第2節「贄(にえ)」

 気づけば、暗い細道にて『復讐屋』を取り囲んでいた。いや、誘い込まれたと言うべきか。まずは少しずつ体力を削っていきたい。そして一網打尽にする。だが、協調性が…


「お前ら下がっとけ。俺がやる」

「ばっ…まだわから…」

「待て」


 小梅が制止しようとするが、それを柴田何某が制止する。柴田氏は何か策があるようだ。


(いいか?奴は逆袈裟斬りを多用するが、皆、返した必殺の袈裟斬りに対応できていない。だが…その直後にわずかに硬直する)

(ええ。でも一人じゃ一太刀目すら返せないわ)


 先ほどから見ていたが、前回の『復讐屋』との対決時より、奴の動きは格段に上がっている。あの時はまだ全力じゃなかった。


(あの軽口男たちは太刀打ちできんだろう。だが、隙くらいは作れるはず。そこなら、俺と君でその隙をつけるはずだ)

(…うん。その手しかなさそうね。でも)

(ん?)


 小梅はこういう策は、本来なら取りたくない。その証拠に将棋はトコトン弱い。駒を犠牲にすることに罪悪感があるからだ。


(あの人たちを捨て駒にするのはやめてね)

(承知)


 確認を終えて、『復讐屋』に向き直る。そして音も無く二人は刀を抜く。連中はまだ、『復讐屋』に斬り込んでいない。


 …ん?違う。


 冷静になったんじゃない。斬らないんじゃない。斬れないでいた。皆、脂汗を掻き、呼吸も荒くなっていた。『復讐屋』の威圧感だけで皆、疲弊している。


 だが、『復讐屋』は隙を見逃さない。奴は逆袈裟斬りだけじゃない。高速の突きが飛んできて、連中の一人の肩を貫いた。


「がっ…この…野郎!!」

「ええい!!このっ!!」


 皆は返す刀で反撃するが、既に間合いの外だ。思っていたが、間合いも以前の斬り合いの時より段違いに広がっている。


「か…躱した(かわした)!?」

「い…生き物の動きじゃないぞ…」


 皆、覚悟を決めた。全員で斬りかかるしか手がない。それでも勝算は微々たるものだ。ようやく悟って、頭が冷めた面々。そして小梅と柴田は後方から様子を伺う。


(行くわよ…。上手くやってね)

(任せておけ。必ず仕留めてやる)


 しかし。


「く…来るなら来い!!」

「でやあっ!!…は?え?」

「ええ?」


『復讐屋』は皆を素通りし、小梅たちに向かっていく。策がバレている。…いや、元より脅威であるのは小梅一人だけだ。そして、未だ経験したことのない重い斬撃を小梅は受け止める。


「し…柴田何某!!今よ!!」

「ああ!!」


 今回の『復讐屋』の太刀は小梅の技量では捌けない。だが、間は十分作れた。しかし、隙を作るにはまだ足りない。そこで柴田氏は…。最善にして最低の策を取った。


「あああああっ!?」

「!?」


 小梅の痛々しい悲鳴と共に、柴田の突きは小梅の肩を貫き、『復讐屋』の左腕に突き刺さった。小梅を犠牲にしたのだ。だがこうでもせねば、隙をつくのは十年経っても無理だろう。


「く…く…こ…この…!!あああ!!」

「…!!」


 だが、これは効果があった。これで『復讐屋』の左腕は使えない。あの重い剛剣も半減する。


「っつ~…やってくれたわね。でも…いい判断よ」

「驚いたな。恨み節の一つでも出るかと思ったが」

「奴に一撃入れれたなら、肩くらい安いものよ」


 小梅は先の対戦で、この異常事態でも肝が据わるほど成長していた。この調子なら将来は有望だが、今はそれを語る場合ではない。まだ、生きて帰られる保証はないのだから。


 そして、間合いを取った『復讐屋』は右手で刀をぶん、ぶんと太刀筋を試すように何度も振る。そして、しっくり来たようで右手一本で刀を構え、向き直る。…死闘はまだ終わらない。

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