第35話「それで? どうすれば彼女を助けられる?」
『誰もが嘆く不幸な事故』になるだろう。
悲劇的な死の演出。実に宗教的じゃないか、と淡々と話していくノラのことを、次郎は不機嫌そうに見ていた。
「なんで、そうなるんだ」
「さぁ。やっぱり金じゃない? さっきも言ったけど、信仰と金はいろいろと絡んでくるから」
もしくは、その教団に。
聖女様が死ななくてはいけない理由でもあったのかな、とノラは冗談交じりに言った。そんな友人のことを、次郎は濁った色の瞳で見ている。
「……どうすれば、モブ子を助けられる?」
「どうすることもできないよ。聖女ちゃんは今夜のプライベートジェットで羽田空港を経つ。そのまま日本領海を超えることなく、不慮の事故で命を落とす。このことは、ずっと前から決まっていたことなんだ。彼女がこの国に来る前からね」
にゃはは、とノラは笑う。
それから一呼吸。
わずかな静寂があって、ノラは口を開く。
それは苦い過去の告白のようであった。
「実はね、彼女が死ぬのは。……昨日だったんだ」
「なに?」
「聖女様を乗せた飛行機はね。昨日、日本を飛び立つはずだった。でも、そうはならなかった。なぜだか、わかるかい?」
「……聖女が、逃げ出したから」
次郎の答えに、ソラは満足そうに頷く。
「そう。それで全ての歯車が狂った。……聖女がホテルから逃げ出して。それを陰ながらサポートするものがいて。この練馬区の陣凱町で、最も信頼できる人間のアパートの前に連れてきた。それが、昨日の話」
「……俺は、そのまま燃えるゴミに出しちまったけどな」
「……うん。それだけが誤算だったね。普通、倒れている女の子を燃えるゴミに捨てるかなぁ? おかげで、ゴミだらけの聖女ちゃんを回収して、次郎の部屋に送る手間が増えたじゃないか」
ぷんぷん、とノラが怒る。
なるほど。
やはり、モブ子を俺の部屋につれてきたのは、この馬鹿だったか。
「まぁ、結果として。聖女様の望み通り、一日だけの自由を満喫することができた。ボクにできるのは、ここまでだよ。これ以上は採算とリスクが見合わない。相手は暗殺集団を抱える胡散臭い新興宗教だ。手を出すほうが間違っている」
「それでも、あいつを助ける方法があるとすれば?」
「羽田空港で襲うしかない。プライベートジェットに乗り込む前にね」
次郎の問いに。
ノラは間髪入れることなく答える。
こういうときの、こいつは。
もう、全ての準備が整っているということだ。
「……気に入らないな。全て、お前の予定通りってことか」
「ちょっと違うよ。ボクは君に委ねているのさ。この先、どうするのか?」
「どっちにしても気に入らない」
「じろーのことが好きなのさ。だから、君に賭けてみたくなる」
次郎が不満そうに口を曲げる。
そんな彼のことを、ノラが指さして笑う。
だが、まぁ。
教会の暗殺集団とか。おかしな魔法を使うとか。そういう手合いのほうが、かえってやりやすい。
手加減とか。
遠慮とか。
そんなこと考える必要はないのだから。
「にゃはは。さっきも言ったように。今回は敵は常識から外れた連中だ。ボクら二人だけじゃあ荷が重いから、他にも応援を呼んでおいたよ」
「応援?」
「うん。とても心強い援軍さ」
次郎が首を傾げる。
すると、まるで狙っていたかのようなタイミングで、ピンポーンとドアホンが鳴る。玄関が開いて、その人物が次郎たちの目の前に立つ。
「やほー! 呼ばれたから来たよー」
明るい髪色の染めた。
金髪のギャル風の少女が立っていた。まるで交通事故にでもあったかのように、彼女が来ているバイトの制服はボロボロだった。実際、彼女は『灰色のフリーター』たちが運転するミニバンに轢かれて、全身を酷く打ちつけていた。骨折、打撲、腕はおかしな方向に曲がっていた。
だが、おかしいことに。
今の彼女には、どこにも傷がなかった。
「おつー。次郎君。ノラちゃん。助けが必要だと聞いて、この唯先輩が駆け付けてあげたよー」
突然、目の前に現れた人物に、次郎はうめき声を上げる。この街で、絶対に近寄ってはいけない人間の一人。学校の先輩である
……あー、どうして。
……よりにもよって、この人を呼んだんだ。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
【8月31日 22時35分】
羽田空港にはプライベートジェットの搭乗ロビーがある。
国際線で混雑している第一ターミナルではなく。LCLなど格安航空会社が軒を連ねる第三ターミナルに、それはひっそりと存在していた。
ただし、そこを利用する人間は超一流の人間ばかり。
業界の著名人であったり。
各国の政治家であったり。
そもそも空港への入り口が違うことから、他の旅行客と顔を合わせることなどない。まして、それが。日付も変わろうとする深夜であったら、なおさらだ。
「ンン~、月が綺麗ですねぇ。いえ、他意はありませんよ?」
聖女の護衛という名誉ある任務についている蛇座のサーペント卿が、どこか芝居じみた口調で言った。
どこまでも他人を見下した態度。
その視線ひとつをとっても、この国のことを馬鹿にしている。
そして、その男の視線は。
護衛対象である『聖女』にも向けられていた―
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