第5節「真相」
「…じゃあ、先生。話を聞かせてもらえますか?」
「…そうだね。これはもう隠しきれないか」
数ある屯所の内の一つの地下牢。そこに幽閉される『復讐屋』北崎弥右衛門と事情聴取を行う副島小梅たち。これから話される内容如何では、彼の命運が左右される。
「まず…『復讐屋』が複数人いるのには気づいているね?」
「はい…。先生もそのうちの一人なんですか?」
「…昔の話だよ。僕は組織を抜け、敵対している」
『復讐屋』の噂は、今に始まったものではない。それは調書の歴史を手繰れば、見えて来る。
「『復讐屋』という組織は、幕府直轄の暗殺組織だ。表立って制裁できない相手に、刺客として送り込まれる」
「幕府直轄…!!それで、今までの私たちの報告は、揉み消されて捜査は進展しなかったんですね…」
幕府直轄となると今後も大きな捜査はできない。唇をかみしめる小梅。他の岡っ引きたちもうろたえている。
「『復讐屋』を統括しているのは、僕の師…中岡清次郎だ」
「中岡先生が…」
「なあ、平然と話が進んでいるが…」
「結構、際どい話だよな。俺たちの首は…大丈夫なのか?」
岡っ引きたちは我に返り、身の安全を不安視する。だが、お構いなしに弥右衛門の話は続く。
「能面は顔を隠すだけでなく、人員が入れかわったのを悟られないようにする役目もある。小梅ちゃんが阿形伝兵衛邸で倒した『般若』と、祭りで襲って来た『般若』は別人だ」
そのことは刀を合わせた小梅も承知している。その点で気になるのが…中岡老人が道場で言った言葉だ。
「先日、男女2人が惨殺された事件…。中岡老人からは先生が下手人だと聞かされました。それは…本当ですか?」
小梅は弥右衛門が人を斬ったのか、疑問視していた。祭りの夜、彼は『般若』達を殺すことなく、追わなかった。
「…僕は殺すことを何よりも禁忌にしている。あの2人は襲撃に失敗したことにより、身内に制裁された『般若』と『増女』だ。『復讐屋』は何よりも失敗を許さない。…そういう組織だ」
だが、これだけでは下手人も、遺体の身元も特定できない。
「男の肩に一際深い、刀の刺し傷があるはずだ。あれがあの夜、唯一僕がつけた傷だよ」
「調べてみます…でも、先生はなぜあの夜、面をしていたんですか?まあ、理由は分からないでもないんですが…」
『翁』の面は弥右衛門の『復讐屋』としての遺産。今となっては忌むべき存在のはずだ。それを何故?
「僕は君と違って今は民間人だ。殺人はおろか、斬り合いもまずい。奴らを相手にするからには、手は抜けない…だから正体を隠す必要があったんだ」
いくら剣術道場の主とはいえ、刃傷沙汰は大事だ。あの圧倒的な腕を持つ弥右衛門先生でも、気を抜けない相手なのか。
「下手すれば死人が出る。だけどまさか、幕府が僕の名を出して手配をするとはね。奴らに不利になるかもしれないのに」
だから弥右衛門にとって、多くの犠牲を出してしまった阿形伝兵衛邸の護衛の件はこたえた。自分が参戦していれば、これほどの惨事にはならなかったのでは、と。
「…そして、小梅ちゃんが狙われると知った時、今度こそ命が危ないと思った。面を付けたのは奴らへの宣戦布告のつもりだったんだ。小梅ちゃんに手を出す者は、ただじゃおかないってね」
弥右衛門から、『復讐屋』たちへの精一杯の威嚇だった。奴らの目線を自分に集め、自分が危険にさらされれば、小梅は幾分、安全だろうと。それでも甘かったかもしれないが。
「…とにかく分が悪い。これ以上『復讐屋』に対抗する術も思いつかないな…。僕一人では流石に『復讐屋』を壊滅させることは出来ないし。それって幕府…将軍様に楯突く行為だしね」
弥右衛門は額をポリポリとかき、打つ手が無いことに苦悩していた。『復讐屋』の背後には幕府と中岡清次郎の力がある。せめて何かしらの後ろ盾があれば…。
とりあえず、弥右衛門はこのまま牢獄生活を続けることになる。ここなら『復讐屋』たちも手が出しにくいだろう。小梅と弥右衛門の苦心は続く。
その頃、城で騒ぎが起こっていたことを、二人は知る由もなかった。その男は時は金と言わんばかりに城中を駆け回っていた。
「忠次様!!西の山からの用水の工事が遅れております!!」
「なら、金堀衆『阿部一族』を向かわせろ。話は通しておく」
「忠次様!!今年の米の取れ高ですが…」
「それなら、城の蔵の米を切り崩せ。我々が節制すれば済む」
家来たちからの無理難題を、次々と取り仕切る男。彼こそ実質、政治の中枢を握っている男、筆頭家老『沖野忠次』。この男が今後、小梅たちにとって『大きな力』になる。
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