こぼれ話集

めでたしめでたしのその後で

「テーブルマナーがなっとらん! 教えたはずだ! カトラリーは外側から使うんだ! こんなものは初歩の初歩だろう!」

「はい、申し訳ありません」


 大きな食卓に見たこともないような豪勢な食事が食べ終わるごとに順に出されて来るのだけれど、それを食べるのに私が手間取っていると一喝が入った。心を平静に努め、謝罪する。

 私ことロゼッタは、大地主の家に嫁いでからというもの。このようにお義父さんからドヤされる毎日だった。

 確かに、教えられたのだけれど実践するとなると手間取る。

 脳内チップにデータを入れてもどこを参照するかはやっぱり覚えなきゃいけなくて、カンニングのためにどのページに何が書いてあるか覚える。そしてそれを読んで実践する。それぐらいならちゃんと知識を覚えた方がマシで。結局、自力で努力はしなきゃいけないのだ。


「この家に嫁いだからには、テーブルマナーぐらい学んでもらわなくてはならん! その他の教養もな! 明日も確認する! 今日中に与えた書物は全て目を通しておくように!」

「はい、わかりました」

「返事だけは丁寧だな。形だけではなく、中身も伴わなければ意味がないからな! 全く、これだから娼婦上がりは……」


 お義父さんは、ぶつぶつ文句を言いながら食卓から去っていった。食事は別の場所で摂るのらしい。

 ふぅ。と息を吐いて、私は肩の力を抜いて緊張の糸をほぐした。私が不出来とはいえ、怖いものは怖い。

 そんな私とお義父さんとのやりとりを食卓の対面で聞いていた私の結婚相手──フィリップはずっとオロオロしていた。


「ご、ごめんね。父さんが」

「大地主の家に嫁に入るんですもの。教育が必要なのはしょうがないわ。それに私も社交界で恥をかきたくないし、逆にちゃんと教育してくれるだけありがたいわ」


 フィリップに謝られるけれど、気にしてない。

 別に世辞じゃない。本心からの言葉だった。見放さないでくれるだけマシでしょう。言われる言葉も厳しいだけで暴言の類はないのだし。娼婦上がりという言葉も、私自身まあ当然かなと思うし。


「そ、そっか」

「ね、ビクビクしないでよ。私の旦那でしょ」

「ごめん」


 別に、謝られたいわけじゃあないんだけどな。

 この男は臆病だ。

 私に対して、いや他の誰に対してもいつもビクビクと震える子鹿のようにおっかなびっくり接してくる。

 正直、疲れる。なので、私は話題を変えることにした。ずっと気になってたことを口にする。


「……ね、貴方。いつの間にハル君と知り合いになってたの?」

「え、な、なんの話かなぁ」


 そんなので誤魔化せると思うんだろうか。冷や汗ダラダラだけれど。

 全く、この男は……。

 内心舌打ちをする。別に怒ってるわけじゃないから、話してくれたらいいのに。

 そういえば、この口振りお義父さんも私に言ってたな。この男を相手していると、そう思ってしまうのだからお義父さんも、癖になるくらい、困らされたんだろうか。

 私もこれから困らされるのか……。

 フィリップよりもお義父さんの方と先に仲良くなれそうだった。

 埒が開かないので、追撃をする。


「とぼけないで、ハル君の最後の様子から察せたわ」


『二人とも! 絶対幸せになって!』


 ハル君は私が街を出る時、私達を乗せた車を追いかけながら、そう叫んでくれた。

 二人とも、なんて言葉は二人のことを想ってないと出てこない言葉でしょう。


「あはは……」

「別にいいけど」


 笑って、誤魔化されるけど、どうせ、こそこそかぎ回ってたんだろう。

 まあ、大地主の息子なのだし、相手の素行調査ぐらいするだろうか。

 だから、そこまで怒ってないのに、この男は話が通じない。


「彼、俺たちのために必死に走ってくれてたね」

「うん」


 頷く。

 必死な顔で車を追いかけてくるものだから、ビックリしてしまった。それはフィリップも同じだったみたいで、思わず顔を見合わせてしまったけれど。あの時、私たちはなぜか揃って頷いた。

 ハル君の言葉通り、幸せになろうと覚悟したのだ。

 フィリップも、同じように考えていたんだろうか。


「いい友達だったんだね」

「うん」


 再度頷く。

 ハル君はいい友達。間違いなく、いい友達だった。

 あんなクソみたいな街でいいことがあったとするなら、ミアやハル君に出会えたことだ。

 ──ね、ハル君。ハル君は隣にいる旦那さんのことで負い目みたいなの感じてたのかもしれないし、私もハル君にカッコいい旦那さんがいるくせに正論言わないでって言ったけどね。

 でもね、私にも絶対の味方がいたんだって、あの時、分かったんだ。


『二人とも! 絶対幸せになって!』


 あんな風に幸福を願ってくれたハル君がいるなら、私、ミアがもういない世界でも生きていける気がする。

 それに、ハル君がこいつの幸福のことも願ったのなら、まあ多分、悪い奴じゃないんだろう。こんな頼りないのが私の白馬の王子様か、とも思うけど、この道を選んだのは私だ。これから私はこいつと共に一緒に生きていくのだ。

 それも含めて、ちょっと遠回りだけど、これからこいつのことを知ってやるのも悪くないかなと思う。

 さて、その一環として。


「で、ハル君と何を話してたわけ?」

「えーっと、えーっと」


 きちんと答えるまで、この質問を続けてやろうと思った。

 笑って誤魔化せると思わないでよ。こちとら紛いなりにも夫婦なんだから。

 

 追伸:こいつのこといびるの結構楽しいかもしれない。

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