最終決戦③
『お前が、命を賭してでも主人を守るのだ』
その言葉が私は大嫌いでした。
幼い頃から私は父に剣やナイフ、弓、銃、格闘、一通りの武芸を仕込まれていて、特に剣の稽古が大嫌いでした。
稽古で木剣とは言え、父は容赦なく打ち据えるものですから、打たれたところも、剣撃を受け止める剣を握る手も、必死に父の動きについて行こうとする四肢も、全てが痛くて、泣いて、泣いても父はやめてくれなくて。
父は、どうしてこんなにも私を痛めつけるのだろうと。ずっと恨めしくて。
そんな時、父は泣く私によく言いました。
『いつかお前が敬愛すべき主人にずっと仕えていたのならば、きっと分かる時が来る』
そして、私の頭を一度だけ撫で。また厳しい稽古を続けるのでした。
嫌だったはずなのに、自然とマーニ様のためならば、いつの間にか命を捨てることすら平気で頭の選択肢に入っていて。そうだ、私はマーニ様のために勝手に戦い始めた最初の頃から、そうだった。
ああ、父の言っていたことは、そういうことだったのか。
なら、迷うことはなかった。
──ごめんなさい、マーニ様。一緒に生きようと言ってくださったのに。それでも、やっぱり貴方だけは守りたい。貴方に生きていて欲しい。
達人同士の殺し合いは最適解を踏むなんてのは当たり前で。極まれば、空間の陣取り合戦の様相を示す。
その先の読み合いが全てを左右する。
その読み合いの中で攻撃を当てることよりも、相手の行動を牽制するために攻撃を空間に置いておくことがある。
そう、それを騎士団長も当たり前のようにやっている。
だから、あえて最適解を外れる。
自ら槍を喰らいに行く。本来向こうもこちらの実力なら当たることがないと確信している攻撃。
他の攻撃を避けるか、弾くかするべき所で、当たるはずのない攻撃に向かって前に踏み込む。
槍の穂先が私の頬を切り裂いて、通り抜けていく。後ろで、マーニ様が私の無事を祈って編んでくださった三つ編みがちぎれ飛んだのを感じた。
痛みは、どうでもよかった。
「な──」
驚愕が槍を鈍らせる。槍を振り切ったその腕が強張った。
最適解に考慮外の変数をねじ込む。
自己の保身を考えない利他こそが、最強の一手なのだと。
私は、今になって、分かった。
父の言葉の意味が。
誰かを本気で思うこと。
愛こそが、強さなのだと。
そして、きっと、アマビリスも同じだった。
愛していたから、戦えたのだ。
こうして弾かれること、いなされることが前提の攻撃に身を晒し、一手の余裕を得た。
防御を捨てる、ただ目の前の存在を殺すことだけに特化する。
理知を越えて、掴み取る。
私の頬を切り裂いて振り切った槍を引き戻される前に──さらに、踏み込む。
今の私には全てがゆっくり動いて見えた。
オーディールは、慌てて、槍を引き戻す。
次の攻撃が、来る。
けれど、私は防御よりも攻撃を優先した。
私がどうなったっていい。
たとえ死んだって構わない!
────私は、マーニ様だけを諦めない!!
だから。
いまこの一振りを押し通す!
鬼気迫る私の所業に、この一刃で全てが決まると、この場にいるもの全てがわかっていた。
そう、この場にいるもの全てが。
「ハティ、勝って!!」
「──っ!」
マーニ様の私の背を押す叫び声に、何故か騎士団長の方がたじろぐように肩をビクリと震わせ、その引き込んだ槍の穂先を迷わせた。その間にも、私は力強く踏み込む。
震脚を持って、体捌きのエネルギーを剣へ。
全てをかなぐり捨てて、前へ。
ただ、前へ──。
槍が、突き出される。
「ぬぁああああああああああああ!」
突き出された槍を寸でのところで切り上げ、そのまま槍に剣を引っ掛け、火花を散らさせながら敵の槍をカタパルトに威力を倍化させる。
受即攻。防御と相手の攻撃を利用した攻撃を同時に行う、極東の武術の奥義の応用だ。
そして。
私は全身全霊の気迫をこの一太刀全てに込めて剣を振り抜いたのです。
果たして──、勝敗は決したようでした。
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