第2話 魔術師の才能

 ヴァレリアは濡れたレオの服を脱がせていく。

「……やはり。古びてはいる。が、ほつれや破れはなし。事象干渉しているな」

 続けてレオの下着を脱がせると滑らかな肌があらわになった。

「こっちも……ストリートチルドレンなのに傷一つないとは……」

 ヴァレリアは自分も濡れた服を脱いで洗濯機に放り込むと、レオを抱えてシャワールームに入った。

 温度を調整し、ややぬるめの湯をレオにかける。

「うわ! なんで裸! うあ! なんだおばさん!」

 意識を取り戻したレオはかなり慌てた様子で下半身を両手で隠す。

「まだ毛も生えてないようなガキに興味はないよ。そのままじゃ風邪引くだろう」

 呆れ声のヴァレリアにレオは縮こまりながらも吠える。

「生まれてこの方病気なんざしたことねぇよ!」

「だろうね。だが、関係ない。体洗うよ!」

 ガシガシと手荒く洗われ、レオは悲鳴を上げ続ける。

「やめろこら! そんなとこ触んな! このエロババァ!」

「誰がババァだ! 姐さんと呼べ!」

 ヴァレリアは平手打ちをレオの背中に落とす。バチンといい音がした。

「ぎゃー!」

 しばらくシャワールームは修羅場になっていた。


「ひでえよ……何しやがるんだよ……」

 レオはぐったりと椅子に座り込む。

「レオ、あんたいつも腹減ってないか?」

 ヴァレリアは台所に立ってレオに背を向けたまま質問を投げ込む。

「そりゃ、飯はいつも食えるわけじゃないし」

「質問の仕方が悪かったか。飯を食べた直後にめまいや指先のしびれが起きたことはないか?」

「うん? なんだそりゃ」

「いいから。思い出してみろ」

 レオはしばらく考えてから答える。

「二年くらい前はわりとあったな。今は長い間飯食えなくて久しぶりになんか食った直後になら、まあ何度かは」

「二年前?」

 ヴァレリアはマグカップに入れたホットチョコレートをレオの前に起き、自らはブラックコーヒーを飲む。

「ストレートチルドレンになった直後くらい。あん頃は生きるのに精一杯だったからよ」

「一端の口聞くんじゃないよ、まったく……ストレートチルドレンになった? じゃあ、その前は?」

「東新町のフォルティス孤児院にいた」

 ヴァレリアは眉間にしわを寄せてから、うなづく。

「よくあの消滅で生きてたね」

「いたずらがバレてババァに超怒られてさ。たかが時計塔から飛び降りたくらいですんげえ怒ったんだぜあのババァ」

「ババァって……フォルティス孤児院の時計塔だろ? あんたなら怪我しないだろうけども、他の子が真似たら怪我じゃすまないだろうから、そりゃあ怒るだろうさ」

「んだよ、知ってんのかよ。んでむしゃくしゃしてたから夜中に抜け出して馴染みの酒場でちょっと遊ぼうと思ってさ……んで、孤児院、消えちまった」

 ヴァレリアはこめかみを揉むと大きなため息をついた。

「なるほどね。他の孤児院に行こうとは思わなかったのかい?」

「だってよ、俺の家はフォルティス孤児院だし、親はあのババァだからさ。俺、捨て子だったんだよ。生まれたてでへその緒まだついてたのに裸でドアの前に捨てられてたんだってさ。それをババァが」

「アウレリア院長先生、だろ? レオ、育ちが悪いことを言い訳にするな。人に敬意を払えないってのは間違っている」

「ごめん」

 レオはヴァレリアに頭を下げるとヴァレリアはため息を返す。

「謝る相手が違う。とはいえもう故人だしな。今後気をつければいいだろ。あの人ならそれで許してくれるだろうさ」

「ヴァレリア、あんた何者なんだ? なんで院長先生まで知ってるんだ?」

「あたしにだって色々あるんだよ」

 しばらく沈黙する。それを破ったのはレオだった。

「んで、一流の魔術師ってのは?」

「レオ、あんた紋章なしで事象干渉してるんだよ。量子コヒーレンスを維持し、望むタイミングで観測、デコヒーレンスしている」

「なんだそりゃ?」

「基礎がないからわからなくていい。だがあたしが指導するなら世界一の魔術師になれる。それを保証してやる」

「世界一っちゃーまた大きくでたねえ」

 レオが茶化すように答えると、真剣な表情でヴァレリアが返した。

「汚れもほつれもない衣類、きれいな肌。あんた、それ、事象干渉なしに説明ができないんだよ」

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