第44話「教祖マルゲから笑顔が消えるまで、……あと17分」
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
【8月31日 23時50分(日本時間)】
遠い異国の教会にて―
「サーペント卿の報告はまだかね?」
「はい! 先ほど
薄暗い豪華な部屋で、教祖マルゲは側近に尋ねる。
側近たちも、問題なく事が進んでいることに安堵していた。この男、教祖など名乗っているが、その本性は。子供のように激情しやすく、権力を使って自分たちを苦しめることが大好きなのは周知の事実だった。
それが故に。
問題ない、と報告できることが何よりも心の安寧を保証してくれた。
「ふむ、よかろう。多少のトラブルがあったが、ようやく聖女も帰国の途につくか」
「我が国に戻ってくる予定はない、ですが」
「馬鹿。まだそれを言うな。私が頑張って笑みを堪えているのだぞ」
くくっ、と上機嫌に教祖がほくそ笑む。
ここまで機嫌のよいマルゲは珍しかった。
聖女が18歳の誕生日を迎える前に。
何としても、一度。
死んでもらわなくてはならない。
それは、あの小娘が生まれた時から決まっていたことだ。
一度、死んで。
そして、生き返る。
その奇跡こそが、我が教会がずっと欲していたものなのだ。可憐な聖女の無残な死と、そこから蘇る奇跡。民衆はこぞって、あの小娘を聖女と讃えるだろう。そうなれば、傲慢な西方教会だって自分のことを無視できまい。
小娘のことを、生きる聖女と認定させる。
それができれば裏の世界からだけでなく、表の世界であっても、自分の思う通りになる。
権力も。
財力も。
自分のプライドを踏みにじってきた西方教会の枢機卿たちだって。好きなだけ蹂躙することができる。
「あぁ、待ち遠しい。おい、誰か。サーペント卿に連絡をとってくれ。小娘が乗った飛行機は、いつ墜落するのだ?」
「はい、少々お待ちを」
側近の一人が、備え付けのアンティークの電話の受話器を上げる。そして、一言、二言。電話の向こう側にいる人間と言葉を交わして。
「え」
側近の表情が固まった。
ややすると青白い顔色が土色に変わり、恐怖と絶望に瞳が泳いでいる。
この。
この内容を。
自分が教祖に伝えなくてはならないのか。そんな恐怖に駆られている。
「おい、どうした。早く伝えろ」
まだ上機嫌な教祖は、今にも鼻歌でも歌い出しそうな態度だ。側近は逃げ出したい気持ちを必死に抑えつけて、電話口から聞こえてきた内容を伝える。
「恐れながら、教祖様」
「ん? なんだ?」
「ジャックされました」
「は?」
教祖が、その髪が生えていない頭を傾げる。
「現在、ハネダ空港の一部が電波ジャックされており、携帯電話や無線でも通信はできないことで―」
そして、側近は。
この部屋から逃げ出す態勢を整えると、口早に言った。
「情報部が確認したところ、我々の部下と雇った傭兵たちは全滅。電波ジャックしたという者から、『にゃはは、悪いけど聖女様は渡さないよぉ。返してほしければ、正式な外交ルートを使って交渉することだねぇ。まぁ、それでも。ぜーったいに返してあげないけどね』、だそうです!」
それでは私は、お暇を頂きます!
そういって、その側近は全速力で教祖の部屋から出ていった。
ばだんっ、と扉がしまり。
教祖の部屋に沈黙が降りる。
「……な、ななな!」
後に残されたのは、動揺している側近たちと。
怒りに体を震わせている教祖のマルゲだけだった。
……教祖マルゲから笑顔が消えるまで。
……あと、17分。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「ンン~、これはこれは。狙撃手が自ら殺されにくるなど。愚策を通り越して、滑稽と言うべきですかな?」
蛇座のサーペント卿は、自身の金髪のオールバックを撫でながら薄く笑う。
深夜の滑走路。
その脇にある格納庫。
眩しいほどの照明を浴びて、その男。
有坂式次郎の無感情に答える―
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