして帰ってしまうのも、ひとつの手ではあった。


 試しに、その子を持ち上げ肩に担いでみる。


 ひょいっと簡単に持ち上がる軽さであった。


 軽すぎて、ちゃんと飯を食ってるのかこいつ、と思う。


 しばらくしてから、私は決めた。


「ま、長い目で見るか」


 踵を返し、少女を肩に担いだまま、拠点へと戻る。


 今はダメでも、将来の労働力にはなるだろう。


 幸い、私は神で、時間は有り余るほどあった。

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