第22話 「次なる目標」
翌日の放課後。
テストが終わり、教室全体にはちょっとした開放感が漂っていた。
みんなで答え合わせをしたり、「数学むずすぎ」「国語だけ勝てた」なんて言い合ってる声が飛び交う。
俺もプリントを片手にぼんやりしていたけど、ふとポケットの中にある小さな紙袋を思い出す。
昨日、千春先輩がくれた、捨て忘れたメロンパンの紙袋。
一緒に帰った、たったそれだけのことが、ずっと頭に残ってる。
「おーい、陽真ー! 体育の上履き、忘れてたぞー!」
「あっ、サンキュ!」
そんなやり取りをしながら、そっと教室を抜ける。
目指すのは、あの場所。
誰にも言ってない、俺だけの“秘密の場所”。
……だったはずの、物置裏。
けど今は、もう“2人の場所”になった。
錆びた鉄の扉の裏。
夕焼けが差し込む狭い空間に、先に誰かの気配があった。
「……あ、先輩?」
「よう、少年。今日もご苦労様〜」
その声に、思わずふっと笑ってしまう。
もう完全に“少年”呼びは定着してしまっている。
「今日もここにいたんですか?」
「んー、なんとなく? 陽真くん、また来るかなって思って」
「……先輩も、俺のこと読みすぎです」
「ふふん、それが特技だからね。なんてったって、生徒会の裏ボスですから!」
先輩は、おどけたように胸を張った。
「それにしても……テスト、やっと終わったな〜」
「お疲れさまでした。マジで疲れました……」
「でも、少年は頑張ってた。わたし、ちゃんと見てたよ」
「……ありがとうございます」
小さな静寂が落ちた。
風が吹き抜けるたび、どこか心が落ち着いてくる。
「でさ、少年。次の目標、考えてる?」
「次、ですか?」
「うん。テスト終わったら、なんか一個区切りじゃん? じゃあ次、何するー?って考えるのが青春ってやつでしょ?」
「急に青春とか言い出しましたね……」
「だって今、絶賛青春中でしょ?」
先輩が笑う。
だけどその目は、ちょっとだけ真剣だった。
「……俺は、ちゃんと成績伸ばしたいです。今回ちょっと手応えあったし」
「おっ、えらいじゃん!」
「先輩が一緒に勉強してくれたからですよ」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいね。でも、次の目標はそれだけじゃないでしょ?」
「……?」
「わたしはね、次は“もっとちゃんと人を頼れるようになること”が目標かな」
「先輩が?」
「うん。なんでも一人で背負い込むクセあるから。……たとえば、生徒会の仕事とかさ。陽真くんと関わって思ったんだよね。頼るって、悪いことじゃないなって」
「……そう、ですか?」
「うん。少年に頼ってよかったなーって、今さらだけど思ってる」
先輩は少しだけ視線をそらして、照れくさそうに呟いた。
「だから、わたしの次の目標。陽真くんを、もっと頼ることにする」
「……え?」
「え、ってなにさー。もっと自信持ってよ。わたしの少年、わりと使えるって思ってるんだから!」
「先輩、それ褒めてます?」
「最大級に褒めてるでしょ、これ!」
「……なんか、信じられてるんだなって思うと、変な感じです」
「ふふふ、それでいいの」
先輩はベンチの端に腰を下ろし、ポケットから昨日と同じラムネのケースを取り出した。
「で、目標が決まったところで、これ。恒例のラムネタイム!」
「いや、恒例じゃないですし」
「恒例です! 2回やったらもう恒例!」
「強引すぎる……」
ラムネを受け取って、口に放り込む。
微炭酸の爽やかさが口の中に広がった。
そして、しばらくの沈黙。
「ねえ、少年」
「なんですか」
「この場所、さ。最初は陽真くんだけの秘密だったんだよね?」
「……まあ、そうですね」
「それを、わたしに見せてくれた」
「……」
「だから、すごく嬉しかったんだよ?」
「……先輩、何かあったんですか?」
「んー、ないよ。ただ、なんとなく。大事なものって、誰かと共有できたとき、もっと特別になる気がしてさ」
「……そうですね」
「でしょ?」
静かに頷くと、先輩はふっと笑った。
その笑顔が、なんだか今日はいつもより柔らかく見えた。
夕焼けが、2人の影を長く伸ばしている。
俺は少しだけ勇気を出して、聞いてみた。
「先輩。俺と、またここで勉強……というか、一緒に過ごしてくれますか」
「……それ、告白?」
「ち、違います! 勉強とか、そういう意味で!」
「ふふふ、わかってるよ。もちろん。また来ようね、少年」
そう言って、俺の頭をくしゃっと撫でてくれた。
心臓が、ひとつ跳ねた。
だけどもう、目を逸らさない。
少しずつ、俺はこの人の隣に立てるようになりたいと思ってる。
次の目標は、きっとそれだ。
“先輩の隣に、もっと自然にいられるようになること”。
夕焼けの中、そんな決意を胸に秘めながら、俺はラムネの残りをそっとポケットにしまった。
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