第3話

 目が覚めた時、俺は城塞の地下牢のような部屋にいた。

 簡素なベッドの上で寝かされていたのだ。


 石壁には奇妙な魔法陣が刻まれ、鉄格子の向こうで青白い炎がゆらめいている。


「目が覚めたようね」


 アリシアが鉄格子の隙間から顔を覗かせた。銀髪が不気味に光る。


「三日間も昏睡してたわ。でも大丈夫、もう死なない」


 俺はゆっくりと体を起こした。


 傷はない。いや、正確には傷跡だけが残っているがそこに痛みはない。


 しかし、皮膚の下を何かが蠢くような異様な感覚。


「俺の体は、どうなったんだ……?」


「再生させたわ」


 アリシアが嬉しそうに手を叩く。


「でも普通の方法じゃない。わかるでしょう? 自分の事だものね」


 途端、背中が焼けるように熱くなった。

 俺はのけ反りっては石壁に頭を打ちつける。


「っ!?」


「魔力が目覚める時の痛みよ」


 アリシアは楽しげに説明する。


「貴方の背中に刻んだ魔法陣が、痛みきった細胞を魔力で強引に癒して動かしているの。つまり──」


「これがあなたがくれた力か。……もうまともな人間じゃないんだな」


「正解」


 アリシアがその切れ長の瞳を嬉しそうに細める。


「でもその代わり、普通じゃない力よ。貴方の望みを叶えてくれる、とっても素敵な……ね」


 彼女が鉄格子を開け、黒いローブを俺のベッドへと向けて放り込んだ。

 それをつい無意識で掴む。


「さあ、もう十分ぐっすり出来たでしょう? 訓練を始めるとしましょうか。まずは……」


 アリシアの手から青白い炎が噴き出す。


「この炎を喰らいなさい」


「……は?」


「魔力を体内に取り込むのよ。ほぅら」


 炎が迫る。


 本能で避けてしまいそうになるが、アリシアの魔法で体が固定される。


「がっ……ああああ!?」


 炎が口から入り、内臓を焼き尽くす。


 神経が再生し、そしてまた焼かれ──。



「ほら、もう痛くないでしょう?」


 気がつくと、俺は床に転がり黒い液体を吐いていた。


 だが確かに...痛みは消えている。


「さあ、これで新しい貴方の誕生よ」


 アリシアが鏡を持ってくる。


 映っているのは、左半身が炎に焼かれ、爛れた痕跡を残す俺の姿だった。


「……とっても美しいでしょう? 見ていて惚れてしまいそう。そうは思わない」


「……」


 俺は鏡の中の自分を見つめる。


 その顔は小さく笑っていた。


「さあ、出なさい。その力、完璧に物にしてみせなけれならないのだから」


 アリシアが牢獄の奥を指差す。


 恐らく罪人だろう、首輪をしている者たちが震えていた。

 だがその手には剣や斧など、武器を持っている。


「あいつらで魔法の練習をしなさい。生き残れたら……」


 彼女の唇が歪む。


「今度は復讐の旅に連れて行ってあげる」


 俺はゆっくりと立ち上がり、初めての魔法陣を描いた。


 指先から溢れる黒い炎が、罪人たちを包み込んでいく。


 抵抗すら出来ない彼らの悲鳴が、俺の耳に心地よく響いた。


 ◇◇◇


 三年の月日が流れていた。


 俺はアリシアの魔法騎士団"黒焔の使徒"の筆頭として、今まさに故国の国境を蹂躙していた。


 左腕から放たれる黒い炎が、かつての同僚たちを次々と焼き尽くす。

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