【更新停止】魔剣大陸スノーブレイザー
無題13.jpg
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第1話 さすらいの廃品回収
木々の葉が落ち、すっかり禿げ上がった森を、怯えながら全力疾走する少女がいた。素朴なザ・田舎娘という風体で、年頃は13歳といったところか。
追いかけるのは7人の盗賊だ。顔も身体も汚らしくて見窄らしい。明らかに食い詰めている痩せた体躯をして、手にした武器も荒削りの棍棒や粗末な手斧とボロボロだ。しかし眼光だけは異様にギラギラしている。
少女が捕まれば最期、奪われるのは生命だけではない。尊厳も何もかもを踏み躙られる。
それが解っているからこそ、彼女は必死で逃げた。
そして盗賊達もまた、獲物が無かったら干上がってしまうのだから追跡に妥協がない。彼らも彼らなりに必死なのである。
これが動乱続くレムナント大陸の、日常的な光景だ。
「あ…………っ!?」
体力の限界などとっくに超えていた少女は、普段ならなんてことのない窪みに足を取られ、派手に転んでしまった。
地面に顔を打ち付けるも、噴き出した鼻血に構わず立ち上がろうとする。
ところが、窪みに取られた右足首に激痛が走る。視線を下げ、真っ赤に腫れ上がった足首を目にした少女は、絶望から表情を失った。
「へっへっへ、追いついたぜ。手間ぁ掛けさせやがって」
「け、結構速かったが、その足じゃもう走れねえな」
すぐにも少女は盗賊達に取り囲まれてしまった。武器も持たず、立つことも出来ない少女一人。まさに絶体絶命だ。
「や、やだ……た、助けて……っ」
命乞いか、天への祈りか。掠れた声は、無常にも冷たい風に消えていく。
かに思われた。
『まいど〜。まいどのご利用、ありがとぉ〜ございまぁ〜〜す』
「なっ、なんだぁ!?」
『廃品回収でぇぇ〜〜〜す』
突如として営業文句が、拡声魔法によって辺りに響き渡った。声質からして若い娘のようだ。
盗賊達が警戒しながら振り返り、少女も微かな希望に縋るよう顔を上げた。
少女の逃げようとしていた路の向こうから、何者かが近付いて来る。
遠景に現れたシルエットは細身で、背丈は低くないが、飛び抜けて高くもない。
奇妙だったのは、本来なら馬で引くような大きな荷車を生身で引いていることだ。
板に鉄輪を付けただけの粗末な作りの荷台には、壊れた剣や鎧などの鉄片、陶器やレンガの残骸を山積みだ。それでいて歩く速度は、普通に馬車が進むよりも、気持ち速いまである。
幼さを残す顔立ちは線が細く、美形というより可愛い系。十代半ばの少年のようにも、二十歳前の女性のようでもあった。
大きな丸い猫眼は透き通る蒼色。前側の両サイドを伸ばしたショートボブヘアの薄紅色が、うっすら日焼けした浅黒い肌を際立たせる。
盗賊達の顔に、下卑た愉悦が滲み出た。
「待ちなッ!」
リーダー格の盗賊が、数歩先まで迫ったリアカー引きに粗末な斧を突きつける。
「おう、まいど」
途端、リアカー引きは斧をひょいっと取り上げ、荷台へ放り込んだ。
「……んあ?」
素早すぎる手管に、リーダーは自分の手元と目の前の相手を交互に見比べるばかりだ。
リアカー引きは盗賊連中になど一瞥もくれることなく、涙目の少女を真っ直ぐに見つめ返した。
「ゴミに困ってるなら引き取るぜ。こんなんでも集めればまとまった稼ぎになるからな。盗賊稼業より健全だ」
「は、はぁ……」
「く……っ、おい! 無視すんじゃあねェぜ!!」
存在を軽んじられて、リーダーはキレた。腰に下げていたサビだらけの長剣を抜き、リアカー引きを恫喝する。
「死にたくなけりゃ、有り金全部置いてきやがれ!! テメェがセコセコ集めた端金をよぉ!!」
