第一章2『ゴブリン退治も楽ではありません(1)』



 さてさて、やってまいりましたは『アビス・ファースト』南東に位置する小さな牧場! しかしまあ、なんというかこの立地。目の前には小高い山があって南側には海が面しているというゴブリンたちにとってみれば『ありがたやありがたや』と言わんばかりの立地だね!


「あのー、少しは話を聞いておいた方が良いかと」

「駄目だよ少年! 確かに私は『助ける』と言った。けれど、問題は少年がやって少年が任務達成しないと経験値が溜まらない法則となってる。だから、少年がやらないと」

「でも、作戦を練るのはアリスさんですよね? だったら話は聞いておいた方が得策かと……。聞いたらゴブリンたちは南の海側からやってくる傾向らしいんですが。しかも十体程」

「……ちょっと待って。オンラインカウンターで聞いてた話と違うぞどういうことだNPC!」

「つまり南側には、山へ抜ける洞窟があるのだよ。分かったかな?」

「ちいっ、このNPC、既にルーチンに入ってやがる! だからNPCとの作戦会議なんて嫌だったんだ。私も苦労したから知ってるし、今の『運営』がどーいう状況かも何となく察してるし!!」

「落ち着いてください、アリスさん! アリスさんまで慌てられたら僕頼る人が居なくなります!」

「……オーケイ、少年。一応言っておこう。私は何も『慌ててはいない』。ただの普通の人間だ」

「とてもそうには見えないから、言っているんですけれど」

「少年っ!?」


 少年の冷たい対応に私は暖かいものが欲しくなってきたよ! マスター、酒は無いか!?


「ここにはホットミルクしかないよ。しめて七十ダイスだ。買うかね?」

「依頼だけしといて金はきちんと毟り取りやがる、このNPCめ! ……しかし七十ダイスは破格のような。やっぱり、牧場だから?」

「そんなことを言っている場合じゃありませんってば!」

「……ああ、そうだった」


 落ち着け、私。

 落ち着け自分。

 昔からこの『アビスクエスト』の運営は『ちゃんとしなかったこと』で有名じゃないか! デバッグをしたのかも定かじゃない。ちゃんとコードを読んだのかも分からない。そもそもシナリオを査読したのかも怪しいレベルだってことも!!


「あ、あのー、アリス……さん?」

「少年! ちゃんと人の話は聞こう。私が悪かったよ。だからちゃんと作戦会議を開こうじゃないか。今から、今ならまだ間に合う!!」



 ♢♢♢



「なあ、ゴードンよ」

「……どうした、メディナ」


 小高い山の上にある小さな小屋。掘っ建て小屋のような仕組みになっているが、暫く誰も使っていないのかその中はかなり……いや、酷く荒れ果てていた。


「どうしてあの【剣聖女】を追うのだ?」


 びくり、と。

 ゴードンと呼ばれた緑髪の青年の顔が強張った。


「……どうして、とは?」

「【剣聖女】は、【剣士】ジョブの中でも最上級。それを得るためにはたくさんのものを犠牲にせねばなるまい。私も【剣士】とて、それぐらいは理解している」


 だが。しかし、だ。


「それでも理由にならないのが、お前が【剣聖女】を追いかける理由だ。お前は【盾師シールダー】ジョブのはず。どんなにあがいても、ジョブチェンジをしない限り、最上級ジョブである【剣聖女】には届かないだろう」

「……何が言いたい?」

「私の言いたいことは既に告げているはずだが」


 トントン、と頭を指差し。


「お前はあの【少年】に何を見た?」

「……、」

「無言、なら誰にでも出来る話だ。そうは思わないか? だが、お前のジョブ、いいや、正確にはお前自身の能力があるはずだ」


 『アビスクエスト』には、二つのシステムが存在する。

 一つは、ジョブシステム。剣士、盾師、魔法使いという豊富なジョブから選択でき(ただし、レベルの下限は存在するため、最初はいわゆる【すっぴん】で臨まなくてはなるまい)、さらにそのジョブを極めしものには剣聖女や魔導師などといった高位ジョブにジョブチェンジすることが出来る。

 そして、もう一つ。

 アビスクエスト独自で組み込まれたそのプログラムは、いわゆる『神の悪戯』と呼ばれていた。理由は単純明快、そのプログラムを組み込んだ覚えが誰一人として存在しない為である。デバッグ作業により発見されたそのシステムは、仕方がなく『本システムに組み込まれた』。

 その名も、スキルシステム。レベルが上がるにつれて覚えることが出来るユーザー独自に使うことの出来るスキルである。そのスキルには、種類が多岐に渡って存在しており、ざっと一万種類にも上る(ただし、スキルの下限、上限が存在し、上位スキルを最初から入手出来ることもある)。

 そして、このゴードンと呼ばれた男。

 彼が保持するスキルこそ、ゲーム内部のデータを盗み見る(正確には『預言する』ことが出来る)スキル……『神の目ゴッド・アイ』。


「あんたのそのスキルを、私は信じている。だからあんたと一緒に居るんだ。それぐらい分かっているだろう、ゴードン?」

「……ああ、分かっているとも。分かっているよ!」


 彼は、そのスキルを利用して【少年】の未来を盗み見た。


「……で、その結果がこのストーカー行為という訳?」

「ストーカー行為をしたくてしている訳じゃない!」


 ゴードンは激昂する。

 メディナはやれやれといった様子で肩をすくめて、さらに話を続けた。

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