追走劇を終えて③

 オーディールが出て行った直後、スケラ大公とミミングウェイ嬢は二人きりになる。カリカリと執務室に羽ペンの走る音だけがしていた。それもすぐに終わる。

 一つ、何かを書き上げ、封をした後に、スケラ大公は口を開いた。


「……ミミングウェイよ」

「はい。スケラ大公」

「一つ、探し物が得意な其方に頼みがあるのだ。オーディールには、内密にの」

「内密に、ですか? いいんですか? さっきもオーディールさん怒っていましたが……」


 ミミングウェイは、先程の光景を脳内で思い描いていた。

 まさに、舌の根が乾かぬうちにといった所業である。

 けれど、スケラ大公は構わないとでもいうようにニマリと口角を上げて見せる。そう。このお爺様、全く反省などしていない。

 元々、王国騎士団は、スケラ大公の懐刀でも配下でもなんでもないのだ。スケラ大公が現君主であり、国を守るという目指すべき方向が同じだからたまたま協力関係にあるだけ。

 だから、たまには道を違えることがある。

 王国騎士団が影の法の守護者であるのならば。

 スケラ大公は、善なるものを見捨てない。弱きたるを見放さない。

 たとえ手を汚していても。


「其方にだから、託せるのだ」


 スケラ大公のその翡翠の目に強い光が宿る。

 そこに秘められているのは、この現状をひっくり返して見せるという強い意志と一際光輝く、希望だった。

 この国、最高の知性が一手を打つ。

 執務卓の書類の山からいましがたしたためた一通の便箋を手に取り、ミミングウェイ嬢へと差し出す。

 いまこの状況でオーディールに内密に、そして自分が探し出すことを当てにされるというだけで、その便箋が誰宛のものなのか、お嬢さんにはもう受け取った段階で分かっていた。

 希望を受け取って、ミミングウェイ嬢は手渡された希望を胸に抱く。

 顔を上げれば、スケラ大公と目が合う。

 二人は、頷き合った。


「絶対にやり遂げてみせます」


 そして自分だけができる、その戦いに彼女もまた出向くのだった。


 ────────

 ────

 ──


 公爵と話がしたい、その口実とは言え、俺はやはり仮面舞踏会という催しには反対だった。

 浮ついた中では、警備もやはりどこか浮ついたものになってしまうものだ。何より、当人らの警戒が緩むのが一番の問題だ。

 全く、こんな時だっていうのに!

 とは言え、自分はアマビリスが遺した王国騎士団の、その団長として、任されたからには守り切ってみせる。

 たとえ王国騎士団の創立者ならびに仕えるべき王のその子孫と剣を交えることになったとしても。

 次こそは、絶対にあの二人を捕まえてみせる!

 王国騎士団の、その誇りに賭けて。


  ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 ハティと一緒に下水道を走って。

 一歩、また一歩と駆けていくたびに、お洋服が汚れていく。

 けど、僕の心の中は晴れやかだった。

 こんな時だって言うのに、おかしいかな? おかしいよね。

 追手に見つかって、完全に追われる身になったっていうのに。ハティと手を繋いで、一緒に汚れることができて、嬉しいなんて言ってしまったら、僕を大切に思ってくれているハティの気持ちや誇りを蔑ろにしてしまうだろうか。

 けど、ハティと共に走れている、今が、どうしても嬉しくて。

 ハティと一緒だったら、怖いものなんて多分なくて。

 二人一緒ならどこまでだって逃げていけるような気がしたんだ。

 

 ──

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