「つ、ついでに着てる服もぬ、脱いでもらおうか! パンツもなぁ〜」
「ふひひひひっ。こんな美人、花町でも滅多に見られるもんじゃねぇ! 楽しんだ後に売り飛ばしてやるよ〜」
盗賊達はリアカー引き自身を新たな獲物と定めた。前歯の黄ばんだ口から、粘つく吐息を荒くする。
リアカー引きは鋭い眉を僅かに険しく吊り上げるも、相変わらず盗賊などには見向きもせず、少女にだけ語りかけた。
「嬢ちゃん、いくら持ってる?」
「え?」
「金だよ、金。こんなもん引いてるけど、本業は傭兵でな。こいつらに絡まれて困ってるなら、一人50フレイヤで引き取ってやるぜ。どうよ?」
「ご、50……!?」
街に出て少し洒落た店に入れば、食事代なら150〜200フレイヤ程度だ。
傭兵の相場など知らない少女だが、生死の境において合計350フレイヤは破壊的な安さだと言える。
それだけに、言葉通り受け取ってしまって良いものか。
「あ、もしかして持ち合わせが無い? じゃあ初回だし、大サービスで40だ。これならどう?」
合計280……さらに下がった。
武器を持った7人相手に、そんな端金で生命を懸ける人間が、果たしているのだろうか?
可愛らしい顔の自称傭兵の、盗賊と大差ないぐらい野卑な口調が、少女をますます混乱させた。
「おい、まさか40でもキツいのか? ……確かに貧乏そうだもんな。ん〜、けどこれ以上はもう負けられねえし……」
「ご、50でも払えますよ! でも――」
「おっけー」
貧乏呼ばわりへの反発から、ほとんど反射的に少女が言い返した、その瞬間。
リアカー引きの正面に立っていた盗賊のリーダーが、頚椎から鈍い音を立てつつ宙を舞った。
「うぼぉっ!?」
「がひゅっ!!」
リーダーが落下を始めるより先に、さらに二人が水平方向へぶっ飛んでいく。
「な、なに――ふげぇっ!?」
驚く暇もなく、リアカー引きの細い指先が、さらに別の盗賊を捉える。顔面を鷲掴みに、地面にめり込む勢いで叩きつけた。
「な、なんだこのアマ!!」
ようやく反撃に出ようとする盗賊達だが、武器を構えるよりも先に側頭部を掴まれた二人が、互いの頭を勢いよく衝突させられていた。
崩れ落ち、折り重なって倒れる二人。
あっという間に、残りは1人だ。
「…………」
少女にとっても、その光景は異様なものだ。
リアカー引きが何かをしている。それは分かる。
だが分かっていても、その姿が速すぎて視えないのだ。
「ひ、ひぃぃぃぃ〜〜〜っ!!」
悲鳴を上げた最後の1人は、もう敵わないと武器を捨てて一目散に逃げ出した。
「逃がすか……よっと」
その遠ざかる背中を狙い澄まして、リアカー引きは指鉄砲を構えた。その指先に魔力が収束し、ジワリとオレンジの光が灯る。
紙タバコの火種にも似たそれを、乾いた破裂音を響かせて射出。右腕を軽く跳ね上げる程度の反動を残し、逃げる盗賊の腰にクリーンヒットした。
前のめりにすっ転ばせた盗賊が、顔面を打って悲鳴を上げる。
リアカー引きは白煙の燻る指先を吹き消すと、倒した敵へと駆け足で近寄っていく。
「げ、げほ……っ! こ、このクソアマ……!」
「誰がアマだ、誰が」
腹立たしく舌打ちつつ、リアカー引きはなおも這いずって逃げようとする哀れな後頭部を掴んで、力む素振りもなく持ち上げる。
仔猫の首根っこを摘むような、重さを感じさせない所作である。もちろん、小動物に対するような労りなど皆無だが。
「俺は男だ、馬鹿野郎」
そう一言、刻みつけるよう念を押したリアカー引きの青年は、盗賊の顔面を自らの膝に叩きつけた。
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