第5節「天罰」

(あー…。駄目だわ。これは…助からねぇ)


 柴田氏はもはや目も霞んでいる。迫る死を受け入れざるを得ない。そんな彼も過去には、剣の道と言い、人を斬ってきた。これはそれ相応の報いなのだろう。


「…!!…………!!……!!…………!!」

(何…だ?声…か?)


 その声が何なのか。もう聞き取ることも難しい。だが必死なのだけはわかる。こんな男でも、最期は看取られて逝くことが出来る。それでいいじゃないか。これも『天罰』と言う奴か。


「柴田氏!!死んじゃ駄目!!しん…じゃ…ううっ」

「大丈夫か、小梅!!…う…その人は?」


 柴田氏の死に悲しんで、大粒の涙をこぼしていたのは岡っ引きの少女、副島小梅。そこに彼女と共に、阿形伝兵衛邸を護衛していた同僚が駆けつけた。


 改めて、この仕事は彼女に向いてないと思わされる。そして、柴田氏はあれから一度も声を上げることなく、他界した。


 同僚である先輩は、小梅が深手を負ったことに、ひどく心配している。そこまで苛烈な戦いだったのか。先輩は彼女の肩の傷をさらしで応急処置をした。そして肝心な、


「…で、こんな時に何だが小梅。ヤツはどうした?」


 そう、小梅たちは柴田氏たちの犠牲の上に宿敵『復讐屋』を仕留めることが出来た。


「ああ、それでしたらそこに倒れ…ん?あれ?」


 小梅は片手で何とか立ち上がると、辺りを見回す。そこでおかしいことにようやく気が付いた。


「死体が…無い?」

「何!?ど…どういうことだ?」

「さ…さあ…?」


 そもそも『復讐屋』の死を確認したわけではない。生きてこの場を離れたのか?しかし、あれだけの深手、それは考えにくい。現に血痕は、この場以外では残っていない。


「じゃあ…まさか、単独犯じゃない…?」

「な…!?それじゃあ、まだ『復讐屋』の恐怖は…」

「…続くとでもいうの…?」


 小梅の気が遠のいていく。彼女の傷も浅くはない。早々に診療所に送られることになった。そして『復讐屋』騒動が一段落した悪代官・阿形伝兵衛邸では。


 阿形伝兵衛が意気揚々に踏ん反り返っていた。


「…そうか!!『復讐屋』を退けたか!!ははは!!何だ、狙われたら最期と言われた噂も眉唾だったか!!そうかそうか!!」

「…久しいな、伝兵衛」

「はぇ?」


 その声は元将軍付きの剣術指南役、中岡清次郎氏だった。伝兵衛は今回の件と…屋敷の奥の隠し部屋に大量にある銃火器。この罪でしょっ引かれるはずだった。


「中岡様…今日はどのようなご用件で?」

「言わんでもわかっておろう。奥へ案内せい」

「へえへえ。どうぞどうぞ。ごゆるりとご覧ください」


 だが、役人が屋敷に踏み込んだが、銃火器の類は一つも見つからない。あるのは護身用のライフル銃のみ。後は美術品、骨董品、茶器と言ったところ。


「これは…」

「何か、ご不満ですかな?ふふふ…」

「むうう…」


 それもそのはず。こうなることを予期していた伝兵衛は、この数日の間に、商品を闇社会に全て売り払っていた。この男の鼻は妙なところに効いている。


 この度は伝兵衛の武器密売の罪は、不問にせざるを得なかった。こればかりは中岡老人でも手が出せない。


「運の良い奴よ…。まあよい。心しておくのだな」

「何を…でございましょう?」

「…まだ、終わってはおらぬぞ?覚悟せい」

「へえへえ。そうさせてもらいますわ」


 そう言い残して、中岡老人は引き下がった。結局、阿形伝兵衛に『天罰』は下らなかった。天はいつの時代も不公平なものである。実際、彼に煮え湯を飲まされた者は多い。


 だが『復讐屋』初の暗殺失敗の報は闇社会に知れ渡った。これには様々なところで思うところがあるようだ。


 今回の件はお互い、痛み分けという形で幕引きとなった。小梅の心には大きなしこりが残ったままである。


 そして、弥右衛門は神妙な面持ちで空の雲を目で追い、しばらくすると洗濯に取り掛かった。…夏が近づいている。

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